対策とお祝い~熟成肉の宴
「う~む。街に転送か・・・結界でも張るか?」
「結界?小さな村まで入れたらどれほどの数になるか判らないよ」
街に転送されるのを防ぐならば有効かもしれないがコストと準備にどれくらい掛かるか・・・しかも邪教徒達にしてみれば噂話でも十分なのだ。そういう事が行える組織があり自分たちの平和が侵される可能性があるだけで十分に混乱を齎す事が出来るだろう
「街に直接というだけではありません。難度の低い魔境に強力な魔物を転送すれば、スタンピートを誘発できます」
「そうだね。魔境と都市を結ぶ線上に転送すれば魔物が都市を襲う可能性もあるね」
うわ、そう考えると方法は沢山ある訳だ。世界に混乱を生み出すだけならば色々な方法が取れる以上防ぐ側にしてみると対応が後手に回った時点で敗北が決まった様な物だ
「邪教徒達は何が目的なんだろう・・・」
「何って、邪神の復活?」
「でも邪神が復活したらこの世界はどうなるんだ?」
「そりゃあ、この世の終わりだろうね」
タンドさんが肩を竦めながら呆れた様に答える。そう、邪教徒達が何故、邪神を崇めるのか?普通に考えれば御利益なんて与えてくれそうもない。何かしらの切っ掛けでもなければ邪神なんて信仰しないはずだ。
「邪教徒達の目的・・・いや、邪神事体が儂らが想像する者と違う可能性が有るという事か」
「少なくても邪教徒達はそう思っているのかも・・・」
「でも、神さま達も邪神は止められないって言ってたしやっぱり世界に危機が訪れるんだろ?それを止める為の使徒なんだし・・・」
判らない事だらけだ。結局は目の前の危機への対応しか方法は無くなるのだが、それだと後手に回ってしまうので被害を防ぐ事が難しく、邪教徒達の思惑を破る事など不可能になってしまう。
「魔境から戻ったら、イシス様の所へ赴きたいと思ってます」
「ほう。魔法を司る神を頼るか・・・」
ローラさんの言葉に伶が頷く。考えられる強力な魔物や召喚を防ぐ魔法、若しくはその手段を聞きに行こうという訳だ。
「その後、工芸と鍛治の神ゴヴニュとヘスティアの夫婦神の所へ赴き、こちらの装備を充実させるつもりです」
「ほう。伶、お主がそこまで断言するというのは、何かしらの意図が有るのじゃな?」
「はい。邪教徒達が恐怖と混乱を民に齎すと言うならば、此方は安心と希望を与えようと思います。その上で邪教徒達の存在を公表しましょう」
意味ありげに微笑みながら答える伶。目的と手段を明確にしようというのだ。奴らの目的は判る、それが恐怖と混乱でありその事で邪神の力を増そうという事だ。その為の手段が断片的にしか判らないので困っている訳だ。
ならば此方も目的をはっきりさせようというのが伶の狙いだ。邪教徒達の存在を公表しその目的も周知させる。その上で奴らの企みを破る手段・・・この場合は民を守れる存在、すなわち希望を示す事で邪教徒達の目的を破ろうというのだ
「邪教徒達の存在を明かし、その上で奴らを打ち破る存在。即ち民を守る物達がいる事を公表しましょう。」
「でも実際には被害を全て防ぐのは無理だよね。それには目を瞑るのかい?」
「いいえ。奴らの目標をこちらに向けるのが狙いです」
伶の考えでは未知への恐怖、それが一番混乱を齎す。元凶が邪教徒とはっきり知らしめ、対策を取っていると知れば大きな混乱は無くなるはずだ。そうなれば邪教徒は対策・・・つまり俺達の存在を潰さなければ不安と混乱を興す事が出来なくなる
「成程ね。奴らの思考を操作しようって訳だ」
「王国や帝国、ギルドに教団にもお願いして大々的に発表する事で奴らも動きにくく成る筈です。その上で挑発してやれば完璧でしょう。」
「ふむ。そこまでされて陰でコソコソしていれば、脅威ではないと観られてしまう訳か・・・」
「何処に攻撃を仕掛けてくるか判らないなら、こちらの都合の良い様に誘導しようという訳か・・・クククお主も悪よのぉ」
って、ローラさんが壊れた!?
「では、私はこのまま邪教徒達の調査を続けましょう。どうやら奴らは南部に複数の拠点を持っているようです」
「そうか。ナティ。苦労を掛けるが頼むの」
元に戻ったローラさんの言葉にいつもの様に恭しく頭を下げるナティさん
「シトール君。」
「ひゃい。」
「君はこのまま使徒様たちのサポートをする様に」
「承りまひた。」
急に名前を呼ばれて焦ったのか、噛み噛みの返事を返すシトールさん。その様子に呆れつつも頷きナティさんはそのまま影のの過に消える様に退場していった
「さて、方針も決まった事だしスラちゃんの進化が終わるまでゆっくりしましょうか」
「そうじゃの。食料は大丈夫かの?」
「トーラスのお肉が良い感じに熟成しましたから、今日はそれにしようかと思います」
熟成肉・・・もとの世界で偶にテレビに出ていたな。魔法の鞄でなんかやってると思ったら、そんな事まで出来てしまうのか・・・改めて伶の女子力に感心してしまう
「お肉!しかも熟成肉ですか!!」
「ハルカちゃん。熟成肉知ってるの?」
「知りません。でも美味しそうだから良いんです。美味しいは正義です」
オニクスキ―なハルカさんの女子力は何処へ行ったのやら・・・
閑話休題。
原理は不明だが、温度や湿度が一定な魔法の鞄に脂肪分の少ない赤みのトーラスのお肉は熟成=ドライエージングにピッタリだった様でタンパク質が良い感じでアミノ酸に変わっているようだ、『解析鑑定』を持つ伶にとってはそこら辺の加減はお手の物だったらしく、カビを発生させない様に上手に仕上げたのだという。カビで熟成させる場合も有るらしいのだが、今回はお肉の酵素で熟成を促したそうだ。迷宮探索中でも変わらない拘りに頭が下がる
時間もたっぷり有るので、タンドさんが竈を作ってじっくりと焼き上げる。今回は魔法で創り上げたフライパンも使用する拘り様だ。
「言われた通り造ったけど何が違うんだい?」
「これは、溶岩プレートと言われる物です。焦げ付かず遠赤外線で中までふっくら焼き上げるんですよ」
「ふっくら?肉をふっくらって表現は聞かないね~」
半信半疑のタンドさんだが、実際に使用するとそう表現するしかないのだからしょうがないだろう。後で吃驚した顔が拝める事だろう。流石に迷宮の中だし付け合せまでは用意できないが硬めに炊いたご飯と共に、少し塩を振っただけの熟成トーラス肉の破壊力は十分の筈だ
グルメ漫画のモブキャラの様に説明を付けていく俺の言葉にみんなの期待感は増すばかり。即席のテーブルと椅子に座りながら、伶の動作を目で追っていく
「さぁ、出来たわよ」
伶の言葉に、散々期待感を煽られた皆はその分厚いステーキを前に涎を垂らさんばかりの勢いだ
邪教徒達の事は一旦忘れて、スラちゃんの進化のお祝いの夕餉は進んでいくのだあった
って、まだ進化終わってないけど・・・
読んで頂いて有難う御座います