転移魔法
音を立てて開いていく門扉、それが開ききる前に辿り着こうと走り始める。多勢に無勢の戦いで囲まれるのは避けた方が良いのは当たり前だ。
邪人達の集団が門を出て来る前に立ちふさがれば敵は前だけに限定される。ポンタさんやブルーベルよりも素早い俺が時間を稼ぐつもりで全力疾走する。幸い門は内側に開き方式だ、門が開ききるまでは出てくる事は出来ないだろうし、隙間から出てくる程度の奴等ならば問題ない。全力疾走に息が上がる
なんとかギリギリで開ききった門の前に立つ事ができた俺は勢いを殺さないままに剣に斬撃を乗せて飛ばす。見えない衝撃が先頭の邪人を斬り裂き、少なくないダメージを与える。
グギャグギャ判らない言葉で叫びながら向かってくるゴブリンを叩き斬ると、その横から出てくるインプに剣を突き刺す。小型の悪魔のような姿の邪人は空を飛ぶことが可能だが、門をくぐる為には低空を飛ばねばならず剣が届く。そのまま振り回すようにしてインプを邪人に向かって吹き飛ばす。
真正面からぶつかって体勢を崩した邪人は後ろから来た他の奴らに踏みつぶされる。一度立ち止まって体勢を整えれば良い物を、後ろから押されて嫌々向かってきている様な物だ。押し出されて腰が引けているコボルトのショート―ソードを躱して懐に潜り込むと低い姿勢から斬り上げの一撃で胸を引き裂く。そのまま身体を回転させて横合いを抜けようとする奴に斬りかかり、相手の具合を確認もせず次の獲物へと剣を走らせる。致命傷でなくても良い、放っておいても後ろからの邪人達に巻き込まれて死んでいくのだ
「智大待たせた。此処からは三人だ」
ようやく追いついたポンタさんとブルーベルが左右に立ってくれた事で負担が減り随分と楽になる。ポンタさんとブルーベルも両手を広げて通せんぼの構えを取り威圧するように圧力を高める
先頭の雑魚邪人達は後ろに逃げようと背を向けるが、後ろから来る奴等の方が強力な上に流れに逆らえる訳も無く背中を向けたまま此方へと流れてくる
そこに向かって放たれるローラさんの魔法が更なる混乱を生み出す。昨日の夜襲での狼達の様な統率された動きでは無い。数を放って押し寄せただけの烏合の衆に組織立った抵抗は行える筈も無かった
ポンタさんのハルバードが炎を纏いながらオークの槍を叩き伏せ、ブルーベルが大盾のシールドバニッシュでオーガの棍棒を弾き返す。中央からゴブリンを飛び越え人狼が飛び掛かってくるのを二本の剣を交差させて防ぐと浮いた身体を前蹴りで集団へと押し返す
正しく壁となった俺達に堰き止められた邪人の奔流は門の中で停滞し、それでも止まらない後ろからの圧力に押し潰され阿鼻叫喚の様相を呈す。そこに飛び込んでくるローラさんとタンドさんの魔法、そしてハルカさんが放った天雷弓が残った奴等の眉間に突き刺さる
斃された邪人達の死体が障害物になり狭くなる門。このまま死体の山で門を塞ぐつもりかと言う程の流れはやがて終わりを見せる。現れたのは各種族を統べるキングと言われる個体達。本来ならば眷属を率いて組織立った抵抗も可能だったかもしれない
しかし狭い空間に押し込まれ自らが先頭に立つ事さえ許されなかった彼等にどのような思いが有るのだろう。血走った目が爛々と輝き武器を持った手は怒りの為か震えている。しかし事ここに至ってキングが単体で出てきても脅威にはならなかった。
複数の種族のキング達。ゴブリンの長が棍棒を振り上げ、オークキングは鎧を身につけた巨体を揺るがしながら手にした巨大な剣を振りかざし迫ってくる・・・が、俺達に届く前に弓で眉間を貫かれ、魔法で焼き尽くされる。恐れをなして身を翻したオーガの長は袈裟懸けに斬り裂かれ絶命する。最後に残した悲鳴は何を言いたかったのか・・・
「みんな怪我は無い?」
