教祖の元へ・・・
転移で仲間を移送されその行方も不明だが、今出来る事は先に進む事だけ・・・
そう自分に言い聞かせながら通路を先へと進む。当然言い聞かせたからと言ってそれが成功する訳でもなく焦燥ばかりが募っていく
「少年・・・心配なのは判るが落ち着け。それでは咄嗟の時に満足な動きなど出来んぞ」
「そんなこと言ったって・・・」
「大丈夫よ。ただ倒すだけならば転移なんて面倒な事をしないわ。きっと何かしらのアプローチが有る筈よ」
伶が確信に満ちた声色で告げる。教祖が無意味に転移であの三人を退場させることは無いだろうと言うのだ。その準備が整うまでは身の安全は保障されているだろうと続ける
「どうせ碌でも無い事を考えておろう。」
「そうですね。ですがお楽しみは後にとっておくタイプだと・・・」
妙な所を信用するものだ。しかし言いたいことは判る。はっきり言って教祖にとって邪教や邪神等の事、いや自分の身の安全すらも気にしていないだろう。何が目的かサッパリ理解できないが平気で自分の命すらもベットするタイプだ
「まぁ簡単にやられる奴等でも無いしの。少なくても抵抗くらいはするだろうし大丈夫じゃろ」
「たぶん、もう少しで何かしら言ってくるはずよ」
伶が指さす先には、また同じような壁が見えてきている。人質を取って有利に運ぼうなんて在り来たりな事では無いだろう。どちらにしろ相手の出方を見させて貰おう
壁の所まで来た俺達は今迄との大きな違いに一瞬戸惑う。二つあった扉が一つしかない、たったそれだけだが、これが教祖側からのアプローチに繋がるだろう事は簡単に予想がつく。
はやる気持ちを押えつつ内部の様子を探ると気配が二つ。隠す気も無いのか部屋の中央で俺達を待つように佇んでいるのが判る・・・誘っているのか?何かの罠か?
ハンドサインで様子を伝えてからゆっくりと扉を開けると、女性が二人部屋の中央で此方を向いて立っている。一人は先程転移魔法を使った使徒だろう、もう一人は杖を持ちローブを目深に被った如何にも魔法使いですという出で立ちだ
「お待ちしておりました。我らが主より伝言を賜っております」
「主ね・・・教祖じゃないのか?」
「それは主の呼び名の一つ。主の偉大さを示す肩書の一つに過ぎません」
目線をこちらに合わせようとしない・・・俯いたまま目線は地面を見ている。命じられたから仕方なく話しているのだといった様子で女性の使徒は話す。そのままの姿勢で右手に握られた赤い球を掌に乗せこちらに指しだすと・・・
「やぁさっきぶりだね。あんまり沢山で来られると折角の戦いがすぐ終わっちゃうでしょ!?それじゃあつまらないから舞台はこっちで用意させて貰ったよ。誰が僕の所へ辿り着けるか楽しみにしてるから頑張ってね~」
映し出された教祖の顔がヘラヘラ笑いながら自分勝手な事だけ告げると球が砕け散り、元の視界が戻ってくる
「戦いの舞台?」
「はい。先程の三人は既に別の部屋で待機されております。傷は付けておりませんのでご安心ください」
「ふん。その様子を酒でも飲みながら観戦という訳か」
「いえ、主はお酒を飲まれません。」
ローラさんの皮肉に生真面目に答える使徒。感情と言う物がまるで見えないその様子に背筋に冷たい物が流れる。敬愛する主にしか興味が無いと言う様子に人は此処まで他の事に無関心になれるのかと、善悪や敵味方は別にしても教祖に興味が湧いてくる
「あんたにとっては立派なご主人様って事か・・・」
ニヤ~と気持ちの悪い笑みを浮かべる使徒・・・どこか妖艶な、それでいて狂気を孕んだその笑みに洗脳という言葉では言い表せない闇を感じる
「その企みに乗る義務は無いな。お前たちを斃して先に進ませて貰おう」
「それが出来るとお思いですか?」
腰の剣を抜き構えを取る俺に慇懃無礼な態度で返答が帰ってくる
「ブルーベル、守りを頼む。伶、ローラさん、後ろを頼みます」
「気を付けろよ。何をしてくるか予想がつかん」
ブルーベルを入れれば此方は四人、俺の肩にはスラちゃんだっている。対して相手は二人でどう見ても前衛タイプでは無い。それでも揺らぐ様子の無い二人・・・その自信が何処からくるのか為させて貰おう
守りをブルーベルに託し、一挙に間合いを詰める。低い姿勢から引きずるような下段からの斬り上げを繰り出す。二人ともその場を動く事も無く上半身の動きだけであっさりと躱してきた、様子見とはいえあっさりと躱した相手の動きに気を引き締め直すと共に勢いを殺す事無くもう片方の剣を横薙ぎに放ち、相手を分断するように動く
