転生剣豪はちょっぴり小太り
長編ばっかり書いているハムが転生物にチャレンジ!探す人物が目の前に居るのに気付かない、それをニヤニヤしながら見れないかなぁ、と思ったのがきっかけでした。…チン!何か違うモノが出来上がりました。長い短編ですが、お楽しみ下さいませ。
「…新、今度は何処まで行ってきたの?」
GW明け。あたしは半眼のまま、そう同級生の彼に尋ねた。
「ん?────九州。そういや『彼』は寒がりだったなあ、と思って」
あたしこと館山小雪(17)は幼馴染の樫木新に溜息を吐く。
「しょうがないよ、小雪ちゃん。新は『柳生十兵衛様バカ』だからー」
「……心底寒がりが十二年もフラフラ放浪するもんかよ…」
後ろからもう一人の幼馴染、樹村慎吾が馬鹿にした様に突っ込んできたので、つい、そう独りごちる。
大体、十兵衛は通称だよ…弟子くらい三厳って本名で呼べや。
大体何だよ、あの世の中に溢れる伊達政宗みてーな眼帯は!
あれは幼い頃「燕飛」の稽古でその第四「月影」の打太刀を習った時に、親父様の木剣が目に当たったんだったけか。後、面白がって礫を投げつけてきたりして、どっちも目に当たって腫れたから青タンが治るまで付けてた二回だけだよ!
「五月蝿えぞ、師匠と俺は仲が良かったんだ。もう一度会えるもんなら会いたいんだよ。なんったって、俺は【荒木又右衛門】だからな!」
良く少女漫画でサッカー部のエースストライカーとして描かれそうな顔をして、お前、何を言う。
そう、この目の前の剣豪バカは【荒木又右衛門】の転生。
そして、この馬鹿が捜している【柳生十兵衛】もとい、【柳生三厳】がこのあたし、館山小雪なのである。
あたしが前世を思い出したのは、お父さんが食い入る様に見ていた懐かしのドラマを、これまた後ろから見ていた時だった。
『柳生十兵衛暴れ旅』…千○真一が渋くて格好良いなぁ、と自分のオヤジ好きを再確認したドラマだったんだけど…。
あ、イヤイヤ無理無理。何で立ち回りするだけでそんな木から飛び降りてくんの?奇襲?それ、奇襲なの?むしろ、着地で脚、痺れね?
うおう、そんな人数【筑州三池典太】でも斬れねぇって!いや、一列に並んでかかってくるならなーニ、三十人軽く斬れるけど、四方八方からその人数に一斉に刃物で斬りかかられたら、二刀流でも無い限り、躱してる内に尻を一突きされるよ、うん。こんなん下手な刀使ってたら目釘と柄が先にやられる。
「いやあ!─────あたし、十兵衛⁉︎」
「何ッ⁉︎三厳、思い出したのか!」
思わず叫んでいたら、何と父も転生者だった。
しかも、柳生宗矩、前世の父である。
「何で【女】なんだよ、親父様!」
「娘がァ、娘が欲しかったんじゃあ〜ッ‼︎」
「産み分けか!産み分けさせたんか⁉︎」
「まさか上手くいくとは思わなんだ…」
母は身体が弱く、子供は一人しか望めない、とあって夫婦共に女の子を希望していたという。幸い彼女は普通の人だったので安心したが、
「お母さんまで、母上だったらどうしようかと思ったよ…」
「流石にそれはなー、つか思い出したのは産まれたばかりのお前に、指を掴まれた時だったからな」
感動と共に、あれ?何これ?何の記憶?って感じで『宗矩』の記憶が流入してきたんだそう。
「で、ナニ?親友が沢庵和尚とか言わないよね?」
「圭介だ」
「うわあ!初恋の人だあッ‼︎」
沢庵和尚。江戸前期を代表する禅僧で父宗矩の親友にして心法の師として柳生新陰流に多大なる影響を与えた人だ。
因みに十兵衛にもこの人を尊敬しており、転生先の青柳圭介はお父さんの親友にして、小児科の個人院をやってる気の良い素敵なお医者様である。
「う、上様、上様は居ないよね?流石に‼︎」
「うちの社長だ…」
近けぇよ!世の中、狭過ぎだわ!
