森の仕事人
警戒していた割に襲撃も無く普通の朝を迎える事が出来た。とはいっても流石に装備を外して寝る訳にもいかず身体が固まっている感じがする。他の皆もそうなのか、テントから出てくると身体を伸ばすような動きをしている。少し早起きしていた伶が味噌汁を作ってくれているので、保存用の堅パンを漬しながらの朝食を済ます
「やっぱり、味噌って便利だよな~」
「そうね、獣人さん達の食生活が日本と似ていて助かってるわね」
元の世界でだって純和食だった訳ではないのだが、米や味噌、醤油と言った物が在るだけで異世界に来たというのに不思議と安心するのは非常に助かっている。昨日感じていた寂寥感も味噌汁の味に溶けていくような感じがする・・・やっぱり気のせいか!?
「さて、今日からは本格的に魔境の中に入っていく事になるね。みんな十分に気を付けてね」
タンドさんが食後に改めて挨拶の様にそう言って、みんなに注意を促す。通常の調査団が活動する時は決して魔境の中で寝泊まりする事は無いそうだ。仮に何らかの事態で暗くなってしまった時でも警戒をしつつ出口を目指す事になっていると説明してくれた。暗い中を移動する危険よりも夜営する方が危険だと経験則から決められた約束事だという
俺達は魔境の奥まで進みスラちゃんの進化に必要な魔力濃度の場所まで異動後、進化終了までその場に留まるので、危険度は跳ね上がるとの判断なのだろう。もっとも、進化の為に誰かが傷付くのは避けるつもりなので無理はしないつもりだし、スラちゃんもその辺の事は理解してくれてるようだ
「少年、あまり気負うでないぞ。進化の他にも邪教徒達の動向を探る為の囮の役目も有るし、今後予想される戦いにもきっと役に立つであろうからな。」
「そうですよ。みんなで行けば怖くないですよ」
ハルカさん赤信号じゃないんだから・・・微妙にズレた表現だが、気持ちは嬉しいので素直に受け取っておこう
自然とみんなで顔を寄せ合い頷くと、魔境への入口に足を踏み入れる。想像していたよりも普通の森だ。当たり前と言えばそれまでなのだが、一歩進んだくらいで何が変わる訳ではないが身構えていた分、少し肩透かしを喰らった気分だ
「兄さん。迷宮とちゃうんやから・・・」
シトールさんにまで呆れられるのは心外だが、言ってることは間違ってない。迷宮ならばいきなり環境が変わる事も有るのだが、魔境とは言っても基本は大森林と同じ森の中を進む事になる。南部の大森林という事で、もっと熱帯雨林のジャングルの様な雰囲気にでもなる様な気がしていたのだがそういう訳ではないようだ
「ふむ、魔力の強いのはあっちじゃな」
「そっちへ真っ直ぐ進むのか?」
ローラさんが指さした方向へとポンタさんが進行方向を修正しながら進んでいく。地図でもあれば楽なのだろうが、森の中なので目印も無い場所を感覚を頼りに進んでいくしかない。帰りは伶が設置した発信機の様な道具を頼りに先程の場所まで戻るそうだが、発信機の場所なんて感知できない俺は一人ならば確実に迷ってしまうだろう
「きゅ!」
俺の肩に乗っているスラちゃんが任せろとばかりに飛び跳ねる。そうだね皆と離れてしまってもスラちゃんと一緒ならば大丈夫かも知れない。出発前にナティさんから貰った小瓶を一気に飲み干したスラちゃんは気分がいいのか普段よりも動きが激しい。
眼が有る訳ではないので判らないがキョロキョロしているかのように周りを見ている様な雰囲気があるのだ。実際には違うのかもしれないけど楽しそうなので、まぁ良いだろう
「予想よりも魔物が少ない?」
「いえ、近寄ってこないだけで結構いますよ」
俺の問い掛けにハルカさんが答えてくれる。隙を窺っているのか、実力を見抜いて避けているのかは判らないが取敢えず魔物達とのエンカウントは無いまま進んでいく。途中カイとクイが警戒したように鳴くのでその場合は進路を少しズラして進んでいく。態々、二匹の勘に引っかかる様な魔物に近づく事は無いだろう。
「結構進んだのとちゃうか?休憩でもしましょ」
「何を言っておる。大して進んではおらんぞ」
サボりたがるシトールさんをポンタさんが叱り付ける。真面目なポンタさんにしてみればシトールさんのノリに付いてはいけないのだろう。ちょっと進んでは繰り返されるやり取りに苦笑いをしてしまう。シトールさんとしては俺に突っ込んで欲しいのだろうが、甘やかすと駄目になるタイプのシトールさんの思惑に乗ってやる理由は無い
足を止めて文句を言ってると、隊列的に後ろからくるルビーゴーレム達が早く行けと言う様に槍で突っついているので、そのうち諦めるだろう。
