旅の途中
工芸と鍛治の神ゴヴニュとヘスティアの夫婦神。
ゴヴニュさまは鍛治の神さま、そこから工芸などの物造り全般を司っている。奥さんであるヘスティア様はゴヴニュ様が使う炉を管理していると言われ、そこから各家庭の竈を守護するとして、この世界の奥さま方から厚い信仰を集めている。
二柱の神さまとも、普通の民衆にもなじみが深い素朴な性格だと伝わっている。この世界の職人さんたちは朝、仕事を始める前にお祈りを捧げ一日の無事を祈り、満足の行った仕事が出来れば感謝を捧げる。家を守る奥様達は一日の終わりに竈を清めながらその日の感謝を伝えるのだという
今迄会ってきた神さま達はある意味特別な事を司る神さま達だ。しかし今向かっている神殿の主たちはこの世界に暮らす人たちの生活に密着し、特別な事をする訳では無いが常に傍にいると言った感じで受け入れられている
夫婦神はこの先の街パリヤの中に有る神殿にいる。特別な神殿では無くごく普通の神殿、その場所はかつてゴヴニュさまが鍛治を広めた場所に建っている。そうした逸話が残る位だからパリヤは物造りの街として栄えており、この世界では最先端の技術が揃っているという
「でも、刀に拘る必要も無いんだし別の神さまでも良かったんじゃないのか」
「う~ん一度決めた事だし。それにこの素材達を生かすんなら少しでも良い炉も使いたかったからね」
そう言って魔法の鞄を叩く伶。その中には迷宮で迷宮から貰った宝箱に入っていた素材系のアイテムが入っていた筈だ。・・・迷宮で迷宮から貰ったと言うのも変な表現なのだが事実なのだから仕方ない
ともあれ、シトールさんが初めはハズレアイテムと言い切った素材ではあったが揃ってしまえば何らかの追加効果が見込まれるのだから、伶が言う様に少しでも良い環境で使いたいというのは判らないでもない。
当初とは行く目的が変わってしまったが、結果としては予定通りに進むのが最良と言えそうだ
馬車は道なりにパリヤに向かって進んで行く。今回はドライアドの手を借りていない。パリヤがイシスさまの神殿から比較的近かったのも有るが、移動中の時間で身体にスキルを馴染ませるのが目的だ。パリヤの街に着いてからゆっくりと時間を掛けた方が良いという意見も有ったのだが、何が有るか判らない以上は自分の力を把握しておくことは重要だろうという結論に至った訳だ
移動中は身体の動きのイメージを頭の中で固めていく。普段よりも多く取っている休憩中に実戦するという流れを繰り返しながら此処まで進んできた。パリヤの街までは後三日位だろう、丁度中間地点といった処だ
昼食を伶が作っている間にブルーベルと軽く刀を合わせる。たぶんパリヤの街で新たな武器を手に入れるのだろう、しかしこの刀だって相棒として手に馴染んでいるのだ、スキルの構成が変わったからと言って使い勝手に変わりは無い。
ブルーベルも迷宮で得た大剣と大盾を使った実戦データの習得が有るので模擬戦には丁度いい、お互いに軽い打ち込みから始まって、徐々にその速度を上げていく。防御を主体とした動きに素早さを主体とした動き、相反する動きだがお互いに身体に馴染み切ってはいない。いや、元々が防御主体のブルーベルの方が有利かな?
