天然娘とエセ関西人
朝になりテントの中から出てくる。今日も良い天気なのだが少し体が重いのは昨日の夜に受けた襲撃のせいだ。何もないだろうと思っていた所に油断が有ったのか、夜番を交代してウトウトし始めた頃にたたき起こされたような恰好だった
襲撃自体はあっけない物で、こちらが体勢を整えると波が引く様に去って行った。タンドさんが言うには夜行性の狼の様な魔物で夜になると活動するタイプらしい。群れを統率するアルファ狼と言われるリーダーの性格で群れの性格も変わるらしいのだが、襲ってきた奴は冷静に状況を判断できる奴だったのだろう
ゴーレム達が防壁を築いてローラさんが魔法を放とうとした所で逃げて行ったという。相手の実力を見抜き群れに被害を脱す前に引いた手並みは中々優秀と言えるのではないだろうか・・・
俺と伶は実際に戦闘に参加する前に狼たちは逃げて行ったのだが、眠りに入る所で起こされた上に、緊張もあってよく眠れなかったのが身体の重い原因であると思われる
「少年、油断してるからそういう事になるのだ」
「そうね。緊張し過ぎも、し無さ過ぎも良くないわね」
伶も同じ状況だったにも関わらず、あまり堪えてはいない様だ。ここは素直に反省しておくべきだろう
「智大。辛い様なら出発を遅らせて休んでいくか?」
「そこまででは無いので大丈夫です。身体を解してやれば普段と同じに動けますよ」
ポンタさんが心配したように声を掛けてくれるが、そこまで酷い訳では無い。おそらく今日中に迷宮に着くのではないかという事で、体調を万全にした方が良いとの判断だろうが多少の寝不足で影響が出る事も無いだろう
いつも通り、軽い朝食をとった後、荷物を纏めて魔力の反応に導かれる様に先へと進む。段々と森の様子が変わっていくのがはっきりと判る
「木々も魔力の影響を受けておるな」
「ええ、なんか禍々しいというか、威圧感があるというか」
何とも説明の難しい雰囲気なのだ。木々に威圧されるというのも不思議な話なのだが、ここは俺達の領域だと主張されている様な感じがするのだ。魔物の気配も感じられないし、木々が自分たち以外を拒絶しているようだった
お昼過ぎ、休憩と軽い軽食を挟んだ後にいよいよ迷宮の入口に近付く。まだ距離は有るのだが先程から感じている違和感の様な感じも強くなってくる。精霊達も何かを感じているのか、頻りにタンドさんの所に情報を渡しているようだ
「この先の開けたところに入り口らしい物が在るみたいだよ。ただ厄介な事に嫌な奴がお昼寝中らしいけど」
「厄介な奴?」
「うん、出来ればお目に掛かりたくない奴だね」
口調と内容が合わないタンドさんだが、その正体を聞いて皆が顔を顰める。この先に居る物、ロダの魔境でシトールさんを追いかけていた土竜がお昼寝中らしい。恐らく迷宮から漏れ出す魔力を独占し力を溜めて要るうのだろう。
土竜は魔力を溜めて進化すると地龍になる。その為に必要な魔力は膨大な物で強い魔力を浴びながら長い年月が必要とされている。龍族に成ってしまえば高い知能と身体能力で、この世界の最強の一角となる種族だ。神格化された成龍たちは信仰を集め、更に力を溜めるのだが世界に係る事はほぼ無い。
神話の時代に現れた邪竜の様に、積極的に世界に係るのは稀な事で年代記にも邪竜以外の成龍の被害などは記載されていないそうだ。
「ふむ、どうしようかの?いっそ興隆王の様にこっそりと忍び込むかの」
「それで尻尾を踏んづけるって話ですか」