「この先で待ち構えている奴らが居るね~」
「そうですね。数は少ないですが・・・」
「その方が厄介じゃの」
精霊達の警戒網に何かの反応が有ったのだろう、ハイエルフの二人のその言葉に足を止めて作戦を練る事にする。俺達の事に気付きながら逃げるでもなく待ち構える少数の敵。間違いなく強さに自信も有るのだろう。仮に迂回して後ろから不意打ちされる位なら、あえて飛び込んで行くのも悪い手じゃない。
「ふむ。安全策も大事じゃが、外周部で時間ばかり取られるのもな」
「そうですね。ひょっとしたら知恵が足りないだけの魔物かも知れないですし」
「いざとなったら、魔法で目晦ましかな?」
うん、みんなも戦いを選択する様だ。相手のフィールドに飛び込んでいくのだから危険は承知の上で強硬策で行く事にする。タンドさんとブルーベルを前にだし後衛陣が攻撃を担当するのは変わらないが、俺とシトールさんは遊撃役として迂回する事に決まった。
「迂回中は気を付けるのじゃぞ。目の前だけじゃなく周囲も警戒するようにな」
「智大。足元にも注意しなきゃ駄目よ」
ポンタさんが注意を促し、伶が心配そうに小言を追加する。このままだとハンカチ持った?とか言われそうなので、サッサと進んでしまおう。シトールさんとは逆側、俺は右側から大きく迂回して待ち構えている魔物達の後ろ側に出る予定だ。自分の気配を極力消して、あたりの様子を窺いながら慎重に進んでいく
C級とはいえ、散々ロダの魔境に一人で籠って磨いた気配操作、最初に比べると感知できる範囲も広がった、もっとも常時この範囲を探っていると消耗が激しいので、普段は此処まで広範囲に広げる事は少ない。魔物とポンタさん達の気配をギリギリその範囲に納めながら周りにも注意を払う。幾ら奇襲とはいえ先走ってしまえば囲まれてしまうので、タイミングを合わせて突入しなければならない。
地味だが特殊なスキルの要る役目なのだが、いつもの様に勇者な感じとか主人公的な雰囲気は一切無い。チートスキルを手に入れた異世界転移の主人公に有るまじき事では有るが、こっそり近づいてサクッと倒す。パラパ~、パパパパパパパラパ~とラッパの音と共に登場して仕事を果たす彼等の様なスキルが理想なのだ
森の中に必殺の意思を込めた刀で仕事を果たす・・・って本当にこの方向性で良いのだろうか?
ロダの魔境で磨かれた自問自答の一人遊びをしながらでも、しっかりと後ろに回り込む事には成功した。目の前には三体の魔物の姿。後ろからでは確認できないが、この感じは以前戦ったあいつ。そう、ゴブリンキングだ
三体のキングと言うのもおかしな話だが、個体として進化はしてもこの魔境の中で雑魚ゴブリンを増やす意味は無いのだろう。濃い魔力や魔素を取り込み進化を果たしたという仲間意識でつながった者達で固まる事でやっとこの魔境を生き抜いていけるのだろう
身を潜めながらそんな事を考えていると、ブルーベルとポンタさんが姿を現す。気の影や茂みの中に隠れているつもりのキングたちが武器を構え直すのが後ろからハッキリと判る。もっとも隠れてるようで全然隠れられていないので、ポンタさん達にもその姿は見えているだろう
俺の目の前、一番近くにいるキングに狙いを定めて隙を窺う。奇襲に成功すると思い込んでいる奴らが飛び出した時がチャンスだ。静かに刀の鯉口を切りながらタイミングを覗う
「ブルギャアア」
「フギャ―」
「ギギャー」
三者三様の叫びを上げながら飛び出すキングたち。ってか間合いが遠いよ。そこからじゃ奇襲にならないだろう・・・所詮はゴブリンの進化系、こちらが思っていたよりも早いタイミングで飛び出してしまう。
慌てて刀を抜いて後ろから奇襲を仕掛ける。走りながら鞘から抜き打ちの一撃で斬り払ってやろうと目標目掛けて足を動かす。こちらに気付いてる様子は無い。鞘に収まったままの刀から紅い光が生み出され始める
その光を解き放ち一閃を加えようとして・・・
ハルカさんの天雷弓が頭を貫き、ローラさんの魔法が吹き飛ばす。ポンタさんとブルーベルの連携で叩き斬られたりとあっさり目の前で倒されてしまったキング達・・・
前にもこんな事が有ったような・・・
取り合えず放ち損ねた一閃を、そのまま納めて平静を装うと
「今回は小言は無しじゃ心配するな」
ローラさんが同じ事を思ったのだろう、慰める様に言ってくれた。
主人公にも成れず仕事人にも成れない情けなさを誤魔化すように苦笑いを浮かべるのが精一杯だった