俺が間合いに飛び込み牽制で放った打ち込みを器用に盾で受け流す。流れた身体に大剣が突き出される、それを身体を捻って躱すと大剣を持った右手側に潜り込みながら下から斬り上げの一撃を放つ。重さなど感じさせない動きのブルーベルが大盾を振るって刀を弾いてくる
此方の動きを良く見ている。元々が防御主体な為、相手に打たせてからの攻撃には長けている。更に盾と言う防ぐ術を得た事で戦い方の幅が広がったのだろう。
しかもこの大盾がかなりの曲者だった。堅さが変えられる様で、かなり強く弾かれたと思うと易々と斬り裂けてしまう時も有るのだ、しかも自己修復機能付き。打ち込んだ側にしてみると、その都度、反発が違うので次の一手に持って行きにくい。この分だと大剣や鎧の方にも何か隠されているのだろう
「智大~御飯よ」
「おう、今行く~」
身体が暖まって来たかな?といった処で声が掛かる。昼食時はどうしても時間が限られるのは仕方がないだろう。本格的な修行は夕食後までお預けだ。ブルーベルと手を合わせて礼を交わす、こういった所作まで淀みがないのだからたいしたものだ
「で、少年。スキルの方は如何じゃ?」
「ええ、今迄複数のスキルを使っていたのが『剣聖』に統一された分、集中しやすくていいですね。」
「そう?怪我には注意してね」
「ああ。でもブルーベルの装備、反則じゃないかこれ」
門番であったリビングアーマ、それが姿を変えた武器防具一式。A級魔境の迷宮「古き迷宮」、そこの門番であったのだから普通のリビングアーマとは格が違うのだろう。反則級の性能だが模擬選以外でブルーベルと戦う事が無いのだから、仲間の武器が優秀なのはいい事だ
俺とブルーベルが模擬戦を繰り返している間、ローラさんはスラちゃんに魔法を教えている。教えると言ってもこの場合、ローラさんが延々とスラちゃんに魔法を放ち、スラちゃんが『反射』で弾き返すといった繰り返しだ。スラちゃんも楽しそうに魔法を覚えているので安心できる
「こやつも筋が良い、系統の判別までは理解しているようじゃ。スライムに知能が有るというのは今でも信じられんがの」
「ふふふ。そう言いながら随分可愛がっていませんか?」
伶が小鉢に入れたスープを配りながら楽しそうに声を掛ける。魔法の威力を押えながらスラちゃんに魔法を放つローラさんの表情が随分微笑ましい物だったようだ
「うむ、それは認める。覚えが良いだけで無く、こう愛嬌があっての皆の気持ちも判るという物じゃ」
「キュ♪」
スラちゃんの頭を撫でながら本当に優しい顔をするローラさん。正直今迄あまりスラちゃんに構っていた様子も無かったし、スラちゃんもローラさんに近づく事は無かったと思う・・・主にローラさんに苛められた相手を慰める事が多いせいなのだが
「フフ~ン。私だってスキルの訓練を欠かしてませんよ」
自慢げにいつもの様に薄い胸を張るハルカさん、昼食の食材を確保してきたのは彼女だ。精霊魔法を使い獲物の位置を特定、捕縛、更に天雷弓で飛ぶ鳥でさえ射抜いてしまうのだ。お蔭で移動中の食事はかなり豪華なものとなっている
「少しは自分で持つとか、解体するとかも覚えてくれへんかな」
「私は食べる専門です。『大食い』だって馴染ませなくちゃいけないのです」
いや、そのスキルは馴染ませなくてもいいと思う・・・しかもこのスキル、オンオフが可能で無駄に高性能のようだ。お蔭でというべきか幸いなこ事にエンゲル係数の爆上げと言う事態は避けられそうだ
イシスさまの所でギフトを貰えなかったシトールさんは完全に荷物持ち兼解体係だ。エシュム様と居た時は一言も話す事無く突っ立っているだけだったのだが、エシュム様が居なくなればエセ関西弁が口から飛び出してくる。しかし全体的にレベルアップしたメンバーからは実力的に置いていかれてしまった感は拭えず、雑用係に追い込まれてしまったのだ
「はぁ~ワイ必要あるんか?」
スープを口に運びながら小さく呟かれたその言葉は誰にも反応してもらえなかった
そう、スラちゃんでさえスルーしたのだった・・・
読んで頂いて有難うございます