ローラさんが言う興隆王とは王国の始祖、初代の王様の事だ。伝記によると彼は強くも勇敢でも無い普通の男だったという。何故そんな人が今にまで続く王国を建てる事が出来たのか・・・長くなるので簡単に言うと正義感の強い彼は自分に力が無いのは理解していたのだが、とにかく人が困っていると放っておけない人柄だったらしく、知恵を絞る事で様々な困難に立ち向かったらしい
人懐っこい性格も相まって、皆が彼に力を貸してくれた様だ。三国志で言うと劉備みたいなタイプだな。その彼の冒険譚の中に、門番の龍を眠らせて宝を得ようと侵入を試みた彼が、あと少しの所で尻尾を踏んでしまい成龍に追い掛けられるという話が有るのだ。建国の英雄に有るまじき失敗談なのだが何故か親しみを込めて受け入れられている。最後は仲間と共に成龍を説得して宝を得るのだが、その後成龍は彼を守護して建国に力を貸したと物語は綴っている。成龍がそんな事に力を貸す筈は無いのだが、それこそが興隆王の魅力だという訳だ
閑話休題
ともあれ、成龍に進化する途上の土竜であっても、人の身でどうこう出来る存在では無いだろう。シトールさんと出会った時、土煙を上げて追い掛けている彼の姿を見ただけで逃げる事以外の選択肢を思い付かなかった位なのだから
「正面から戦う訳にもいか無いだろうし、その方法しかないね」
「シトールさん。くれぐれも注意してくださいね」
「なんでワイに言うんや。嬢ちゃんこそ気ぃ付けや」
ハルカさんがシトールさんに注意している様は確かに違和感があるな。どちらにしよ何か起こすとしたらこの二人の様な気がする・・・ってフラグが立ったか?
物語では眠り薬を入れたお酒を用意するのだが、生憎そんな用意はしていない。幸い気持ち良さそうにお昼寝中なので、その巨体を大きく迂回して後ろからコッソリと忍び込む。間違っても尻尾を踏むなんて事は無い様に細心の注意で進んでいく
「くしゃみとか気ぃ付けてや」
「そんなボケは要らないです」
何かの血が騒ぐのか小声で言ってくるシトールさん。相変わらず空気を読まない人だ。出会った時に逃げ回ってたくせに、よくそんな事が言えるものだ
伶から無言の視線で黙るシトールさん。氷の視線も役に立つ物だ・・・
相変わらずの主人公らしさの無い俺達だ。巨体を大きく迂回しているので結構な距離が有る。魔境の入口である洞窟は見えているのだが、緊張感もあってか途方も無い距離に感じる。
忍び足で一歩一歩ゆっくりと進んで行く。スキル『気配操作』を持っているのだから、そんな事をしなくても大丈夫な筈なのだが何か定番の歩き方になってしまう。
もう少しで洞窟に到着する・・・得てしてそういう時に起きるのだ。好事魔が多しと言うかなんというか。やらかしたのは、やはり・・・
「くしゅん」
可愛らしい声でくしゃみをするハルカさん・・・
「ちょぉ~!そんなんいらへんねん」
皆が動きを停める中、シトールさんが思わず声を挙げる
その声に反応するかのように土竜が身を捩る様にこちらに視線を向ける。眼が合った俺達は引きつった笑顔を向けるしかない。
「走れ!早く洞窟の中に入るのだ」
そんな中、ポンタさんの一言で皆が堰を切ったように行動を開始する
「グゥオオオ」
雄叫びを上げながら身を起こした土竜がこちらに向かってくる。ドスドスと地面を揺らしながら迫る土竜に足を急かして洞窟の入口へと必死で走る
「キャッ」
短い悲鳴と共に転ぶハルカさん
だからそんなの要らないんだって!
倒れたハルカさんを抱え上げると、そのまま肩に担いで洞窟へと走る
「せ、せめてお姫様抱っこでぇ~」
頓珍漢な事を言うハルカさんを担いだまま洞窟へと逃げ込んだ俺達は、そのまま暫く走り続け入り口の光が小さくなった辺りでやっと立ち止まったのだった・・・
ほんと勘弁してください・・・
読んで頂いてありがとうございます




