蟻の女王
方針を決定した俺達は大きめに迂回しながらローラさんが感知している魔力の強さを頼りに先に進む事にした。撤退したり迂回したりばかりで、主人公らしさは無いのだが身の安全を第一にしている以上はしょうがない。
この先に進んでいけば同じように群れ単位でのエンカウントは避けられないだろうが、不意打ちだけは避けたい処だ。少なくても迎撃態勢を作れれば、この間の様な事には成らないと思う。みんなも同じ事を考えているので警戒度を上げながら先に進んでいく
「さっきのが嘘の様に気配を感じないね」
「はい、精霊達も何も感じてはいないようです」
ブルーベルやカイとクイも異変は感じていないようだ。偶々群れの中心部に突っ込んんでしまったのか、何かの事情があるのか・・・
どちらにせよ、先に進めるうちに進んでしまえば目的地に近づく訳だから警戒しながらも足を進めて行く。結構な距離を魔物達や蟲達に出会う事無く進んでいたのだが、遂に警戒網にその気配を探知する
しかし、隠れている気配では無く明らかに争っている感じがするのだ。ゆっくりと近づき様子を窺うと、そこには巨大な蜘蛛の魔物アラクネとその眷属であるスパイディア達が俺達が先程戦ったソルジャーアント達と戦っていた。
蜘蛛たちが吐き出す粘着性の糸を物ともしないで進んでいく蟻達。糸に絡め取られた個体はそのまま、もがいているのだが、俺達が戦った時の様に仲間の犠牲などお構いなしに目標に向かって進んでいく。糸を吐き出し無防備な体勢のスパイディアに噛み付き仲間で取り囲もうとするのをアラクネが放つ衝撃波が吹き飛ばす。
上半身は女性、下半身は巨大な蜘蛛という魔物であるアラクネ。丁度蜘蛛の頭部のあたりから女性の上半身が生えている様な姿をしている。蜘蛛の部分が前足の爪を振るい蟻達を斬り裂き、上半身の女性が唱えた魔法が蟻達を蹂躙していく。吹き飛ばされた蟻達はスパイディア達の糸に絡め取られるか、止めとばかりに突き立てられた牙で動きを止めていくのだ
俺達が苦労した集団、数の奔流をアラクネが中心となって捌く事で上手に往なしているように見える。しかし後から後から湧いて出てくる蟻達に、少しづつ数を減らしていくスパイディアに顔を顰めるような表情をするアラクネ
「蟻と蜘蛛は学術的には別種の生物よ。足の数が違うでしょ」
隠れて様子を見ていると伶がこっそり教えてくれる。元いた世界の知識では別種だが魔力で変質した彼らにその知識が当て嵌まるのかは判らないが目の前の光景からは仲間意識は無い様だ。もっともソルジャーアントにそんな考えが有るのかどうか・・・。彼達は隣にいるソルジャーアントですら俺達が思うような仲間扱いはしていない。ただ攻撃対象でないと言うだけで助ける事も協力する事も無いのだ
「押されているようじゃの」
「アラクネたちの方が不利ですか?」
「アラクネは仲間たちを気にして思う様に動けてないようだね」
観戦モードに入った俺達は冷静に状況を見ている。どちらも目の前の戦いに集中しており、こちらに気付く余裕は無いようだ
「ギィー」
アラクネが一声鳴くとスパイディア達が後ろに下がり始める。一気に形成が流れ蟻達が一斉にアラクネに向かって迫ってくる。それを一人で受け持つアラクネは前足で蟻達を左右に吹き飛ばしながら集団の真ん中あたりを狙って範囲魔法で吹き飛ばしていく。動きの弱った所で後方から飛んでくる糸が蟻達の動きを封じ、白い塊になってもがいている
「そうか。ああいう戦い方が有効か・・・」
「俺達ならばブルーベル辺りを前に出して弱った個体から始末する感じですか?」
「僕の精霊魔法で絡め取ってしまうのも手かもしれないね」
アラクネを避けて後ろのスパイディア達を攻撃するか、アラクネを囲むように攻撃をすれば蟻達にも勝機はあるのかもしれないが、そんな知能の無いソルジャーアントは突出した形になっているアラクネに真っ直ぐに向かっていっては吹き飛ばされ糸に絡め取られている
更にその塊が壁となり、アラクネへと続く道になると余計にアラクネに集中していくだけになってしまった蟻達は流石にその数が目に見えて減っていく。こうなればアラクネ達の勝利は間違いないだろう。気付かれる前に戦場を後にしようとした時だった