「二人共、お父さんが見抜いただけで記憶、無いんだよね⁈そうよね?」
「…ついこの間、大河ドラマで【柳生十兵衛】のヤツ始まったろ?そしたらさ、社長に『但馬守』って後ろから声を掛けられた。カマ掛けと踏んで振り返らなかったけど、気づかれたかもしんない。
──────圭介はまだだけど、何か取り憑かれた様にドラマ録画して観続けてる」
やべぇな。せめて、あたしは気づかれない様にしよう。
「はあ。ならお母さんが丈夫だったら、左門や又十郎、六丸も産まれてたって訳か…そういや、妹も居たっけなぁ。──────居たじゃん!」
「流石にお母さんに六人産めとは言えんだろ…」
「まあねぇ」
がしゃん!
「─────ごめ、んなさいアナタ、こゆちゃん…兄弟も姉妹も…作って、あげられ…」
「「‼︎‼︎‼︎‼︎」」
後は買い物から帰ってきて咽び泣くお母さんを父娘二人掛かりで「僕の娘は小雪ちゃんだけで充分だよ!」「あたし、お兄ちゃんなら圭介さんで間に合ってるー」と、必死にフォローしあった。
そんな綱渡りの日々を過ごしている内に、右隣りに住んでいる目の前の幼馴染が、自らを荒木又右衛門の転生者だと名乗り始めたのだ。
ちなみに左隣は慎吾ん家である。
でさあ、こいつも大河ドラマ『徳川の影』を観てて思い出したクチで。
いきなり又右衛門の半生語り出すから何事かと思ったらいきなり、十兵衛に会いたい、とキタ。そりゃあまあ、いいよ。高二だけど、厨ニ病患う事くらいあるだろ〜し。
でも部活辞めてバイトして、長期休み毎に十兵衛捜しに奔走すんのはヤメロ。
居た堪れない!居た堪れない!
柳生三厳はお前の前に居る、スイーツ大好きぽっちゃり女子なんだよ!
「まったく!今の世に剣の腕なんか何の必要もないでしょうが。…それに、十兵衛が新の思ってる様な人じゃなかったらどうすんの」
今のあたしは標準より重めの体重で、ボブカットの黒髪。顔付きは『十人中八人の婆ちゃんが道を尋ねてきそう』だとよく言われるホワホワ顔だ。
「それでも、俺には分かると思う!俺の中の又右衛門がそう、言ってるから‼︎」
お前んトコの又右衛門に『何処に目を付けてやがんだ、股か?コラ』と伝えておいてくれ。
そして早く目を覚ましてサッカー部に戻れ!
うちの高校には真っ当な剣道部しかないんだ‼︎すましたツラで道場破りしようとすんな!顧問が目を丸くしてたよ!
「見つけて何がしたいんだよ…剣豪なんだろ?意外に活躍の場が無くて腐ってるかもしれないじゃんよー」
「いや、十兵衛はそんなヤツじゃないから」
「転生なんて、気付いてないかもしれないし」
「俺を見たら、思い出すって!だから、それを信じて全国の道場と剣道有段者巡りしてんだからな。絶対、見つけ出す!」
中庭でお弁当を三人で食べながら、拳を揮って力説する新を慎吾と二人白けた雰囲気で生温かく見守る。
「新さー、理想と違う今世の『柳生十兵衛』と会ったらさ、ナニ話すの?まさかの『俺と打ち合え』系?」
慎吾がその細い黒髪を薫風に揺らして、意地悪くそう訊いた。
すると、新はすっごいイイ笑顔を浮かべた。
「『また、俺と付き合え!十兵衛‼︎』」
つい、女子なら「オッケーです!」と即答してしまいそうなソレに息を飲む。
在りし日の荒木又右衛門がそこに居た。
でも、あたしはそうじゃなくて。動体視力が異様にイイだけの運動も嫌いな唯の女子高生だ。対して新は引っ切り無しに交際を申し込まれる正統派ヒーローなのだ。
あたしが柳生十兵衛なのは、今は平凡な自分を或る意味補強する自己満足のパーツでしか無い。あたしはその生を今、生きていないのだから。
「気にしなくていいよ、小雪ちゃん。新は単なる厨ニ病だ。自分の『過去』が名だたる剣豪だったから浮かれてるだけさ。…三厳様に会いたいのだって、特別な仲間が欲しいだけなんだろうよ」
「そんなんじゃないッ!」
「じゃあ、どんなんだよ?僕らと遊ぶより、過去に付き合いがあっただけの『柳生十兵衛』の方がいいんだろ?」
拗ねた様にそう言うなら分かるが、妙に醒めた様子の慎吾が気になった。
焦って否定する新を真っ向から斬り捨てている。それはあたしに誰かを思わせていた。
「友矩、俺の事はいい。あんま又右衛門を苛めてやんねぇでくれ。そいつは感情に直球なだけなんだ。悪気は無いのさ、昔も今も」
そんな言葉がつるりと口から自然に出て、あたし達は固まった。
「…こ…ゆき、ちゃん…今、なんて」
「小雪、お前…」