バッとその場を飛び退る二人。そのまま使徒の方に狙いを定めると再び低い体勢で突っ込んでいく。もう一人の魔法使いに牽制の魔法が飛ぶのを背中で感じたからだ
一刀の間合いの寸前で急減速すると横に跳び退る。そのまま床を蹴って方向転換、横合いからもう一度斬りかかる。肩に乗っていたスラちゃんが反対から襲い掛かるが使徒の視線は此方を向いたまま。俺の剣を躱しても後ろから迫るスラちゃんの攻撃までは躱せない
「転移!」
袈裟懸けに振り下ろした剣は空を切り、スラちゃんも相手を見失って・・・は、いない。その視線に前に転がる様に避けると背後からの掌打が渦巻く闇と共に、俺がいた場所を過ぎ去っていく
「きゅ!」
「転移!」
床を蹴りジグザグに突っ込んでいくスラちゃんの眼前でまたも消え去る使徒。転移と言うよりもショートジャンプの様な感じで短距離での移動で攻撃を躱し、死角から攻撃を仕掛けてくる
「その手の渦・・・どう見てもヤバそうなんだけど?」
「主さまから頂いた聖なる力です」
「聖なるね・・・どう見ても邪悪としか言えないぞ」
その答えにまたも先程の寒気のする笑みを浮かべる。
移動や体捌きの速度は俺やスラちゃんの方が速い。しかし迫る攻撃の恐怖を感じていないのか冷静に転移を使う事で躱していく使徒の動き・・・流石にその場から瞬時に移動されては間合いも糞も無い
横では派手な魔法合戦が始まっている。ローラさんの魔法を防ぎつつブルーベルを近づかせない様に放たれる魔法達・・・向こうもかなりの手練れなのが判る。魔法による援護が期待できないのであれば・・・
両手の剣を広げると真っ直ぐに使徒に突っ込んでいく。牽制で斬撃を飛ばすとそれを躱した使徒に肉薄する
「転移!」
躱されるのは承知の上、背後を振り向くと剣を振るう
「こっちですよ」
背後では無く横・・・掌打が迫る。それが当たる寸前でスラちゃんの突撃に攻撃の手を止め後ろに下がる使徒。まだだ、もっと早くだ。怯む事無く繰り返す突撃、剣が空を切ろうが構わない。一撃入れれば、いや掠るだけでもいい。死角から攻撃されるのであれば死角へ攻撃を放てばいい、スラちゃんのサポートだってある。
「キンッ」
何度目の攻撃だろう、ようやく使徒を捉える事が出来た。とは言え十字にクロスした手甲に防がれ攻撃は通っていない・・・しかし優位に立ったのはこっちだ。転移のタイミングをつかんだからこその一撃。次に防具では防がせない一撃を入れてやればいいのだ
「クッ、予想以上ですね。ですがまだまだですよ」
悔しそうな使徒に再度の突撃を掛ける。スラちゃんもタイミングを計って奴が死角からの攻撃を仕掛けてくる時を目掛けて突撃するつもりだ
「転移!」
俺の突撃を転移で躱す・・・だがタイミングは覚えた。
「そこだ!」
振り返り剣を振るう。スラちゃんも反対側から突っ込んでくる・・・躱せないタイミング。どちらかの攻撃は必ず受ける位置取りで迫る俺達を前にして使徒の顔に浮かぶのはあの笑みだ・・・
「掛かりましたね。転移!!」
突然変わる風景・・・
四方を壁に囲まれた部屋。目の前にいた筈の使徒はおらず、横で繰り広げられていた魔法合戦の音も聞こえない・・・
「やあ、漸く捕まえれたよ。ちょっとヒヤヒヤしちゃったけどね。」
「貴様・・・」
「まぁ君はメインディッシュだ。そこでみんなの戦いを観戦しててね」
壁の一面がモニターの様に教祖の姿を映し出していた。それが入れ替わると映し出されたのは先程の部屋
邪教徒の魔法使いがローラさん達と戦っている様子が映し出されていた・・・
モニターになっている壁、その他の壁に出入り口は無い。おそらく転移以外での移動は不可能なのだろう
「くっそ!何処かに隙間は・・・」
必死に他の壁を、いや床でも天井でもいい。出入り口が無いか探す俺にモニターから響く轟音が届く
見るとブルーベルが大盾を構えたまま吹き飛ばされている処だった・・・
出口を探す手を停め画面にくぎ付けになる
「さあ、ここからが本番さ!あんたの魔法を見せて貰おうじゃないかい」
ローブを脱ぎ捨て燃えるような赤毛と赤い瞳をギラ付かせた幹部が杖を構える・・・
教祖の思惑通りに進む戦いに、画面の向こうで繰り広げられる戦いに俺の出番は無い・・・
掌を握りしめ画面に食い入るしか出来ないのだった