現れし門番
壁の中の炎は既に収まっている筈だが、そこから発せられる熱は収まる様子を見せない。白くなった外壁越しからもムワ~ンとした風が流れてくるし、陽炎の様にユラユラと景色が歪んでいるので内部の熱は当分冷めないだろう
「いっそ魔法で冷ました方が早いんとちゃうか?」
「いやそういう訳には行くまい。急に冷やしたらどんな影響が有るか判らんぞ」
適当キャラのシトールさんに真面目キャラのポンタさんが答える。思った事を言っただけのシトールさんときちんと後先を考えたポンタさん、二人に性格が良く表れている
入口の門は締め切っているので部屋の温度がドンドン上がっていく。しかしキャンサー達がいなくなったので新たに発生した魔物に襲われる危険性を考えると開けておく訳にもいかない。階段は壁の中なので階下から上がってくる魔物の心配はいらないが、ひょっとしたら階下にも熱の影響が出ているかもしれないな
「ふむ、部屋の温度位は下げても問題あるまい」
「そうだね。シルフに頼んで空気だけでも循環してもらおう。けど居るかな~?」
洞窟の入口なら兎も角、奥の方までは普通シルフは入ってこない。しかも迷宮の奥であれば居ないのが常識だ。しかしそこはタンドさん。迷宮入り口にいたシルフを見つけると何とか奥に入って来てくれる様頼んだらしい
「戦いで活躍できるほどの力は無理だけど空気を循環するぐらいなら何とかやってくれるって。頼んでみるものだね」
「はぁ、そんな事出来るのタンドさん位です」
何でもない事の様に言うタンドさんの言葉に同じハイエルフのハルカさんが溜息交じりに答える
「あれ?何その言い方、まるで僕が異常みたいじゃないか。傷づくなぁ~」
「土に囲われている空間にシルフを呼び寄せるなんて普通は出来ません。自分が変わっている事を自覚した方が良いです」
全然堪えていないタンドさんに抗議するハルカさん。貴女も十分変わっていると思うが黙っていた方が無難そうだ。矛先が此方に来る前に退散しておこう
「智大。身体の調子はどう?」
「ああ属性解放もだいぶ慣れたし、それ程悪くはないよ」
その言葉に頷くと伶が魔法を掛けてくれる。変な魔法でも無いだろうから抵抗せずに黙って受け入れると、少し怠重かった身体が軽くなる。
「???」
「ふふふ。新しい魔法を考えてみたの。傷を治す治療と疲れを取る魔法を組み合わせて、それに細胞を活性化させる効果を付与したのよ」
それぞれ単体で掛けるよりは効果は落ちるのだが、疲れや怠さには効果が高いそうだ。属性解放後の俺を見て態々作り出してくれた様だ。魔術師寄りの伶だから出来る事なのだが、その気遣いが嬉しい
「あ~何イチャコラしてるんですか!」
抗議の声を挙げながらハルカさんが近寄ってくる。普通なら顔を真っ赤にする筈の伶だが何故か勝ち誇ったようなドヤ顔で俺の腕に抱きつく様にしてくる
「ムキィー。離れて下さい!イチャコラ禁止ですぅ」
・・・ハイエルフが「ムキィー」とか止めてくれ
警戒を解いた訳では無いが比較的のんびりとした時間が過ぎ、やっと壁の中の熱も収まった様で手で触っても熱くは無くなったのを確認してからタンドさんが壁を崩していく。キャンサーの親玉は燃え尽きているだろう事は、他のキャンサー達が死滅している事から判ってはいるが一応みんな武器を構えて警戒をする
崩れていく壁。流石に天井までの高さが有ったので土煙が舞い上がってしまい視覚を奪われるが、それが次第に薄くなるとその土煙の中に何かが立っている影を見つけて緊張が高まる。前衛陣が武器を構えて前に立つと、後ろではハルカさんが天雷弓に魔力を込めローラさん達が魔法を放つ為に魔力を高めていく。
現れたのは鎧を纏った騎士、キャンサーの親玉に取り込まれていた門番だろう。あの高熱では生物が生き残れる筈が無い、ましてや暫く蒸し焼き状態になっていたのだから。無機物、リビングアーマーの類であろうそいつは大剣と大盾を手に持ち悠然とそこに立っていた。あの高熱でダメージを負っていないのは驚きだ、おそらく魔法防御が凄まじく高いか魔法無効のスキルを所持している可能性がある
バフもステータスアップの魔法も既に切れている。油断していたつもりは無いがまさか門番が無事だとは思ってはいなかった・・・
緊張は高まるが準備不足は否めない為に簡単には攻撃を掛ける訳にはいかないのだが、そんな事はお構いなしに此方へ歩を進める門番・・・
攻撃の間合いに入る寸前で動きを停めたリビングアーマーは、そのまま大剣を床に突き刺すとその横に盾も置いて一歩後ろに下がる。何事かと呆気にとられる俺達に右手を胸に当て恭しく一礼する。少しの間を置いて頭を上げたリビングアーマーには敵対の気配は微塵も無い
「ムゥン!」
一声上げるリビングアーマー。そのまま膨れ上がる闘気を右拳に溜めると天井に向かって解き放つ。その姿は、まるでその生涯に後悔など一遍も無いと言う様に・・・って、どこの世紀末覇者だよ!
世紀末覇者の一撃は雲を割ったが、幸いリビングアーマーの一撃にはそこまでの威力は無く天井は無事だったので一安心。迷宮の中という事をもう少し考慮して欲しかった・・・
操る魔力が切れたのか崩れ落ちる鎧。しかし不思議と迷宮に吸収される事無くその場に残る・・・と、白い光が鎧を中心に広がっていく。その光が収まると、浄化されたように清らかな波動を発する鎧と複数の宝箱が残っていた
「・・・迷宮からの御礼かな?」
「ありがとう・・・感謝の印?」
ハイエルフの二人が疑問系で推測している。ハルカさんが何処かで聞いた事のある様なセリフを言っているがスルー推奨だろう。迷宮がキャンサーを斃した俺達にご褒美をくれたという認識で良いのだろうか
「でも迷宮の不思議がまた増えましたね」
「ほんま知れば知るほど不思議なもんやで。やっぱり迷宮探索は辞められへんな」
「ナティさん・・・」
「ヒィ!。勘弁や兄さんそれだけは勘弁してや」
「まだ何も言ってないですよ」
狼狽えるシトールさんは置いておいて、やっぱり迷宮には意思が有るのだろうか?俺達が考える迷宮とは違う存在なのかも知れない。魔力を吸い上げる生物という推測もあながち間違ってはいないのだろうか・・・
「それよりも宝箱です!早く開けるのです」
ハルカさんが宝箱の横でワクワクを押えきれない様にしながら手招きをしている。お礼だとすれば罠等は無いだろうけど、一応はシトールさんが簡単に調べた後、頷いているので大丈夫の様だ
「ふむ。進化に十分な魔力が階下から上がって来てるの。此処で進化させてやるのが良さそうじゃ」
「食料もギリギリ大丈夫そうです」
やっとスラちゃんの進化に十分な魔力も確保できたし目的が果たせそうだ
「きゅう♪」
俺達の言葉を聞いてスラちゃんもご機嫌だ。
取敢えずは宝箱の確認とスラちゃんの進化に必要な準備をして行く事にする
何か忘れている様な気もするが目の前の事から片づけていけば問題ないだろう
宝箱の傍ではしゃぐ色物コンビと、スラちゃんと戯れる俺達、そして微笑ましい様な物を見るような年長組と穏やかな雰囲気が迷宮の中に満ちていくのであった
読んで頂いて有難う御座います