「──────あわわわわ、な、なーんてネ!十兵衛ならそう言うんじゃ無いかなぁ」
生汗がリミッターを解除して、だばぁと流れた。誰だよ友矩って?えっとぉ、何で慎吾が『左門』だと思…。
記憶がいきなり流れ込んでくる。
『兄上には私の気持ちは分かられますまい』
『どうして何も上様に奏上なさらないので?』
『とうとう私を捨てて行かれるのか』
異母弟。柳生友矩、通称『左門』。
柳生宗矩の次男で14歳で3代将軍・家光に謁見するとその小姓となった。家光の剣術相手を務めていた兄の十兵衛が家光の勘気をこうむり謹慎となると、かわって友矩が家光の稽古相手となり寵愛され、将来を嘱望された。
「…違う、左門。『俺は』お前も又十郎も等しく大事に」
「未だその名を…!」
噛み締める様な苦痛の声と共に、慎吾がギリギリと歯軋りをしている。
「お、おい!どうしたんだよ⁉︎小雪」
新が心配している。笑わなきゃ、笑って安心…させ…
「新が前世の話ばっか、する所為だよ。『今』の小雪ちゃんが要らないなら、僕が貰ってく。僕は新と違って、小雪ちゃんが好きなんだ」
は?
慎吾がいつの間にか至近距離に居て、眼鏡を外して、長めの前髪を掻き上げた。
それは驚く程、様になっていて。見惚れる程のさり気なさであたしの心を席巻していく。
「こんな所で言うつもり、無かったんだけど。
小雪ちゃん、僕とお付き合い、して下さい」
綺麗な琥珀に護られた黒い瞳が熱く、恋慕の情に煌めいて、こちらを圧倒してくる。
「し、ししししし慎吾⁉︎」
「そう。僕は『慎吾』だよ。小雪ちゃん、いきなりだから今は幼馴染として好きでも構わないよ。ただ、小雪ちゃんが他の誰かに取られるのが嫌なんだ。─────少しでもいい。僕が好きなら彼氏にして下さい」
何て手の速さだ!
もう片手で腰を引き寄せられ、もう片手は防御したあたしの手をギュ、と握り締めている。
はわわわわ!まさかの伏兵!
そして、耳元で囁く様に────
「それとも、未だ貴女を見出せもしない同母の又十郎の方がお好きか。あれは『貴方』に執着していた。しかし、今の『貴女』を奴は知らない。知っているのは『私』だけだ」
間違いなく声音に混じる嫉妬の色に、あたしは慄いて下がりそうになるが、慎吾の腕がそれを許さない。
「慎吾、お前いきなり何を言い出すんだよ⁉︎それに、小雪…『友矩』って、師匠の弟だよな?何でお前の口からその名前が…まさか…」
慎吾があたしを抱きしめるのと新が叫ぶのは同時だった。
「────お前、ひょっとして宗矩様かっ⁉︎」
その時、あたしと慎吾の見事な延髄蹴りが炸裂したのは言うまでも無い。
「と、馬鹿は放っておいてー。ちょ、こっち来て〜〜慎吾ォ」
「な、何だよ!俺も仲間に入れろ‼︎」
「あんたは元々、左門と仲良くなんか無いでしょうが。あたしは【柳生友矩】と話したいんじゃないの!樹村慎吾と話があるのよ。
大体、都合良く忘れてるみたいだけど、あたし今、慎吾からお付き合い申し込まれたんだからね?」
首を摩りながら素早く蘇る猛ゾンビを指を突き付けて黙らせた。
お昼終了まで、後15分。新が見えない所まで、慎吾の手を引いて非常階段に腰掛けた。
「懐かしいな、昔、こうしてお前の手を引いた時があった」
「…………」
「正直、俺はお前に嫌われていると思っていたよ。お前が病を得た途端、バトンタッチで書院番だったからな」
【十兵衛】を演ってみると、笑える程にあの闊達さが出ないのだが、せめて慎吾がこんな風に血迷わないくらいには心残りは取ってやらないと、思った。
「…私をお嫌いだったのは兄者の方でしょう」
慎吾も何処にこんな昏い感情を隠していたんだろう、と思える程に【左門】だった。
綺麗で怜悧で寂しい異母弟。無理やり手を引いて、桜の樹の下に連れ出して。
「貴方が上様の勘気を被り蟄居を命じられ、小田原にお預けの身となった貴方の後に泥棒猫の様に入り込んだのが私だった。
大した言い訳もせずに貴方はさっさと柳生の里に引っ込んで、いつの間にか何処かへ行ってしまった。────私を一人、置いたまま」
握っていた手をいつの間にか、すっぽりとあたしより大きな手で包み込まれていて。
あたし達はもうこんなに違ってしまったのに。
「置いてってねえし。ちょいちょい親父様に連絡入れてたって。信じられないならお父さんに聞いてみりゃあ、いい。
ついでに親子のわだかまりも解消してこい」
「…おじさん、【父上】だったの…」
「『前』のお前達は絶対的に言葉が足りなかったんだと思うぞ?
