タンドさんの裏の顔
さて、今回の会議で決まった方針は大森林に在るであろう邪教徒達の拠点の調査だ。囮として俺達が大森林の魔境へと赴いている間にナティさんとその使い魔で調査をしてしまおうって寸法だ
「でも、実際のところ大森林の魔境で出てくる魔物の強さはどれ位なんですか?」
「A級と言っても、魔物の強さ自体がそれ程、高い訳ではないですよ」
実際に大森林の魔境に赴いた事のあるナティさんが教えてくれる。一般的に言われている強力な魔物は、その亜種を入れてもそう種類が居る訳ではない。A級とB級でガラッと魔物の種類が変わる訳ではないと思う。精々B級の中心部の魔物がA級の真ん中あたりで出るとか、その位の話だと思う
「A級とB級の一番の違いは魔物の数ですね。例えばロダの魔境等のC級の魔境でしたら中心部へ行く程、強さは上がりますが数は少なくなります。」
「そうじゃの。戦士団の訓練でも中心部へ行っても特に被害は出なかったからの」
確かにそうだ。シトールさんとの探索でもカイとクイが魔物を避けて移動できるくらい魔物の密度が少なかった。だがA級になると、そこが大きく違うらしい。当然外周部で出てくる魔物の強さも上がるのだが数が多い為、ナティさんによると、俺達が探索を行うならば集団戦になる事を考えた方が良いとの事だった
「そうですね、ロダの魔境の外周部で出てくるゴブリンが、ゴブリンキングになると思ってください。更に様々な魔物の混成部隊で出てきますから、特徴を良く掴んでいないと少し大変かも知れませんね」
なんでもない事の様にナティさんが言う。流石に外周部でキングとの集団戦と言われると少し不安が出てくる。邪人や魔物の上位種が混成で出てくるのが少しなんだ・・・ナティさんの常識と俺達の常識の乖離が大きすぎるな
「外周部でそれだと、中心部に行くと一体どうなるのか想像したくないね~」
「流石に中心部では集団戦には成りにくいかも知れませんね。巨人族や竜種の上位種はそれほど群れる事は無いですから」
あくまでも、それほどなのね。つまりは複数の個体でエンカウントする事もある訳だ。これはナティさんの言葉を鵜呑みにすると痛い目に合いそうだぞ。
「そう、心配なさらなくても強力な個体は、それなりに知性も高いですから無暗に戦闘になる事は少ないと思いますよ」
「それは、ナティの強さが有ってこその言葉じゃな。お主の強さを感じて襲ってこなかっただけじゃろう」
流石にローラさんもナティさんの言葉を信じてはいないようだ。皆も懐疑的な表情をしている
「皆さま心配し過ぎですよ。私も皆さま全員と戦ったら勝利するのは困難でしょう。」
「困難なだけで勝てないとは言わないのですね・・・」
伶が苦笑交じりに返した答えに黙って、いつもの様に恭しく礼を返すナティさん。正直、魔王様が平和主義で良かったよ。実際に魔王様が世界征服とか言い出したら止める事なんて出来ないだろうな・・・
「どちらにせよ、行くと決めたのじゃ。後はしっかり準備して無理しすぎる事無く無事に帰ってこようではないか」
引率の先生の言葉に全員が表情を引き締めながら頷く。作戦が決まった以上はやるしかないのだから、前情報に恐れてばかりいてもしょうがない。その後もナティさんに魔物の情報などを聞きながら注意点を各自頭に叩き込んでおいた
ドライアドに南部の森に繋げて貰い、最南端の都市クビトに入る。普通ならば大森林に近い場所への移動にしたい所だが、ドライアドを使って森を抜けているのが邪教徒達に知られない方が良いのではないかと言う判断だ。ただ、タンドさんやハルカさんとの繋がりは知られていると思った方が良いので、邪教徒達がもしエルフの移動手段を知っていたのであればあまり意味は無くなるのだが、用心に越した事はないと思っている
