スラちゃん進化する?
「そや、スラちゃんの進化を見届けてから行くっちゅう事で何とかならへんかな?」
「ナティさんがそれで納得するならいいですけどね」
「やっぱ、あかんか?」
黙って頷く俺達にガックリ肩を落とすシトールさん
「大体、今の話だって聞かれてるかもしれないですよ」
「うむ、あ奴は自分の使い魔の事を話さんからな。儂らでもその正体は判らん」
魔族達の頂点にいながらも、魔王様の忠実な執事というナティさん。なんでも出来る完璧な人って印象だがあまり自分の事を話すことは無い。判っているのは想像もつかない強さと魔王様への忠誠心、後は何故か俺の事を気に入ってくれているって事ぐらいか・・・
唯一苦手な物は二日酔いの魔王様だけだ。なんせ、あのアッティスさんを見ても何とも無かったお人なのだ。なので苦手な事の再来になるであろう、ローラさんと魔王様の飲み比べには、あまり賛成してないようだ
「しゃぁないか。少しでも怒られへんようにするわ」
やっと諦めたのか荷造りを始めるシトールさんだが、抑々ちょっとした休憩の為に家に入ったのだから、纏める様な荷物なんかないので直ぐに終わってしまう
「ほな、兄さん。くれぐれもドゥルジ様にワイが優秀な道案内だったってアピールしといてや」
散々、渋っていたシトールさんを送り出してリビングに戻ってきた俺達は、早速スラちゃんの進化について話をする事にした。
「でも結局スライムが進化するとどうなるんだ?」
「さての。抑々進化したスライムなど見た事が無いからの」
ゲームでは初心者御用達の雑魚モンスターだが、この世界のスライムは無害だ。なにせ食料となる魔力はそこら辺に漂っている魔素を変換して魔力にしているのだし、プニプニした身体には攻撃も通らないので洞窟の奥や水場などで、のほほ~んとしているだけなのだ
出会った時は何故かスラちゃんはゴブリンに襲われていた。でも本来であればゴブリン程度に攻撃されても痛くも痒くも無いという話だった。その上、森の中にいる筈もないしゴブリン達が多数で襲う事も無い筈だと言われたんだが・・・
「まっ細かい事はいいよね。スラちゃんが強くなるなら文句は無いし」
そう言って膝の上のスラちゃんを撫でてやると「きゅ~♪」と鳴いているのでスラちゃんも、きっと楽しみなのだろう
「じゃあ、問題は進化の眠りですね」
「進化の眠り?」
「はい~進化する時には身体を作りかえる事になるので、その間は無防備になってしまうんです」
何と無く言ってる事は判る。ダーウィンの進化論だって何世代かに渡って種族として進化するのが普通みたいな事を言っていた気がする。それを個体が進化する訳だから、一時的に行動不能になるのは判るけど何か問題あるのかな?家のベットの上にでも寝かせてやればいいと思うのだが・・・
「少年。そう簡単ではないのだ。進化する時にはその者に相応しい場所という物が在るのじゃ。そいつの場合は魔素が必要になるのは間違いないじゃろうから、なるべく魔力や魔素の強い所が良いじゃろう」
「エルフがハイエルフに進化するのには森の中じゃないと駄目だとか?」
「エルフとハイエルフは別の種族ですので、エルフが進化してもハイエルフには成らないですがニュアンスとしては合っていますね」
珍しく言葉に棘を含みつつハルカさんが教えてくれる、ハイエルフは世界樹から生まれるので唯一無二の存在で別にエルフの上位種という訳ではないようだ。例えるならばトレントとドライアドだと言われた。樹妖精が長い月日を経て力を蓄えると森の妖精に進化するらしい。ただ、難しいのは進化する事で個としての存在ではなく種としての存在に成るとかうんちゃらかんちゃら・・・
いつもの如く難しい事は良く判らないが進化するという事はその存在の在り様まで変わる可能性が有るらしい・・・たぶんこの理解であっていると思う。間違っていたら俺に難しい説明をしたハルカさんが悪いのだ