大体、上様の勘気っつたって、アレはその…『衆道』絡みでなぁ。幾らお小姓で入ったからといって、主従の契りでバックバージンまで捧げんのは違うだろ、って。あ、お前、美人だったけど大丈夫だったか?」
その途端、殺気が辺り一面に満ち溢れた。
「あの、クソ征夷大将軍がァッ────‼︎」
おおう…。お前も誘われとったんだな?
どれどれ。
「小雪ちゃん、今は慎吾だから!そんなにお尻摩らないで!犯すよ⁉︎────つか、蟄居謹慎てそんな理由だったのッ⁉︎」
「え?ああ。恥ずかしくてお互い公表出来なくてな。上様も引っ込みがつかなかったらしい。まあ直ぐ撤回の打診はあったんだが、俺がコワくて顔がむさ苦しくなるまで逃げてたんだわ。
だから、『そんな理由』がそれこそ放浪の理由だし。お前の所為?ナイナイ」
意外と筋肉質な引き締まったお尻をさわさわした手を目の前で振った。
「だから、今世はお前の生きたい様に生きろよ、左門。もう、ぽっちゃり女子のなった元異母兄の事なんて心配すんな。
そう、あたしの将来の夢はウエルカム『おひとりさま』の平凡なOLよ!有休でイタリア行って、憧れの青の洞窟見てくるわ」
ふふん、と笑ってゴーマンポーズで髪を掻き上げると、
「そこにはサッカー部の元エースストライカーなんて連れて行かない。絶対的に、よ」
そう、微笑った。
ぎゅ、っと電光石火で抱き締められる。
「だから!僕は小雪ちゃんが好きだって言ったろう‼︎─────逆!逆なんだよ‼︎
又右衛門だからって、新に獲られたくないの!あのストーカー系の異母弟にも気付かれたくないの!だからせっせと、小さい頃からお菓子貢いでむっちり小鞠系女子にさせたのにッ‼︎」
え?
「又十郎は絶対、絶対ィ小雪ちゃんを探してる!幸い女の子だから、中々気付かないと思うけど、賭けてもいい。あいつは生まれ落ちた時からずーっと君を探してるに違いないんだ。僕の様に。
その自信があったから、間違っても剣道なんて習わない様に、細心の注意を払ってインドアにインドアに導いてきたんだ!今更、荒木又右衛門なんて弟子風情にやれるかッ‼︎」
酒飲みだったから、甘い物がやめられないのかと思ってたら、お前の仕業かッ⁉︎
「ああ!こんな所に居た‼︎」
あたしが慎吾を泣きながら折檻していると、半泣きの新がなんとスライディングで生足に縋ってくる!
「いやあ!ナニ⁉︎」
「俺が悪かった!もう十兵衛なんか追い掛けないから〜!俺を仲間外れにすんのはやめてくれえ〜〜‼︎」
「ええ〜〜⁉︎」
「俺も実はお前が好きなんだぁ小雪!」
「何処を⁉︎」
「そのおそらく柳生関連の『誰か』の転生体っぽいと・こ・ろ!」
ナニカ、バレてるし──────ッ‼︎‼︎
「馬鹿にしてんのかァああん⁉︎」
叫びーからの、恫喝ゥ!
「馬鹿になんかしてないッ!小雪もちゃんと好きだ!『ダイエットは今日の23時から〜』とか平気で言っちゃうとことか、十兵衛探しの旅の度に呆れながらも見送ってくれるとことか、胸よりお腹に手がむにむに埋まりそうに柔っこいところとかも!」
ガツげしゴシッ‼︎‼︎
「お前、今から新たな来世に旅立てや‼︎」
「イヤだ!せっかく『お前と同じ時代に生まれてきた』のに!」
こ、こいつ!無我夢中でしがみ付いてて、言ってる事気付いてないけど、本能で真実に気が付いてやがるよッ!
