ロダの魔境~迷宮探索編7
「いやいや、楽しくなってしまいますね。でも、もうそろそろ時間でしょう。この辺で決めないといけませんよ」
ナティさんの言葉に時間経過を知る。『迅雷』の維持出来る時間から考えれば、実際には大した時間ではないのだろう。しかし、濃い内容にもっとこの時間が続けばいいのにと思ってしまう。
これほどの濃い時間を過ごせるならば普段からナティさんに稽古をつけて貰いたいが、それは世界に干渉する気の無い魔王様の方針に逆らうという判断なのだろう
まぁ如何しても稽古をつけて欲しくなったら魔王様に、伶の創ったお酒でも渡せば簡単に許可してくれそうだが・・・
と、今は目の前のナティさんだ。『迅雷』を放出するのではなく身体の中で循環させる、たったこれだけで思う様に身体が動かせるようになった。制御の仕方を教えてくれた事で見違えるような動きになった事に感謝しつつも攻撃には手を抜けない
抑々ナティさんの方が圧倒的に実力が上なのだ、手加減せずとも当たるかどうかも判らない。しかも、これからやろうとしている事は以前使って大変な目に合った事なのだから
刀の握りを確認する。よし、大丈夫だ
身体の調子はどうか。うん、まだいける
後は気合いだけだな。やってやろうじゃないか!
正眼に構えた時、半身になった左足が後ろに来る。その左足を前側の右足に近づけ左足が地に着いたと同時に、大きく右足を前に出し飛び跳ねる様に間合いを詰める。上半身は素早く竹刀を振り上げ、そのまま素早く下す、基本の面打ちの動作だ。ゆっくりやるとト、トーンといったリズムを作る足捌きと竹刀を打ち付けるパーンといった音が道場に響く。昔から爺ちゃんにやらされた基本だ
どんなに技術が向上して技を覚えても、稽古の最初にやるのがこの動きだった。そんな事を思い出し少し笑みが浮かんで来る。なぜ今思い出すのか不思議なのだが、きっと何かの理由が有って思い出したんだろうな。「稽古は自分を裏切らない」爺ちゃんがいつも言っていた・・・
「ナティさん。お願いします」
戦いの場では不似合いな言葉にゆっくり頷くナティさん
瞬間、俺の身体は飛び出していた。『迅雷』で属性解放した俺が『身体操作』で上げた身体能力と『縮地』を使った動きは弾丸の様な速さで間合いを詰める。最小限に振り上げた刀で頭を狙うが、ナティさんは半身になって身体をずらしてあっさりと躱す。此方も牽制で放った様なものなので、そこは気にしてない。そのまま駆け抜けると振り返り横薙ぎの一閃を放つ流れだ。何度も見せた動きを態と繰り返す様に刀を動かす。一番無理のない連携なのである意味当然の動きだ
予想していたナティさんも軽く下がって、刀の間合いを外すと振り終わりで動きの止まる事になる俺に直ぐに踏み込み掌底を放とうと右手に力を込めていた
『暴風』
呟いた俺の身体から吹き出す荒々しいエネルギー。一旦吹き上げるような上昇気流が発生すると、そのまま風の暴力は俺の身体に纏わりつく
『疾風迅雷』よく聞く四文字熟語。凄まじく早く動くさまを表した言葉だ。
しかし、俺が解放したもう一つの属性は『暴風』。荒く激しい、時には災害にすらなる風の渦が身体に巻き付き周囲の物を吹き飛ばし斬り裂かんと渦巻く
『暴風迅雷』・・・これが俺の奥の手だ。以前『暴風』だけの属性解放でも制御できずに周りの物を吹き飛ばしてしまった。ロダの森の草原は竜巻が通ったように草すらも根こそぎ飛ばされてしまった上に発動しただけで動けなくなってしまった
だが、今まで繰り返してきた事への想いと全身全霊で前に進む決意が、二つの属性解放を辛うじて制御する
刀の周り生み出された風の暴力、それがナティさんが見切った俺の間合いを狂わせる。それでも瞬時に対応したナティさんの服を巻き込んだだけだった。しかし通り過ぎた風は予想外の動きを見せナティさんの行動を縛る
風の勢いに若干体勢を崩し立て直す為に、風に逆らわずに後ろへと飛ぶナティさん。それを追いかける俺は先程の動きに風を吹き上げ、推進力へと変えながら斬りかかる。
「てりゃあああ!」
刀を振り切った・・・しかし手応えは無かった。