「妖精は特殊だから、スラちゃんはそんな風には成らないと思うわよ。後はスラちゃんがどんな自分に成りたいかで変わってくると思うわよ」
「そうじゃの。取敢えずはなるべく魔素の強い場所で進化させてやるべきじゃの」
魔素の強い場所・・・思いつくのは魔境の中心部。ロダの魔境ならみんなで行けば中心部の魔力溜まりまでだって行けるだろう。でもロダの魔境よりも魔素の濃い魔境も有るんだよな
「A級の魔境って魔物の強さどれ位なのかな?」
「A級か・・・また思い切った事を言うの」
お茶を噴きそうになりながらローラさんは呆れる。因みにロダの魔境はC級で比較的簡単な部類に入り、B級の魔境でも過去には中心部まで言ったパーティもいるらしい。しかしA級となると話は別だ。大陸の南に広がる未開発の大森林の中にあるA級の魔境は立ち入り禁止に指定されている。抑々、大森林が未開発なのも魔境が原因であり人が足を踏み入れる事の出来る場所では無いとまで言われているらしい
「無理をせずともB級ぐらいで手を打った方が良いと思うがの」
「でも、それだと後で後悔しそうじゃないか。本当はもっと強くなれたのにとかさ」
「う~むそれでもの・・・」
「ナティさんは、その魔境に有る迷宮から魔石を獲ってきたって言ってたから、迷宮じゃなく中心部へ行くだけなら何とかならないかな」
「比較対象がナティではの・・・付いて来てはくれんだろうし」
ローラさんの歯切れが悪いのは珍しい。ハイエルフのハルカさん、この世界で一番魔力の強いローラさんに使徒として祝福を受けている俺達が挑むのだ。それなりに勝算がある可能性もあるのだが、なにせA級魔境の情報が少な過ぎるのだ。スラちゃんの進化に命を懸けて挑む価値が有るのかどうか・・・
「戦力に不安が有るのでしたらタンドさんやポンタさんも誘ってみたらどうでしょう?」
「ふむ、それは考える価値が有るな」
主にポンタさんへの嫌がらせの意味で賛成しているような気がするのは置いておこう。それを追及してしまうとA級魔境への道が閉ざされてしまう・・・ポンタさんには後で謝っておけば問題無いだろう
「それで行ける所まで進んで、そうね最低限B級の中心部よりも強い魔力がある場所を目指して、そこで進化したら良いんじゃないかしら」
珍しく伶が積極的に押してくれる。普段なら危ない事なら反対しそうなのに・・・
「そうです。いざとなったらタンドさんを犠牲にして逃げましょう」
ハルカさんがとんでもない事を言い出す。小さい声で「ここは負けられません。おとめの心得その四です」とか言ってる。何の事かは判らないが味方が増える分には構わない
「ふむ、危なくなったら迷わず逃げるぞ。そこだけは忘れんようにな」
みんなの協力で引率の先生の許可は取れた。準備をしっかりすれば何とかなる筈だ
「それじゃあ、タンドさんとポンタさんに連絡取ってみましょうか」
「そろそろ、定例会議じゃろ?ほっといても来る。それよりも準備に時間を使う方が良いの」
折角貰った賢者の石も有るし、ローラさんの言う通りゴーレムの強化とかやれる事はやっておいた方が良いだろう
「ブルーベルに賢者の石でやってみたい事が有るの。智大の刀までは手が回ら無さそうなんだけど大丈夫?」
「ああ、今の刀も使いやすいし、まだまだこのままで大丈夫だよ」
隣に座っている伶が聞いてくる。片手を膝に置いて上目使いで聞かれると、男として不思議とグッとくるものが有るな・・・
目の前ではハルカさんがハンカチを咥えて引っ張りながら悔しそうにしている
「グヌゥ。おとめの心得その三と五の合わせ技ですか・・・負けてられません」
ハルカさん・・・良く判らないが、少なくても乙女は『グヌゥ』とか言わないと思うぞ