「前門の左門に後門の又右衛門んんーッ⁉︎」
「早口言葉かッ⁉︎」ツッコミながら二人を引き離そうとするが、授業の鐘が鳴ってもこいつら離れやしねえ!
「小雪ちゃんを放せよッ‼︎僕は弁護士になって新婚旅行で小雪ちゃんを【青の洞窟】に連れて行くから、新や又十郎は好きなだけ存分に見つからない兄者を捜しに、日本中グルグル回ってればイイよ!」
「うるせー!お前こそ小雪を離せ!大体べたべたベタベタいつも鬱陶しかったんだよ‼︎うっかり刺すぞ、この野郎‼︎何だ、お前やっぱり十兵衛がいつもツンデレだって言ってた異母弟なんだ?小雪はさしづめお前の元正室か?そんで、何でそんなに又十郎を目の敵にしてんだよ⁉︎お前ら仲が良かったって世間で言われてんだぞ?」
「ナニそれ?確かに兄者の行方を追う件では協力したけど、兵法書の件とかイヤミ言い合ってただけだよ⁉︎わあ、痒ッ!痒いよ!これはもう、小雪ちゃんとエッチして鎮めるより他に無いと思う!」
「何を鎮めるつもりだ!何を⁉︎」
「ナニ」「お前、ホントーに真実であいつの弟かッ⁉︎」
「授業ォォォオオ───────ッ!」
ベシッ!ばしばしバシバシっ‼︎‼︎‼︎
「お前ら!青春の滾りは放課後に持ち込め!」
小雪の叫びを聞き付けて数学の教科書で叩くのは、通り掛かりの若き剣道部顧問、根本幹久教諭(23)だった。
「あ、ミキちゃん!サボりじゃないよ!交際の申し込みしてるんだけど、小雪が受けてくれないんだよ‼︎うん、て言わせたら直ぐ行くし」
「何故にあたしが悪者に」
「違います、根本先生。これは新の横恋慕です。既に僕と小雪ちゃんは言い交わした仲ですし。卒業と同時に籍を───」
「入れねぇし」
根本先生は素早く二人の足を踏むと、痛がっている内にあたしをペリっと引っ剥がしてくれた。
「え、っと、二年の館山、だったか?災難だったな。まあ、『モテる女はツラいよ』位に思ってろ。特別に俺がクラスまで付き添ってやるから」
『ミキちゃん』の愛称で学校に知れ渡っているこの教師はこれまた大したイケメンだった。
長身を翻し、取り敢えず騒ぎの中心にいるあたしを送る事で全員纏めて連れて行くハラだ。
「ありがとうございます!エサを喜んでやらせて戴きます故、わたくしめが無実だという証人になって下さいませぇ」
低頭平身で強請り捲ると、根本先生はそれこそ目指す十兵衛の様に闊達に笑ってあたしの背を軽く押した。
その笑顔が眩しくて、つい、
「もー、こんなん続くなら芳徳禅寺に見学行ってついでに出家でもしちゃうかもよー」
とか、ツルッと口走った。
それは柳生家の菩提寺、沢庵禅師が開基と伝わります。神護山「芳徳寺」。寛永15年、柳生宗矩が亡父宗厳の菩提を弔うために建てたお寺でした…。
ぴたり、と長身の影が止まる。
「?─────先生?」
「館山ァ、下の名前、何?」
振り向いて呼び掛けたのに、返ってきたのはそんな返事だった。
「小雪ですよう」
「そっか、俺も小雪って呼んで良い?それとさ──────『徳川の影』見てる?」
風に揺れる前髪で顔が見えなかった。
でも、形の良い唇は微笑みの形をしている。
「ちっちっち、あんな最近のドラマより、『柳生十兵衛暴れ旅』の方がフィクション性が高くて笑えますよ?まあ、役者が渋くて憧れますけどね?」
「あ、それ!俺も知ってる。観たよ。でもさあ、日本刀って三人も斬れば人の脂で斬れなくなるって言うじゃん?」
「あっはっは!あたしも!あたしもそれ、この前まで信じてました‼︎でも、アレ?ってなって調べてみたらデマらしくて。結局、腕と刀の質の問題らしいですよ?」
「そーなのかー。俺、信じてたよ〜良く考えたらそうだよなーあんなに長く戦で使われた武器なんだもんな〜使えなきゃ廃れるか…。
