戦闘の天才
教祖こと大橋望が放つ威圧が本気の威圧では無いのは判っている。いざ戦うとなっても最初から本気を出すつもりは無さそうだし、それでも余裕が有ると踏んでいるのだろう
先程の言葉からも傷一つ付けられない自信が有り、かつ負けるとは毛の先程思っていない事が判る。俺が武器を構えて戦闘態勢に入っても相変わらずヘラヘラした笑みを浮かべたまま構えるそぶりすら見せない
「僕はいつでも良いよ。さぁ掛かってきなさい」
完全に上から目線。負ける事なんて想定もしてないのだろう・・・でも、こっちはそんな事関係ない。抑々この世界に来た時から役立たず認定されていたんだ。負けて元々、失うものは無い
「迅雷」
属性解放をして防具にも存分に雷を流し込む。ナティさんから貰った防具、雷属性との相性を考えて与えてくれた防具。そして手には二刀、伶が俺に合わせて作ってくれた武器。肩にはスラちゃん、俺より強い俺の相棒だ
教祖が個の強さならば、俺には皆が与えてくれた強さが有る。こっちだって負ける気なんて更々ない。雷を纏った俺は真っ直ぐに教祖に突っ込んでいく。そのまま二刀を操り攻撃を繰り出すが、当然の様に当たらない。上半身の動きと足捌きだけで躱していく教祖、ヘラヘラした笑顔も張り付いたままだ。
しかし、そんな事は予想できた事。『剣聖』と『神眼』のスキルは伊達では無いのだ、躱されていたとしてもそこから対策を立てる事だって出来る。左手で斬り上げた動きを止めず身体を捻る様にして繰り出す右手、態々隙の大きな動きで剣の出所を隠したその攻撃もあっさりと見切られるが構わず突きを繰り出す。バックステップで躱す教祖を追いかけ左右の連撃。上半身の動きで躱す教祖に意表を突いた前蹴りで下半身を狙うが、軸足を狙った蹴りはピョンと跳ねて躱される・・・が狙い通り!そのまま背中をぶつけて相手の体勢を崩すと再び左右の連撃・・・
いける!・・・っと思った攻撃を教祖は両手で弾く様にして捌いてしまった
「ふぅ、危ないあぶな・・ッブフォッ」
俺の攻撃を捌いて油断した所を背後からのスラちゃんアタック
「フフン!?どうだこの野郎!」
「け、結構なんでもありなんだね君・・・」
「当たり前だ、散々転生者だって自慢しておいて何言ってやがる。」
不意打ちに成功したとはいえ、未だ無傷と言っても良い状態の教祖だが少なくとも上から目線だけは辞めさせることに成功した
「しかも一対一の攻防が前提じゃないのかい?」
「そんな話は聞いてないぞ。それにスラちゃんは俺の従魔だからな。あくまでも俺の能力の一つだろ」
言ってやった!テイマーという職業が有るのだからこの世界の基準で言えば従魔は能力の一部とみなせるだろう。もっともスラちゃんみたいな特殊個体を進化させた奴なんていないだろうけど・・・
「きゅ♪」
左右にピョンピョンとボクサーのフットワークの様に飛び跳ねながらスラちゃんも得意気だ
「それじゃここからは僕も攻撃させて貰うよ?」
まぁ当然だ。奴の本気を出させたなんて自惚れるつもりは無いが土俵に位乗せなければ話にならない。
って、速い!しゃがんだ姿勢からいきなりのトップスピードで迫る教祖。後ろに下がりながら対応するがピッタリとくっ付いたまま距離を離せない。この間合いは拙い、武器では無く格闘術の間合いだ。
「フッ!」
剣を振る事が出来ない間合いのまま繰り出される掌底。身体を捻って躱すが、そのまま逆の手が顔を狙ってくる。しゃがんで躱すがアッパーの様な拳が迫るギリギリ状態を起こしてやり過ごすが掠った所が熱い。そのまま身体が伸びきった俺に、さっきのお返しとばかりに背中をぶつけてくる。
俺の様に押し付ける動きでは無い。ゲームで見た 鉄山靠と同じ動き・・・そのまま氷の壁まで飛ばされてしまう。追撃を放とうと迫る教祖にスラちゃんが炎を纏って突っ込むが片手で払われてしまう
「ほら、折角なんだからもっと楽しませてよ」
「・・・」
ニヤニヤしながら近づいてくる教祖。一瞬の攻防だったが自分の優位を確認できた余裕が顔に張り付いている。