そこで力尽きてしまった。意識を失う事は無かったが、立っている事が出来なくなった俺は大きく息をしながら、座り込んでしまった。二つの属性解放に成功した満足感とそれでも通用しなかった悔しさが溢れ、何とも情けない不思議な顔をしていたと思う
「いやいや、兄さん。なんの冗談ですの、あの動き」
俺とナティさんの戦いが終わり、やっと近づける様になった、シトールさんがそう言いながらスラちゃんを抱いて此方に来る。ブルーベルも無表情のまま近づいて来る。
シトールさんの手から飛び出したスラちゃんが心配そうに俺の足元にスリスリしてくれる
「見事に力を示していただきました。合格で御座います」
恭しく礼をしながらナティさんが声を掛けてくる。表を上げると右手に微かな切り傷があった。
「最後の一撃も躱したつもりでしたが、躱しきれていなかった様です」
確かに、傷は付けたが掠っただけの事だ。とてもじゃないが一撃入れたとは言えないのだが・・・
「兄さん。ドゥルジ様やで。七大魔族筆頭って事は魔族の中で一番強い方でっせ。その伝説級のお方に傷を付けったって事がどないな事か判ってますのん?」
合格と言われてもお情けで言われただけの様な気がして不満顔の俺に、両手を軽く広げ肩を竦めるシトールさん。どこか外国のタレントさんの様な仕草で呆れているのだが妙に似合っている
「この迷宮を創るのに力を使いましたが、良くぞ人の身でここまで戦えたと感心してますよ」
って、本気じゃなかった上に本調子でも無かったのね・・・それで掠り傷がやっとって全然嬉しくないな
「それでは、ご褒美としてこれを差し上げます」
ナティさんが宝箱と魔石を出してくれた。それを見たシトールさんの眼が、キラーンと輝くと真っ先に宝箱に跳び付く。掌をヒラヒラさせて手招きをするが、こっちは動ける状態じゃないんだって!
「しゃあないな。兄さん、これ飲んでや」
「何ですかこれ?」
「シトール様特性のポーションや。体力や怪我それに魔力も回復させる万能薬や。疲れにも効きまっせ」
差し出された怪しい色のポーションを見て飲むかどうか迷う。みるとナティさんが頷いたので大丈夫なのだろう。・・・若干、苦笑いしていたのが気になる
「うげぇ!何この不味さは」
「あぁ兄さん。吐いたら駄目ですやん。クイッと一気にいっときや」
一口飲んで余りの不味さに辟易しているとシトールさんから軽~く言われてしまう。しょうがないので鼻を摘まんで飲み干す
「お~流石ドゥルジ様に認められた事は有りますな。作ってみたけどワイはよう飲めへんかった」
「って、そんなもん飲ますな!」
味は兎も角突っ込みを入れれるくらいには回復出来た様だ。魔法の鞄から水筒を取り出し水で口を濯いでいると、待ちきれない様にシトールさんが引っ張ってくるので諦めて宝箱の前に来る
そして中から出てきたのは胸当てとまた小瓶だった。
「防具一式は素早さを上げるエンチャットと『迅雷』を使った時に身体の負荷が少なくなるよう循環させ易くなる効果を付けておきました」
ナティさんが説明してくれる。言い方からするとナティさんお手製の防具の様だ。『暴風』の事も知っていれば対応策も取ったのにと残念そうだった
「魔石はちょっと古き迷宮から獲ってきた物ですが、是非スラちゃんにあげて下さい。私の予想ではこれでスラちゃんも進化できる筈です」
なんと、スラちゃんの事まで考えてくれてたんだ。スラちゃんも小さく飛び跳ねて嬉しそうだ
「リッチの宝箱から出た小瓶は伶様に。この小瓶は魔石の前にスラちゃんに飲ませてあげてください」
「スラちゃんに?」
何かしらの効果が有るのだろう。不思議に思って聞いてみると、進化後のお楽しみと言って悪戯っぽく笑うナティさん
「それでは、楽しい時間でした。私は一足先に帰らせて頂きます。この迷宮は他の魔物は発生しませんのでゆっくり休んでいってください」
そう言って、いつもの様に恭しく頭を下げるナティさんは、そのまま影の中に沈み込むようにして消えていく
「あぁ、シトール君。智大様を送り届けてから、私の元に来るように」
完全に消える前にナティさんの声が聞こえてくる
職員室に呼び出された生徒の様に顔を顰めながらシトールさんは項垂れていた
読んでいただいて有難う御座います