─────で、さあ、小雪ぃ」
ホントにさり気なく、気さくに先生は聞いてきた。
「それ、いつ『アレ?』って思った?」
角を曲がった所で、あたしは物凄い力に担ぎ上げられ、空き教室に連れ込まれた。
え?とか間抜けに思っていると、綺麗な顔がすっと近づいてきて、あっという間に唇を奪う。
「…あれ?もう教室に行っちゃったのあの二人、ミキちゃん足速えなぁ」
「…あの人、何か引っ掛かるんだけど…新、何にも感じなかった?」
「そうかー?練習で剣を振っているとこ見たけど、綺麗な太刀筋だぞ?邪な人には見えない」「新は単純でいいよね」
そう言い合って、遠くなっていく。
その間も唇は貪られていて、空気すら入り込めない。
合わせるだけの口づけは数秒。顎を反らされ、あっという間に舌が滑り込んできた。
背中を宥めるように撫でられながら、もう片手で後頭部を固定される。
あたしの、ファーストキスがぁアアアっ‼︎
じゅ、じゅるっ、と唾液まで啜られて、息があがるまでねっとりと舌が絡んだ。
扱かれ、吸い上げられ、擽られ、味わわれた。
意識が朦朧とし始めた時、漸く顔が離されて。
「せ、せくはら…」
「ああ。バレたら懲戒免職相当だな〜。まあ、そうなったらそうなったで親の証券会社に入ってもいいし、貯金も結構あるから安心して嫁に来ていいぞ?小雪」
「よめ?いつ、よめとりのはなしに…?」
「まさか女で年下とは…。男相手に研鑽を積んでいた俺がまるで馬鹿みたいじゃないか。まあ、そのお陰で誰からも嫁を充てがわれる事が無かったんだから良し、とするか…親も女を抱けると知ったら狂喜乱舞してお前を迎えてくれるだろうしな」
何かあたしを置いてけぼりにして物事がテキパキと進められているが、放って置けない、それはあたしの進退だ‼︎
しかし、物凄いキスの名残りで頭が未だクラクラ…。
「なにをするのら、せんせ」
「ぽっちゃり女子も許容範囲だ────兄者」
その瞬間、意識の全てがクリアになった。
両腕をダラリと下げ、体を垂直に下ろすと同時に、両腕を上げて束縛を解く。
脱出と同時に右足を後ろにやると、その足を相手の足の真後ろに入れ、体重をかけて後方に転ばせ、相手が起き上がる前に股間を肘鉄を…
入れられなかった。
相手は既に澄ました顔で立ち上がっている。
「さすが、柳生家長子。ぽっちゃり帰宅部でも弟風情に遅れは取らぬか」
ここで最上策はこのままバックステップで逃げ出す事だ。六つも上の男相手に十兵衛の記憶のみで敵う筈も無いんだから。
だが、どっちだ?
「新陰流は元々柔術の体さばきなどをその術理に取り入れていた。素手で相手の刀を取る「無刀取り」。柔術の技を取り入れたかなりの技量の要るそれを遥か昔、お帰りになった際に見せて戴いたな。あの時も思ったが野に在り研鑽を積んだ所為か、貴女のその動きは少々荒っぽいな」
又十郎だぁ───────ッ‼︎‼︎
知らんかったが、気の良い弟、と思ってた彼奴は左門によると自分のストーカーだったらしい。そう言えば偶に褌が失くなっていた様な気がしないでもない!
「代わりに新しいの、入れといたでしょうが」
エスパー⁉︎
いやいや待て待て、今そこは論点じゃない。
「もー、センセったらー!先生までこのぽっちゃりボディにノックアウトなの?デブ専の時代、ついに到来か⁉︎
でも、乙女のファーストキスを勝手に奪った代償は高くついちゃうぞ?」
脳内で全人格からボコボコにされている映像が閃くがここは敢えて羞恥より身の安全を優先する。
「分かった。速やかに結婚しよう」
「うん、あれ?さり気に全肯定な上、今の流れだとむしろご褒美だよね?それ」
「俺の何処か不満か?両親は諸手を挙げて大歓迎、下にも置かぬ扱いをしてくれるぞ?
