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女王の最後

 ポンタさんの指示を受けて女王蟻へと向かう。しかし自分たちの主人へと向かう俺を親衛隊であるインペリアルアンツ達が見過ごす筈も無く、行く手を遮るように俺の前に現れる。強靭な顎での攻撃を繰り出してくる蟻達を飛び越え外骨格を蹴り付ける様に奴らの上を移動していく


 地上を這い回る蟻達は上空からの攻撃には弱い。ましてや俺はただ足場として移動するだけなので攻撃を受ける事無く女王へと近づいて行く。体術を駆使して蟻から蟻へと飛び移っていくと、何と無く昔行ったフィールドアスレチックを思い出す。途中俺を攻撃しようと頭部を持ち上げた蟻はハルカさんの天雷弓で貫かれて行動を停止する。


 インペリアルアンツ達が俺に気を取られれば、その分後ろの皆の余裕に繋がる訳だから援護する事も可能になる。蟻達は結局はどちらを優先するのか迷った挙句近くの敵から攻撃する事を選んだようだ。しかしその判断は隊列に混乱を生んでしまい、数の奔流で押し切る流れを止めてしまう結果になってしまう


 単純な命令に従うだけの知能しか持たないが故の行動の乱れ。押される圧力の低下を見て取ったルービーゴーレム達は槍を突き刺すのでは無く、身体ごと大盾をぶつける様にして前に出る。押し返された隊列は後ろから迫る蟻達へとぶつかり、更なる混乱でもはや攻撃を出来る状態ではなくなる。


 ソルジャーアントよりも大きな体。体高で人の大きさ程もある蟻達の奔流はダムで堰き止められたがれきの様に、横を向いたり仲間に乗りかかるように隊列を崩してしまう。身体の大きさが災いして方向転換すらできずに、その場所で一塊になった所へローラさんの範囲魔法が放たれ爆炎が蟻達を焼き焦がし、魔法の範囲から外れた者達は天雷弓の矢に貫かれ、ポンタさんやシトールさんに叩き割られて動かなくなっていく。


 アラクネ達もここが勝負どころと見たのか攻勢を掛ける様に前に進んでいく。今まで流れに押されるだけだったメンバーたちが一挙に攻勢をかけた


 後ろがそんな事になっているとは知らずに俺は蟻達を足場に遂に女王に手が届く範囲まで近づく事が出来た。生まれたばかりで女王の体液に濡れた身体でこちらへと向かって来るが、(さなぎ)から羽化したばかりの蟲の様に軟らかいままで、外骨格も固まっておらず苦も無く斬り裂く事が出来る


 闘気を纏わせた刀を振るい蟻達を斃しながら女王の腹部へと疾走する。狙いは親衛隊を生み出している卵管の様な部分。丁度生み出されたインペリアルアンツを踏み台に跳び上がり大上段に構えた刀を落下の勢いも加えて振り下ろす。


 インペリアルアンツ達の様に外骨格に覆われた頭部や胸部と違い、卵管が有る腹部はブヨブヨした脂肪の塊の様な見た目になっている。俺の刀に斬り裂かれた部分からは嫌な臭いのする体液が飛び散ってくる。咄嗟に女王の腹を蹴飛ばして避ける事が出来たのだが、大地に落ちた体液はジュージューと煙を上げながら草木を焦がしていた。生まれたばかりの蟻達に付いていた体液とは明らかに違う・・・これは蟻酸(ぎさん)


 元の世界でも蟻酸(ぎさん)を持つ種がいるのは知っていたが、こんな出鱈目な強さの酸を出してくる奴はいなかった筈だ。自らを守る筈のインペリアルアンツまでも溶かしてしまっている体液だが、不思議と女王の身体とは反応していない。しかし俺が斬り裂いた事で生まれてくるインペリアルアンツ達はその途中で女王の体液で溶かされてしまう。


 女王は腹部を攻撃されてもその歩みを止めない。その姿は悲壮な決意すら漂わせながら、一歩また一歩と前に進んでいく。決して動きが早い訳ではないのだが一歩一歩が大きい為に追い掛けながらの攻撃になってしまう。強力な蟻酸(ぎさん)を踏まない様に追い縋っては卵管目掛けて刀を振るう。


 それを繰り返して全ての卵管を塞ぎ切った時には、目の前に先程飛び出したゴーレム達の防衛線の前にまで迫っていた。


「無理に止めようとするな。左右に別れて奴を通せ」


 ポンタさんが大声で叫ぶ。戦いの中に在っても良く通るバリトンボイスの指示にゴーレム達だけでなくアラクネ達までも女王の進路上から離れていく。


 先程までの戦闘の残滓、インペリアルアンツ達の死骸を踏みつけ、溶かしながら進んでいく女王。僅かに残った親衛隊たちは、俺達を攻撃するのでは無く女王の進路を守るように先頭に立って進んでいく。その姿は宮廷騎士が王を守って行進するかの様な威厳ある姿に思える


 体液を失いボロボロになりながらも進み続ける女王。その速度に合わせるかのように周りを囲み守りを固める蟻達


 最早すべての足を動かす力は無いのだろう・・・女王は動く足だけで引き摺る様に身体を前に進ませる。何物も近付かせまいとする蟻達は体液に触れ溶かされようとも女王の周りから離れない


 やがて力尽きた様に倒れ込んだ女王。動かなくなった女王の腹部、その上部に在った繭の様な部分が大きく膨らんだと思うと殻を破る様にして現れた一匹の蟻。羽を生やしたその身体を、一瞬振るわしたように見えた後、大きく羽を伸ばして魔境の外周へと飛んで行った。役目を果たした親衛隊たちもその場で動かなくなっていた


「ただ、次世代の為に前に進む事のみを欲しておったのじゃな」

「少しでも魔力を残してあげる為にですか・・・」


 俺達は魔境の勢力争いだと思っていた。だがそれは次世代の為の行動、子供の為を思う親の捨身での行動だったのだ


「本能なのか(いくつ)しむ為なのかは判らないけど若干後味が悪いね」


 タンドさんの言葉に皆が頷く。ふと見れば共同戦線を張っていたアラクネ達も去っていく処だった。彼らが俺達と同じ事を感じていたのかは不明だが、少なくても俺達と争うつもりは無いらしい


「ほな、今日はここで野営するのが良さそうやな」

「シトールさん。もう少し空気読みましょうよ」

「なんでや!せっかく気ぃ遣って明るく言うたのに」


 蟻達の進路にいた魔物達は倒されるか逃げ出しているだろう。アラクネ達が去ったので今晩だけならば安全地帯になりそうだ。


 ただ判っていてもシトールさんの発言はちょっと情緒が無い様な気がする。シトールさんらしいと言えばそれまでなのだが女性陣からは非難の眼が向けられていた・・・




 カイとクイから荷物を下ろして野営の準備を始めていく。戦闘で思ったよりも時間が過ぎてしまったので辺りは少し暗くなり始めていた。森の中では夜が早い。平地ならば沈みかけの太陽からでも光が届くが木々に遮られるために一挙に暗くなってしまうのだ。


 一応ゴーレム達を配置して精霊の警戒網も構築しておく。


 流石に今日は保存食だけになるだろう。ちょっと料理と言う気分ではない


 時間が経てばまた勢力争いが繰り広げられるのだろうが、今は女王に敬意を払う様に静けさが広がる森


 自然の神秘なのか摂理なのか・・・


 少し感傷的になりながら魔境の夜は更けていった



読んで頂いて有難うございます

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