「教祖達は奥かな?その為の時間稼ぎに使われたみたいだね」
動く気配の無いキング達。ゴブリンやオーク、それにオーガを統べる者達であった彼等も邪教徒達に利用されなければ此処まで楽には倒せなかっただろう。只の時間稼ぎとして狭い通路に放り込まれ為す術も斃された者達。危険な魔物とはいえ利用されるだけの存在になってしまえば憐みも湧いてくる
「奴等のやり口は判った。何を画策してようと油断せぬようにな」
その一言に気を引き締め先に進む。通路の幅は前衛の三人が広がっても余裕が有る位の幅だ。天上が有る訳でも無いので明るさも十分で迷宮を進むよりが楽かもしれない
「これ壁を飛び越えるとか、ぶち壊すとか出来ないかな?」
「それを許す教祖ではあるまいよ。下手に試すよりも先に進んだ方が良いじゃろうな」
曲がりくねった通路が続いている。分かれ道は無いので迷路と言う程でも無いのだが、この先に何があるか判らないのは不安も残る。警戒しつつ進んで行くと表れたのは怪しげな扉が二つ・・・
「此処で分かれ道か・・・」
「さてどうしようかな。二手に分かれる?」
教祖を追い詰めるのに戦力を分散するのは愚策だろう。しかし迷路の攻略に時間を掛けたくないのも事実だ。悩ましい選択肢を用意してくる・・・
「いや。教祖は逃げられんし逃げるつもりも無いだろう。」
「そうね。このまま進みましょう」
「どっちの扉?」
「好きな方にしろ。駄目なら戻るだけじゃ」
どっちを選んでも良いとの言葉で左を選ぶ。行き止まりにぶつかれば戻るだけだ。好きな方を選ばせて貰う
慎重に扉を開け中の様子を窺いながら侵入する。扉の奥には変わらない広さの通路。扉を開けて横を見れば・・・
「って、扉の意味ねぇだろ!」
左の扉を潜って横を見れば同じ扉がそのまま残っている。ただ扉が二枚あって開ければ同じ通路に出るだけの物・・・意味の無い壁に扉を二つ付けただけの物がそこに在った
どちらへ進むかで迷う姿を見てほくそ笑んでいる教祖の顔が浮かんでくる。完全に揄う為だけの物だろう・・・
「智大、落ち着いて。」
「そうだぞ。教祖の思うつぼに嵌らんようにな」
如何にもやり辛い。正攻法で来いとは言わないが此処に至って意味の無い事をする奴の思惑がサッパリ判らない。絶対の自信があるのか、単に奴の趣味なのか・・・
その後も曲がりくねった道が続く。そして時折現れる意味の無い二つの扉・・・
「チッ何回目だよ!」
苛つきつつも警戒を疎かにすることは無い、向こうの気配を確かめ慎重に扉を開ける。内部を確認してから安全を確かめ中に入ると他メンバーを呼ぶために元いた場所に顔を出す・・・
「危ない!」
その背後に現れた一人の女性。気配なんて何もなかった筈の場所に突然現れたその姿に声を出す。
ニヤっと確かにその顔には笑みが浮かんでいた・・・そして広がる白い光
それが収まった時、そこにいた三人が消えていた・・・
「転移魔法・・・」
「くそっやられた。これが狙いか!」
ポンタさん。ハルカさん。タンドさんの姿が見えなくなっていた。それを行った邪教徒の幹部・・・教祖の後ろに控えていた男女の一人だ
「邪教徒の使徒ね。魔法の展開速度から遠くに飛ばされた訳では無いと思うわ」
「分断が狙いか・・・まぁいい、先に進むぞ」
ともすれば冷たい言い方のローラさん。しかし居場所も判らなければ助けに行ける訳でも無い以上は先に進むしか手が無いのも事実。
教祖の元へ辿り着くしか助ける術・・・いや、教祖の思惑を破るしか助ける術は無いだろう
彼等とて十分な強さを持っている。無事を信じて先に進むしかない
焦る気持ちを押え慎重に歩を進めるのであった
今回はおふざけなし。シリアス先生の独壇場です
読んで頂いて有難う御座います