まあ、間違っても同居なんかしないがな。住居だって、マンションでも一戸建てでも好きな所を選ばせてやる。もちろん、今居るセフレは全部綺麗さっぱり切るし、病気も持ってない。検査は定期的に受けてたからな。金もさっき言った通りだ。株もやってる。
顔は嫌いじゃないよな?下半身事情は試して貰えれば充分だと実感してもらえると思うけど」
ずかずかズカズカずかずかズカズカ。
「ちーかーよーるーなぁアアアっ‼︎‼︎」
捲し立てながらあっという間に近づく彼に捕まりそうになって、あたしは自ら後ろに避けて膝を使って腰を落とした。そのまま後ろ受身をとりつつ
右足と左手で自重を支え、左足で相手の膝を狙った!
根本先生が軽く後退ったスキに、蹴った反動を利用し左足を奥にやり、左足を軸に自分も後退った‼︎
「やるな、小雪」
「あいたた!慣れない事をやった所為か腰が、股関節があッ⁉︎」
「お前はお婆ちゃんか。…まあ、いい。で、いつ互いの両親に挨拶に行く?」
「何気に交際を成立させないで下さい。先生まで慎吾みたいな事を言い出すなんて可笑しいですよ?隠れ厨二病ですか?大体、『徳川の影』見て思い出したなんて、ベタな展開…」
数学教諭は優しく微笑っていた。
「思い出してない。業腹だが、生まれ月が数ヶ月違っただけのあの異母兄と一緒だ。…俺も記憶を持って、この世に生を受けたんだ」
ええッ⁉︎
「はわわわわッ!ひ、人違いデース、あたしはあたしはその、そう!厨二病設定でも秋篠和泉守の娘…とかじゃないかなー?」
「それは兄上の正室殿だな?まあ、普通に生きてて咄嗟に出てくる名前では無いんじゃないかな?」
「あ、それはドラマ見て面白かったんで、十兵衛調べてウィキペディア先生に教えて貰いました!」
「お前の言ってた芳徳寺な、柳生家の菩提寺なんだけど。一般的に芳徳寺で知られてるんだ。どうしてそこが禅寺って知ってんの?」
「何となくノリで‼︎」
がちゃん!ガラガラガラララーピシャーン!
じりじりと下がり、教室の扉に辿り着いたあたしは後ろ手にそれを開けて、脱兎の如く逃げ出した!
「くそっ!何て用意周到なッ‼︎鍵、掛けてやがったな?又十郎めが。おっ、授業終了の鐘ェ、天の助けか。取り敢えず、早退して親父様と今後を話し合わねば!」
そして鞄を取りに戻ろうとして、角を曲がってきた慎吾と新に見つかった!
「小雪!」「小雪ちゃんっ⁉︎」
それを間一髪で避けると、教室に飛び込み、
「マリちゃん、親が腸捻転らしくて早退するんで、先生に言っといて!」とクラスメイトに頼んだ。
「ちょー…ふーん。りょ(了解ですの意)」と呆れた様な返事が返って来た時には既に窓から身を乗り出し、「はわわわわ、斎藤君ゴメンちょっと押して」とか窓際の席の男子に張り出し屋根に乗せて貰った。その際「重ッ!」って言われた事は不問にしておこう…。
そこから、帰宅部女子とは思えない動きであたしは非常階段に飛び移り、一目散に高校を後にした。あたし史上最高の速度で逃げ出したのだ。
家はヤバい。知られている、押し掛けられる、と思ったあたしは沢庵和尚こと、初恋の人、青柳圭介の家のチャイムを鳴らした!
「たのもう───────ッ!」
ガチャ。
「何だよ、漢らしいな。こゆちゃん」
良かった!圭介さんが居てくれた!併設されてる小児科のお昼の診療は三時からだ。後、一時間、話が出来る。
「ゴメンね?休憩中に…実は折り入って相談が…」
「─────三厳、学校はどうした⁉︎」
「へ?何でお父さんが…って、みつ…」
振り返ると、やれやれといった顔をした圭介さんがコーヒーを差し出してくれてた。
「バレたの?」
「…うん。寧ろ社長に。それで問い詰められて早退して来たんだけど(お前もかい)、圭介は僕と話してて、さっき思い出したんだって…」
「バラしたの?」
「ご、ごめん。流れで。どうにもごまかせそうに無かったし、今後、社長が『僕の子供』に接触してくるのも時間の問題だと思って」
顔を上げると、圭介さんは困った様に人差し指で額を掻いていた。
「まさか、さゆちゃんがあの『十兵衛』だったとはね…」
「あい」
「物凄い酒飲みで」
「……」
「やたらめったら絶倫で」
「……」
「幼い頃は良くおねしょを、」
「もう、その辺でご勘弁を」
涙目で仰向けになり、ぽんぽこお腹を見せて『降参』するあたしを圭介さんは溜息吐いて引き上げると、抱っこしてソファに座った。
あれ?