カイとクイが警告の声を挙げ、俺の気配感知にも巨大な気配が反応した。当然精霊達も騒いでいるのだろうタンドさんもこちらを見て頷いている。遠くでメキメキと木々が倒れている音が森の中に響き、ギャアギャアと声を挙げて鳥の魔物達が飛び立っていく。アラクネ達と戦っていた蟻達がサッと波が引く様に去っていく。諸々の異常事態に『危剣察知』もビンビンに反応し始めている
「こりゃただ事ではないで」
「音のする方へ向けて隊列を組め!ゴーレム達が前だ。智大とシトール殿は後衛陣の守りを固めろ」
ポンタさんが鋭く指示を飛ばす。隠れていた俺達が隊列を組んで現れてもアラクネ達は此方に攻撃を仕掛けてはこない。隊列の向きは彼らの方を向いていないし、脅威度で言えば音のする方から向かってくる何かの方が高いからだろう
遂には目に見える範囲の木々も倒されていき、ソルジャーアントよりも黒く一際大きな蟻達が姿を現す。
「インペリアルアンツや、親玉が出てきおったで」
「後衛陣は魔法で攻撃、奴らを近付けるな。ゴーレム隊は壁役。抜けてきたのを始末していくぞ」
インペリアル・・・文字通り親衛隊だ。女王蟻を守る役割を持つ、群れの中でも一段上の強さを持つ蟻達。外骨格に包まれ、顎から生えた牙の鋭さは兵隊蟻とは比べるまでも無い。更に毒を含んだその牙は致命傷にならなくても猛烈な痛みを相手に与えるという
ブルーベルを中心に隊列を組んだルビーゴーレム達は盾を構え長槍をインペリアルアンツに向けて構える。ハルバードを構えたポンタさんとバルディッシュを持つシトールさんが中衛でゴーレム達を後ろからサポートする。遊撃役の俺は抜けてきた奴や廻りこもうとする奴らを狩っていく役割だ
「天雷弓行きます。みなさん衝撃に備えて下さい」
普段の御茶目な雰囲気では無く凛とした声で宣言したハルカさんが上空に向けて天雷弓の矢を放つ。洞窟の時よりも魔力を込めた一撃が放たれると、天から無数の雷の矢が降り注ぐ。黒い濁流の様に近づいて来ていた蟻達が衝撃で吹き飛ばされ、直撃を受けた蟻達は木端微塵になってしまう。
衝撃の範囲外にいた奴らも感電したように動きが鈍くなり、進撃の流れが滞る。そこへ放たれるローラさんの複合魔法、突風に混じるのは氷の礫だ。外骨格に守られたその身体にダメージを与えると共に周囲の気温も下げる効果で蟻達の動きを封じていく
動きの遅くなった蟻達にルビーゴーレムの槍が外骨格の隙間に突き刺さり、ポンタさん達の長柄の斧が頭部を叩き潰していく。横を見るとスパイディア達が動きの遅くなった蟻達を糸で縛り上げ、アラクネが前に出て前足で蟻達を両断している。意図した訳ではないが共同戦線を張っている格好だ
しかし、親衛隊の数は減りもせずに次から次へと森の奥から湧いてくる。そして、遂に木々を倒していたものの正体。女王蟻が俺達の目の前にその姿を現す。もはや蟻と言う範疇を超えた巨体で腹部を引き摺るようにして現れた女王蟻。左右の卵管から卵では無く成虫の姿をしたインペリアルアンツを、俺達やアラクネ達がそれを倒すのと変わらない速度で次々生み出している。
更に、腹部の上部に繭の様に包まれた膨らみがあり、それが鼓動するように脈動しているのが目に入る。おそらく次世代の女王・・・次の世代を生むために必要な魔力を得る為に魔境を中心部へ向かって進行しているのだろう
本能に従った大移動は周りの魔物達の事などお構いなしに、そして自分たちの危険すら考慮していないのだろう、目的地に向かう途中に在る障害物を薙ぎ払いながら進む蟻達にとって、その進行の邪魔をする者達は排除の対象でしかないのだ。途中で力尽きようとも少しでも強い魔力を求め只管に災厄の化身となって進んでいくのだ
「智大、周りは抑える!女王を狙え!」
ポンタさんの指示が飛ぶ。危険は承知なのだ。しかし災厄の中心を止めなければ命令に従うだけの蟻達を止めることは出来ない。
次々と生み出されるインペリアルアンツ。
生み出される速度と倒す速度が拮抗している状態での起死回生の一手
女王への特攻を任された俺は、闘気を高めながら蟻達を飛び越える様に女王へ向かって疾走するのであった
次回、主人公大活躍?
読んで頂いて有難う御座います




