今、そこに在る危機
「すまぬな。智大一人に背負わせてしまった」
「いやぁ。しょうがないですよ、あれは。」
ポンタさんが謝ってくれるのだが、背中を丸めて少し落ち込んだ様子が見えるのでなるべく軽く返しておく。後ろに控えたブルーベルも申し訳なさそうに縮こまっている。でも実際問題、重装の二人ならば防御を選択する事は間違いでは無いのだし、俺だってローラさんの声が無かったら雷で動けなかったかもしれないのだ
「いや、ポンタも油断が有ったのじゃ。指示を出す立場ならばもっと周りを見なければならん」
珍しくローラさんが正論でポンタさんに指摘する。なんだかんだ言ってもポンタさんの心配もしているのだろう
「でも結局はローラさんの魔法頼りになってしまうのがちょっと悔しいですね」
「そうね。返ったら智大の刀も少し改良したいわ」
「にゃはは。年の功じゃ、そう気落ちするでない」
仮に前衛組が無事だったとしてもキングトーラスの防御を抜けたかどうかは甚だ疑問だ。攻撃力と言うかダメージを与えるという点ではローラさんの魔法が一番効率が良い。しかしローラさんに頼りっきりになるのは、今後魔法を封じられた時などに窮地に陥ってしまうので前衛組の攻撃力も見直さなければいけないと思う
「なんや随分アチコチ痛いんやが・・・」
「キングトーラスに蹴飛ばされてましたよ」
やっと気が付いたシトールさんが顔を押えながらこちらに来る。そこにはしっかりと足跡が刻まれているのだがこの場に鏡は無いので、ハルカさんが事実の捏造をしても証拠にはならない・・・
取敢えずは全員無事だったのだし、ゆっくり休んで明日に備える事にする。オーク肉は無いので竈までは作らないが、簡単な料理は伶が作ってくれたので満足の出来る夕食になった
「綺麗だったのは良いですけどお肉が・・・せめて丸焼きとかだったら」
「いや、勘弁してよハルカさん」
「儂も流石にそんな余裕は無かったぞ」
奴をこんがり焼くほどの炎を魔法で出されたら前にいた俺の身が危なくなる。っていうかハルカさんの食欲が止まらなくなっている。幾ら牛の頭部をしていても肉まで美味しいとは限らないのだから自重してほしい物だ
「ふ~む。しかし魔力があまり変わらんの。魔素もそんなに増えてはおらん」
「そやな~。流石に三階になれば少しは強く成ると思うんやけど・・・」
どうやら、迷宮の外と魔力の強さが変わっていない様だ。魔力として空気中に漂う前の段階である魔素の濃度も変わらないらしい。魔素が濃い状態で魔力が少ないのならば、魔法を使った後や魔道具等で消費した可能性もあるのだが、魔素が変わらないという事は魔力自体も消費されていない事になる
「迷宮ちゅうんは、最深部にある核から魔力や魔素が供給されとるんや。やから下に行くほど強い魔物が出てくるし、基本は階段とかでしか繋がっとらんから下に行くほど魔力は溜まる筈なんや。」
「強い魔物が独占してるとか?」
「それは無いやろ。それやと上にいる魔物達が行動できへん。入り口に土竜がおったの忘れたんか」
確かにそうだ。下で独占されて魔力が供給されなくても入り口から入ってくる魔力で迷宮内に循環する可能性もあるが、今回の場合土竜が入口に居座っていたのだ。外から入ってくる可能性は少ないし、土竜が入り口にいたのは魔力が漏れ出していたからこそだろうし・・・
「それにな魔物達が少し弱ぁないか?幾ら姐さんの魔法が強いって言うてもな、ここはA級魔境の迷宮やで。もう少し苦労するはずや」
「まぁ、下に進めば判るじゃろ。明日はもう少し注意して調べてみるしかあるまい」
今日も引率の先生の一言で方針を決定させる。説得力が俺達とは違うんだよなぁやはり年の功なんだろうか・・・
「少年。失礼な事を考えておらぬか」
「滅相も無い」
勢いよく首をブンブンと横に振って否定する。なんで女性ってこういう事に鋭いのか・・・
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「よし、これで門番も片づけたぞ」
前日と違ってポンタさんとブルーベルの活躍で門番を斃しきった。
地下三階は通路から罠が消えたのだが、その代わりに魔物達とのエンカウントが発生した。ライジングブルとフィアーブルという、牛の魔物達が待ち構える様に俺達を歓迎してくたが、所詮は猛牛と激怒した猛牛と言うだけなので今のメンバーの敵では無かった。ルビーゴーレム達に阻まれ動きの止まった所をローラさんとハルカさんが仕留めていた。
宝箱のガーディアンも牛系でナティさんが創った迷宮で出てきたトーラスが三匹とライジングブル、フィアーブルが大群で現れたのだが昨日と同じように広場の外からの魔法で片が付いてしまった。ハルカさんに気を使ったのかお肉の確保も出来る様に風の魔法で切り刻んだ辺り、ローラさんも興味が有ったのかもしれない
そして門番のへやに現れたのは巨大な蜘蛛の魔物だった。タランチュラをそのまま大きくしたような門番は毒の爪と牙。そして糸による搦め手で攻めてきたのだが、特に皮膚が硬いという事も無く実にあっさりと倒してしまった。