視界の端に移る伶たちが氷の壁を何とかしようとしているのを捉える。別に俺は一騎討ちに拘っていない、俺が勝てないのならば仲間の力を借りれば良いと思っている。しかしそう簡単にはいかないのか必死な感じの仲間の姿に、もう少し時間稼ぎが必要と考えるが、教祖の動きは俺が想定よりもかなり速い
「そうかい。それじゃあもう少し頑張らせて貰うよ」
そんな考えはおくびにも出さず足元に戻ってきたスラちゃんと教祖に突っ込んでいく。剣を前面でクロスさせて防御を固めながらの突進だ。仕返しは済んだと思っているのか剣の間合いを保ったまま迎え撃つ教祖にコンパクト、威力よりも早さを重視した攻撃を打ち出す。右手の剣で鋭い突きを繰り出しながら教祖の反撃を左手の剣で払う。一刀は防御に回しつつ隙をみて猛撃を加える、手数が減った分はスラちゃんが放つ魔法で補う。身体の小ささを生かしたスラちゃんが足元を飛び回り牽制しつつ放つ魔法のお蔭で何とか打ち合いに持って行けている
しかし、教祖の顔にはまだ余裕が有る。というか奴は俺の攻撃もスラちゃんの魔法も全て素手で弾いている。手甲を付けている訳では無い、しかし使徒の女が使って見せた闇色のオーラが腕を包んでいる
彼女の様に禍々しさを感じさせないそのオーラ。しかし均一に纏ったそれは比較にならない程の丈夫さでこちらの攻撃を弾いてしまう。この状態で攻撃されれば彼女の攻撃の比では無い威力になるだろう。
「ほらほら、そんなんじゃまた壁まで吹き飛んじゃうよ」
遊ぶように弾くだけだった教祖が徐々に攻撃も織り交ぜてくる。左手の剣で打ち払いながら何とか凌ぐ、凌ぎながら右手の剣は攻撃を辞めない。例え隙が出来ようとも一度引いてしまえば盛り返す事が出来なくなる
「へっ。爺ちゃんの扱きに比べればまだ楽な方さ」
「おや、じゃあもう少しペースをあげちゃおうかな~」
教祖の攻撃の手が増える。俺が一打ち込む毎に二回帰ってくる、それが三回、四回と増えてくる・・・が俺は攻撃の手を止めない。当然、教祖の攻撃が身体を掠める。いや直接当たるものが出てくるが構うものか。動けなくなるような攻撃だけ打ち払いその他は気にしない。痛みは忘れろと散々教えられた、窮地に立った時こそ攻撃の手を止めるな、常に向かって行けと爺ちゃんは言っていたのだ
「おおおおおおおお!」
雄叫び共に身体に纏う雷が迸る。『神眼』に写る教祖の攻撃、今までは眩しいほどの太い光だったのが只の細い光になってその軌道が読めるようになる、正しく神速だったその攻撃に身体が反応できる。防御に回していた左手も徐々に攻撃へと回す事が出来る様になる
「な、ここに来てまだ速さが上がるだと・・・」
「ハンッ!慣れたんだよ!!」
慣れ・・・そんな事は有り得ない。ただ慣れただけで圧倒的強者である自分に追いつく事など有り得ないと教祖の顔が驚愕に染まる。
俺には兄がいる。今は官僚として忙しい日々を過ごしている兄貴も当然道場で鍛えられた口だ。俺よりも十歳年上の兄貴、本来は道場の跡継ぎは彼が成る筈だった
年功序列、長幼の序、そして長子相続という考えに染まる爺ちゃんが跡継ぎを俺にした理由・・・
「天賦の才・・・そう言うしかないじゃろうな。正しく戦闘の天才じゃ」
初めて兄貴と組手をした俺を見た爺ちゃんの言葉らしい。それで兄貴は武術をスッパリ諦めた。
相手の動きを読み取る天賦の才、そしてそれを自分の動きに取り入れる柔軟さ。それを知った爺ちゃんは黒川家に伝わる武術の全てを叩きこんでくれた
当然まだ道半ばだ、未だに爺ちゃんには勝てない。しかし異世界で得たスキルは俺の才能を伸ばしてくれる一助のにはなった様だ
「まだまだ、此処からだぞ」
「いいじゃないか、存分に楽しませてくれよ」
驚愕の表情が喜色に染まる教祖、腕だけに纏っていた闇色のオーラが全身を染める・・・
壮絶な笑みを浮かべたまま打ち合う二人
戦いは第二幕へと突き進んでいくのだった
読んで頂いて有難うございます