群れの脅威
「いやいや、ハルカちゃん。その弓何なの?前と速さも威力も全然違うじゃない!」
「ほえ!?だってそういう弓ですもん」
「・・・」
あっさりと戦闘が終わったことにタンドさんとしては不満が残るらしい。特にハルカさんの天雷弓の威力に驚いているようだ。天雷弓は込める魔力で威力がまるで変ってしまうので、オーク達と戦った時よりも威力が上がっていた。原型を留めていない頭部を見ると魔力を込め過ぎていたような気もするが、洞窟の時の様に周りに被害が出る程ではないので、まぁ良いだろう
「はぁ、ゴブリンキングだよ・・・普通の冒険者なら何人必要になると思っているんだか」
「ふむ、そうは言ってもこれ位の事が出来なければ、この魔境の探索等不可能じゃろ?」
ローラさんが当たり前の事を言わせるな、と言う様に返答するとタンドさんはため息をつく。普段はギルド長として間近に冒険者たちを見ているので、俺達の戦い方を異常に思ってしまうようだ。
「世間一般の常識は僕の方だと思うんだけどな・・・」
「タンドさん、禿げますよ?」
いつかのお返しにと指摘しておいた。でもタンドさんは案外常識派でもあるのだ。魔族の事やこの魔境に来る時でも驚きで答えたりと、俺達が普通に考えている事が世間とは違うという事を教えてくれたりもする。そういった意味では案外簡単に倒してしまった俺達が常識外なのだ・・・俺は何もしてないけどね
「智大君も言うね。でも、これ位出来ないと駄目か~。僕も鍛え直さなきゃいけないね」
どうやらタンドさんも吹っ切れた様だ。後輩でもあるし庇護する対象だと思っていたハルカさんに強さで追い越されそうな状況に決意を新たにしたのかもしれない。天雷弓の性能は兎も角、扱えるだけの魔力が無ければ使えないのだし当然、威力の制御が出来るという事は魔力の調整だって出来ている事になる。本来エルフはその辺りが苦手だったりするらしいのだ
タンドさん達が使う精霊魔法は彼等に力を貸して貰って発現している。なので魔法の実行者はあくまでも精霊本人が行う事になる為、使用に際して必要になるのは精霊に与える魔力の大きさや相性が大事だという
「そういうのを含めて器の大きさって表現するんだけど、これでも僕は優秀な方だった筈なんだけど自信を無くしちゃうよ」
そう言って肩をすくめるタンドさん。確かに普通のエルフ達じゃ使いこなせない物なのかも知れない。単純に魔力が大きいから仕えるかと思ってハルカさんに渡したのだが、本人の努力が有ったからこそなのだろう
「う~ん、コツさえ掴めばそんなに難しくなかったですよ」
「いやはや、若いってのは素晴らしいね」
愚痴が軽口に成ってきているあたり、気持ちの切り替えは終わっているのだろう。キング達の魔石を荷物に仕舞って先に進む事にする
「外周部を抜けた辺りからは、たぶん縄張り争いが激しくなりまっさかい気ぃ付けてや」
「縄張り争い?」
「そや。B級辺りでも偶にあるんやわ。エリアボスみたいな個体が他の個体と群れ単位で争っとる。勿論A級なら規模も頻度もちゃうやろうな」
B級の魔境でも中心部では、魔力溜まりを巡っての争いがあるらしい。強力な個体ほど自身に必要な魔力の量も増えるし、更に強くなろうとすれば膨大な魔力の中で過ごす必要がある。その為に宛ら国同士の戦争の様に勢力争いが繰り広げられているらしい
「ナティさんが言ってたのってそういう事なのか」
「そやで。戦い慣れてるから、よけい性質が悪いんや。強さもマチマチやから油断すると酷い目に合うで」
つまり、俺達が出会った外周部にいる魔物達は個体としては強力でも群れとしては、まだ勢力圏外という訳らしい。しかし此処から先は外周部での生き残りに成功して中心部へ向かう群れと中心部での勢力争いに負け外周部に追いやられる群れがぶつかる激戦区に成る訳だ。だから外周部と中心部との境目の中間区域が、一番危険だとシトールさんが説明してくれる
「もっとも、中心部にいるんは、それこそ伝説級の魔物や。どっちが危ないかなんて会ってみないと判らんけどな」
一体の強力な個体か、群れとして襲ってくる群体か・・・どっちにしろ避けて通れるなら避けたい所ではあるな
「ふむ、うまい事空白地帯を抜けたい所ではあるが難しいか?」
「無理じゃろうな。精々群れを避ける様に進むしか手はあるまい」
