邪教徒たちの拠点
邪教徒たちの拠点は沖にある無人島であった。地図で場所は判ったので捜索の必要は無くなったが周りを遮る物のない大海原で迂闊に近づけば見つかる事は必至だったので先程の黄昏ていた漁師さんに詳しい話を聞いてみた
「なにぃ~そいつらが俺達の船を壊しやがったのか」
「いや、その可能性がありそうだと・・・」
今すぐにでも泳いで海を渡りそうな漁師さんを宥めて話を聞くと、そこは船で半日ほどの所にある島で漁師さんが休憩したり緊急時に避難する為の小さい港と小屋などの宿泊場所もあるそうだ。ただ、港は小屋から丸見えなのでまっすぐ向かえば必ず見つかるだろう
「くそ!船さえあれば俺も力を貸してやれるのに・・・」
「ふむ、船は何とかしよう。ハルカよ水の精霊の力は借りれるか?」
「は~い海水といえども水ですから大丈夫です」
そういえば水の精霊というと淡水のイメージが強いな。海水の場合はどうなんだろう?しょっぱい水の精霊?髪が海藻になってるとか?・・・想像するとなんか笑えるぞ
作戦としては夜間に小舟で港の反対側にある海岸に上陸して、おそらく拠点として利用しているであろう小屋を急襲しようというものだ。陸では夜行性の魔物が多いのだが不思議と海の魔物は夜間は寝てしまうという。本来は夜の真っ暗な海に出るのは危険だがそこはこの海に慣れている漁師さんが日焼けした肌に筋肉の盛り上がった二の腕を叩きながら「任せときな!」と笑っていた
と、打ち合わせをしている間に伶のルビーゴーレム達が真ん中から折れてしまった船を解体して黒塗りの小舟を作ってしまった。どんだけ高性能なのよ、そのゴーレム達。てっきり伶が練成で創ると思っていたのにまさかゴーレムが船大工まで熟してしまうとは・・・
ゴーレム達が作った船は以外にも高性能で扱いやすい物らしい。漁師さんは俺達を運んでくれながら大層褒めてくれてた。話しながらでも問題なく船を操れる漁師さんはやはり慣れているのだろう、見つかりにくい様に遠回りしたというのに見事に島の裏側に到着した
流石に接岸は無理なのでハルカさんの精霊魔法で身体を覆って海に入る
因みに海でも水の精霊の姿は変わらなかった
「な、なにか変ですか?」
「いや、なんでもない」
水の精霊を凝視していた俺にハルカさんはオロオロしていたが苦笑い混じりに答えた俺に首を傾げながらも取敢えずは納得してくれた
その後問題なく島の反対側に上陸した俺達は小さな森を抜け、無事小屋の反対側に抜ける事が出来た。意外にも見張りも立っておらずテント等も無い事から全員小屋の中にいるのだろう。立地的に油断しているのか何かしらの仕掛けがしてあるのか・・・
様子を窺っていた俺が森に戻り状況を説明する
「魔力の流れは感じられないから魔法的なトラップは無いわ」
「ふむ、間抜けな相手なら小屋に突入してしまえば楽勝だがの・・・」
「違うでしょうね」
暗闇の中浮かび上がる複数の炎の塊。俺達がその姿を認識した時には既にこちらに向かってきていた
幸いそれほどの速度が出ていなかったのでローラさんが張った魔法障壁で弾く、飛び散った炎の残滓が辺りを照らす中、小屋から出てきた魔法使い達と剣を手に持つ人物
油断しないよう慎重に行こうと思った俺達はそれがすでに遅かった事に気付くと共に相手の様子に違和感を覚える。そう、『剣』を手にしているのだ。
ラクトリンさんが言っていたようにこの世界に『剣』は知られていない筈だ。そもそも武器という存在自体が忘れ去られていた。しかし魔物達の一部は原始的な棍棒を使うしエルフ達は弓を使っていた。
おそらく魔物達には武器という認識は無い、ただリーチが長くなるとか威力が増すとか本能的に知っているだけだろう。エルフたちはその長寿と閉鎖的な環境故に弓を知っていたし、全員が精霊魔法を使う魔法使いである為、魔道具が発展しなかったのだろう
だが、目の前にいるのは明らかに人間族であった。魔道具を使う事で武器を使う事が無くなりいつしかその存在すら忘れてしまった人間族。しかし男の動きは長くそれを使っていたことを示すように、その動きは一つ一つの動作に隙が無く身体を使って戦う者の動きであった
「初めまして使徒様、私はブロックと申します。以後お見知りおきを」
そういって恭しくお辞儀をするブロック
「もっとも、生きて返すつもりも無いので忘れてもらっても支障はありま・・・」
ブロックと名乗った男の言葉を最後まで聞くつもりの無かった俺の斬撃は、しかし絶妙な角度で受け流されてしまう。
「おやおや、使徒様は礼儀という物を御存知ない様だ」
「それは失礼。なにせこの世界に来て日が浅いもんでね、っと」
言葉の途中で繰り出した不意打ちも同じように受け流されるが、そういう動きをするであろう事を予想していた俺は刀を返すとそのまま斬り上げる、下段からの攻撃を受け流せないのか今度はバックステップで躱された
いや誘い込まれたのだろう。相手の魔法使い達とは距離が離された事で伶たちの応援にこの男に背を向けて駆けつける事は出来ないだろう
「色々自信が有るようだな」
「はい、召喚術も前回の様に失敗はしません。しかも彼らは一流の魔法使いです。勿論私もね」
ブロックは言い放つとジグザグに動きながら此方に向かって突進してくる。そして繰り出される突きの連撃。相手の間合いに入る時は最短最速を心掛ける俺とは違い、動きによる幻惑とフェイントを織り交ぜた剣術。決して一撃で決めるような攻撃ではなく手数で勝負するタイプなのだろう
俺は神眼を発動させて自分に当たる攻撃だけを捌く。しかし斬撃では無く突きによる攻撃は神眼でも線ではなく点にしか見えない、無数の光点が視界に見えるが打ち込むべき黒い線はまるで見えない。
一度受けに回ってしまった俺は背後の仲間たちが気になってしまい、なかなか攻勢に出る事が出来ない。後ろを見る余裕はないが、あの時と同じ召喚術の魔方陣の光や魔物達の叫び声は嫌でも入ってくるのだ
「ほらほら、後ろを気にしてる余裕は無いですよ。もっと楽しませてください」
ブロックが繰り出してきた強めの攻撃を横に捌き、一瞬身体の流れたブロックと入れ替わるように移動する事で仲間たちの姿を視界に入れる事が出来た。
「心配しなくてもこれで仲間の確認が取れた。此処からは楽しませてやるよ」
数の増えた伶のルビーゴーレムにハルカさんが召喚した土の精霊が生み出したウォーゴーレム達にローラさんが張る障壁の淡い光と繰り出される攻撃魔法。どうやら魔物達が接近する前に体勢を整える事に成功したようだ
気掛かりが消え不敵に笑う俺と、始めから負ける事を考えてもいないブロック
お互い息を合わせる様に見つめ合うと同じタイミングで動き出す
この世界に刀と剣の打ち合う音が広がる
それは神話のお話しの筈だった
しかし、現実に打ち合う二人に久方ぶりに世界は震えるのだった
読んでいただいて有難う御座います