ゴーレムに牽かれる馬車もかなり目立つので、邪教徒達が警戒の網を張っていれば簡単に見つかるだろう。街の中に入っても、あくまでも魔境に探索へ行くふりをしなければならない。
「いらしゃいませ。当ギルドは初めてですか?」
「あぁギルド長は居るかな?タンドが来たと伝えて貰えば判ると思う」
探索へ向かうのならばギルドへ顔くらいは出すだろうという事で、真っ先にギルドへ向かい、態と目立つ様に態々ギルド長を呼び出してもらう。因みにタンドさんが普段の軽~いキャラでは無く、初対面の時の様に真面目ぶっているのに笑いを堪えるのに一苦労した
「ギルド長がお会いになるそうです。お部屋まで案内しますね」
そう言って受付のお姉さんが部屋まで案内してくれ、ノックの後に入室の許可を告げる声が掛かる。中に入ると少しお年を召したお姉さまが書類から目を離す事無く座っていた
「なんだい?全く。たまに顔を出したと思ったら厄介事かい?」
「いやいや、お久しぶりですね。去年の会議以来ですか」
タンドさんの挨拶にやっと顔を上げたギルド長は、後ろから付いてくる俺達を見て顔を顰めていた
「ほら、やっぱり厄介事じゃないか。エルフに獣人に使徒様まで揃って、まさか観光なんて言わないよね」
クビトの街の冒険者ギルドの長ジッコさんは言葉とは裏腹に笑顔を浮かべて手を差し出してくる。その手を握り返しながら握手をするタンドさんは先程までの造ったキャラでは無く、いつもの軽~い感じに戻っていた
各自自己紹介を終わらせると、タンドさんが彼女の事を話してくれる
「僕がギルドの長を引き受けた時の教育係が彼女でね。それからもう何十年の付き合いなのさ」
「女性の前でそんなこと言うもんじゃないよ。まったく、普段はフェミニストぶってるくせに。偶には私にも歯の浮くようなセリフでも言って貰いたいもんだ」
両手を軽く広げて肩を竦めて、ジェスチャーで呆れるような仕草をするタンドさん。やり取りを見ていると、かなり親しくしているようだ。
「それで、何の用だい?まさか本当に観光じゃないんだろ。」
ジッコさん自ら入れてくれたお茶を差し出しながら聞いてくる
「ちょっと大森林に向かおうと思いましてね」
「ほぉ~。この間から何か嗅ぎまわってる事に関係あるのかい?」
「まぁそんな処です。ただ表向きは大森林の魔境での探索・・・という事にしていただきたいのです」
カップを口元に持って行きながらも視線だけはタンドさんから離さないジッコさんは、値踏みするかのような表情で何事か考えているようだ
「私にも話せない事なのかい?」
「現時点では。場合によっては危険が及ぶかもしれませんので」
「そうかい、判ったよ。あくまでも探索・・・使徒様の修行も兼ねての探索って事で噂を流せって事でいいのかい?」
そのセリフに黙って頭を下げるタンドさん。なんだろう・・・言葉はキツイ口調なのに信頼し合っているのか少ない言葉だけで話が進んで行く様を見ていると、俺達じゃあ理解できない時間を過ごした者だけに通じる何かが有るのだろう
普段おちゃらけているタンドさんの裏の顔と言うか、真の顔と言えば良いのか・・・そんな物が垣間見える時間だった。そのまま、世間話をした後は何も打ち合わせもせずに部屋を出る
「彼女に任せておけば大丈夫でしょう。後は、宿でのんびりしてから大森林に向かえば上手い事やっといてくれる筈さ」
いつものキャラに戻ったタンドさんが何でもない様に話してくるが、まだ少し残っている裏の雰囲気に素直に頷くしか出来なかった・・・
読んでいただいて有難う御座います