「昨日のキングトーラスに続いてガーディアンも魔法で倒してしまったからな。少しは前衛にも活躍させないと不公平じゃからな」
「いや、そこは気にしなくても・・・」
ローラさんが若干悔しそうに言い訳している。でも大蜘蛛の吐き出す糸を絶妙な火加減で焼き切ってくれてたりと地味ながら活躍はしているのだ。ローラさんがいなければ前衛組もかなり苦労したと思う。
しかし三階に下りてきたというのに魔物達が強く成った印象はない。ローラさんも魔力や魔素が強くなった印象は無い様だ
「幾らなんでも変です。地下三階と迷宮の外で同じ魔力って事は有り得ないと思います」
「そうだね。僕なんか活躍する場も無いからね」
相性や慣れも有るのかも知れないが、ハイエルフの二人が言う様に地下三階は今迄で一番楽だったかもしれない。これなら初めて蟻の大群に有った時の方が厄介だった
「あ!なんやこれ!?これが原因ちゃいまっか?」
門番の部屋に隠し部屋が無いか調べていたシトールさんが何か見つけたらしい。一見すると只の岩の様なのだが叩くとブヨンブヨンとした感じで弾力があり壁に根を張るかの様に八本の足でへばり付いていた。シトールさんが叩いたそいつは見つかった事に反応するかのように転がりながらその場から移動すると、地面と同じ色に変わりそのまま岩の様に擬態してしまった
とはいえ、目に留まらぬ速さでは無くゆっくりとした動きなので見失う事も無く、そのまま擬態してもそこにいる事は判ってしまう
「これは・・・メイズキャンサー?」
「何なんですか、それ?」
始めてみるのかローラさんも疑問系だが、名前すら知らない俺達よりは情報を持っていそうではある。
「シトールよ。枯れた迷宮と言うのを聞いた事がないか?」
「偶に聞きますな。確かに在った筈なのに魔物も宝箱も出なくなって只の迷路になってしまうちゅう奴でっしゃろ」
「そうじゃ。必ずしも迷路になる訳で無いのじゃが、迷宮としては機能しなくなった場合に枯れると言う表現をする」
ローラさんの言葉に皆が頷いて聞き入っている
「その枯れた迷宮で見つかると言われているのがメイズキャンサーじゃ。迷宮が枯れて暫くするとメイズキャンサー達も消滅してしまうから正体は詳しく判っておらん。しかし活発な迷宮には居らんからの。枯れる合図になっていると言われているのじゃ」
「キャンサーは蟹って意味だった筈だね。ほら、張り付いてる時の足の形が似てるだろ」
「それじゃあこの迷宮も枯れ始めているから魔力が弱いんですか?」
「いや、そうではあるまい」
ローラさんの説明によると、迷宮が枯れる始めるとメイズキャンサーが発生すると考えられており今の迷宮の状態は俺が言ったように枯れ始めていると考えるのが妥当だ。しかし説明が付かない事が多いというのだ
「迷宮が枯れ始めていようとも、迷宮に魔力を供給する核が最深部に在るのは間違い無いのじゃから、魔力の濃さは深部、この迷宮では地下に下りる程強く成る筈なのじゃ。しかし一階から此処まで魔力の強さが一定という事は・・・」
「枯れ始めた迷宮に発生するのではなく、迷宮を枯らすのがメイズキャンサーって事ですね」
自分の考えを纏める様に呟くローラさんの言葉を伶が断言するように繋ぐ。
「そうじゃの。A級魔境の迷宮じゃから浸食に耐えているが他の場所ならば既に枯れておるかもしれんの」
「なるほどね。迷宮に寄生したこいつ等が魔力を吸い上げるから、迷宮を維持出来なくなって枯れるって訳か」
「こいつら程度の大きさでは吸い上げる魔力も知れておる。どこかに親玉がいるな」
「そいつを叩けば魔力が回復してスラちゃんの進化も上手くいくって事ですか」
魔力が少ない原因が推察できた。そいつを斃せば魔力が強く成る可能性が高いって訳だ。しかもそいつのお蔭で迷宮の難易度が下がっている訳だから、こちらとしても都合が良いという訳だ
ならば迷宮を救ってスラちゃんの進化も出来てと言う事無しのwin-winの関係に持って行けそうだ。尤も迷宮が協力してくれる訳では無いので、親玉までの障害物は自力で排除しなければならない
それでも目標が出来たのならば進む足取りも軽くなるという物だ
「それじゃあ。今日は牛肉のステーキで景気付けですね」
「って嬢ちゃんは肉が食いたいだけやろ」
「じゃあシトールさんの分は無しで良いんですね」
「そないな事、言うてへんがな」
色物コンビに食いしん坊属性が追加されたのだが、やっぱり良いコンビなのは間違いなさそうだった
上手く話が纏まらなくて大盤振る舞いの四千文字です。初めの頃なら二話分ですね
流石に時間もかかりましたが楽しんで貰えたら幸いです
迷路→mazeでは無く、maze→迷図→迷路てのが語源だった筈です。違ってたらごめんなさい
キャンサーも蟹の様な腫れ方が語源だった筈ですが調べてる時間が無かったのでご容赦を
読んで頂いて有難う御座います