「で、どうすんの孝市。『あの人』結構十兵衛達に固執してたでしょう?出家した六丸以外、全員小姓だもんね。直ぐにでも家に押し掛けて来るかもよ?」
あの〜女子高生が親友の顎置き台にされてるんですが、父よ。
「ほらほら但馬守、娘の大ピンチだよ?何か、策を練りなよ」
「うーんうーん」
あ、そうだ!アレも伝えとかないと!
「親父様、圭介さん、実は─────」
かくかくしかじか、話し終わると、二人の顔が『ぽかーん』だった。
「え?ちょっと待って、ナニ?お隣に『柳生友矩』と『荒木又右衛門』が居て、剣道部顧問の数学教師が『柳生宗冬』だった、って…?」
「は?待て待て、全員、男だよな?それが揃いも揃って、兄弟師弟の小雪ちゃんが好きだって言うのか?僕の子供が…皆?ええっ!奥さんちゃんと居たじゃん!」
「二人共生前の記憶があって、左門は子供の頃からあたしをお菓子で餌付けして太らせ、又十郎は十兵衛の使い古しの褌を新しい物に差し替えていた、て言ってました…」
娘の告白に館山孝市は頭を抱えた!
「ダメじゃん!僕の自慢の息子達ッ‼︎」
「それよりパパン!娘の将来、気にしてよ!」
「因みに君の所の社長、バツイチだったよね?孝市…ヤバイね」
今度は三人揃って頭を抱えた。
「でさ、一番大事なのはこゆちゃんの気持ちだよね?────今、好きな人はいるの?」
圭介さんの優しい問いにあたしは何となく口籠る。
「圭介さん、あたしをお嫁さんに」
「お父さんと同級生は許さないよ!」
「こゆちゃん、俺もオシメ替えてた子はさすがに……」
え?我が子のオシメ、親友の圭介さんが替えてたんだ…?何してんだよ、孝市。
『だって女の子のオシメなんてどうしたらいいか分かんないんだもん!』とか言う父を踏みながら、あたしは重い口を開く。
「最初はね、見た目だけで新が好きだったんだと思う。
でも、流石に前世にあれだけ振り回されている姿を見るとねぇ。なんかバカバカしくなってきちゃって。元弟二人も同じかな?二人共ヤンデレ臭が凄かったよ。又十郎とか、個人的に喋った事も無かったし。────あたしは気が狂う様な恋は要らないかな…普通に幸せになりたいよ」
そう、ホラーのテイストがする恋は要らない。
柳生十兵衛はその生涯を全うしたのだ。
だから、小雪として魂がリニューアルされたのだから。
「そうだね。こゆちゃんはこゆちゃんとして幸せになるべきだ。俺も応援するよ」
「あ、僕だってお父さんなんだからね!もちろん一人娘の…アレ?ゴメン電話…?」
父が席を立って「はい。え?し、社長ッ!どうしてこの番号…は?今から家に?むむむむ、無理ですって!」
ピンポンぴんぽんピンポンぴんぽん!
ドンドンどんどん‼︎
「ごめん下さ〜い、青柳さん、こちらに小雪ちゃん来てませんか〜」
♭〜♯〜♭〜♪
あたしの携帯が震えている。マリちゃんだ。
「…はい?」
『あ、出た。こゆ〜、ミキちゃん先生が連絡取ってって、ハイハイ今替わりますよ〜『小雪〜急にごめんな〜。剣道部のマネージャーになってくれる件、部長に伝えといたから。明日、数学の準備室に顔を出してくれよな!小野田が付き添ってくれるみたいだから、頼んだぞ?ああそうだ。あの時間、お前が具合悪くて俺が介抱してた件は、教科担当にちゃんと伝えておいたからな?【安心して、明日出て来い】よ?」
副音声が聞こえます。
『取り敢えず、剣道部のマネージャーで勘弁してやるから、常に俺の見える所に居ろ。
先ずは準備室にそっちから会いに来い!来ないと、お前と俺が公認カップルになる様に手を回すぞ?』
ピンポンとノックの音は続いている。
転生剣豪の受難はまだ始まったばかりだった。
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お疲れ様でした。
貴方の読後感がすっきりしたものであります様に!最後まで読んだ戴き、ありがとうございました。