結局は今まで通り進んで行くしか手は無い様だ。心構えだけはしっかりしておこう・・・
「クゥエ~」
カイとクイが警告の声を上げると、ギチギチと嫌な音を立てながら木々の間から出現したのは巨大な蟻の魔物だ。蟻の魔物の上位種、ソルジャーアントがこちらに迫ってくる。獣系の魔物では無いので気配を察知し難かった為に接近を許してしまった。・・・いや、俺達が彼らのテリトリーに侵入してしまったのだろう
その大きさは、頭だけで俺の上半身位はある。俺達とは違う進化の系統を辿った姿は魔物と言うだけでなく根源的な不気味さを感じさせる。その群れが不気味な音まで響かせながら此方に迫ってくるのだ。精神衛生上かなりきつい。更にこいつ等には知能という物が無い、その代りに怯む事無く迫ってくる。自己犠牲の精神ですらない、ただ命令に従って外敵に対して攻撃を加えてくるだけだ
俺が両手を広げたよりも大きな顎でこちらを攻撃してくる奴らを叩きつけるような斬撃で始末する。しかし動かなくなった蟻を乗り越える様に次が向かって来る。目の前だけでなく横からだろうが上からだろうが、隙間さえあれば仲間であろうとも足場にしてこちらに迫ってくる。一匹だけ見れば倒すのに苦労する相手では無いのだが、そもそもの思考が俺達とは違い過ぎて対処しきれないのだ
ジリジリと後ろに下がりながら数の奔流に押されていく。もし倒れてしまったり一度掴まってしまえば、こいつらは容赦なく集団で群がってくるだろう。そうなってしまえば、もう骨すら残さずに分解されるだけとなるのだ
「あかんで。一度撤退するしかないで!」
「ゴーレムを前に!ローラ魔法で焼き払え」
ポンタさんの指示でブルーベルとルビーゴーレム達が蟻たちの猛攻を一瞬だけ止める。そこに立ち上がる紅蓮の炎の壁。肉の焼ける匂いとは違う嫌な臭いが辺りに漂う。前に進めば焼け焦げると判っている筈なのにそれでも突進を止めない蟻達、身体から炎を上げながら壁を突破してくる個体も居る。そいつらを足場にして更に次の個体が進んでくるのだ
不気味な光景に、一目散に元来た道を戻っていく。奴らの勢力圏外に出れば追ってはこないだろう・・・
「ひゃ~えらい目にあったで」
「精霊の警戒網に掛からないとはね」
幾ら巨大な蟻の魔物とは言っても所詮は蟲だ。そんなものまで警戒網に掛かっていたら紛らわしくて前には進めないので精霊達も気にしていなかった様だ。これは流石にタンドさんの落ち度かも知れないが、ブルーベルも反応してなかったし俺の気配感知にも反応が無かったので責めるのは酷だろう
「次からは大きさも基準にする事にするよ」
「そうね。ブルーベルも覚えておいて」
取敢えずは蟲に対する警戒もする事で良しとして、問題はこれからだ。このまま先に進むか迂回するかを決めなくてはいけない
「迂回するちゅうても、範囲が判らんようじゃ意味ないでっせ」
「とはいえ、直進するのも・・・」
群れの中心にいるであろうエリアボスさえ倒してしまえば蟲達は命令を下す者が居なくなり脅威度は減る筈だ。しかし、そこへ向かうという事は更に密度の濃い蟲達の群れを相手にしなくてはならないのだ
「いっその事焼き払えれば楽なのじゃがな」
「魔境の木々ですから・・・」
魔境の中の木々達も濃い魔力で変質しているのでそう簡単には燃え広がってはくれない。爆発で吹き飛ばせば別だろうが、いちいちそんな事をしていては魔力が持たない事は判り切っているので、ローラさんも本気ではないのであろうが、気持ちとしては非常に判る
「少なくても蟻達の圏内は避けましょう。少し迂回して前に進むのが一番だと思います」
「そうじゃの、数に頼った力押しはどうしても儂等が不利に成ってしまうからの」
「警戒だけは厳重に。数が多いようなら更に迂回するかその時々で対処していきましょう」
この先にいるであろう蟲達の親玉を潰せれば手っ取り早いのだが、取敢えずは蟲達の勢力圏を抜けられれば良しとしよう
「蟲達の王様ですか・・・ムシキン「ストップ。大人の事情に引っかかるわ」ですね」
ハルカさんの危うい発言を伶が咄嗟に遮る
「蟲の世界の王様は女王だね。インセクトクイーンが正しいと思うよ」
タンドさんの訂正で、仮称インセクトクイーンの撃破、若しくは勢力圏の突破を目標に先に進む事にしたのであった
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