シトールさんの才能
焼き尽くされたインプ達が辺りに転がっている中、無傷で現れたデーモン達。正確に言うと無傷では無い、身体を覆ていた黒い翼の表面は確かに焼け焦げた跡がある。しかし、バサッと翼を広げればポロポロと表面が崩れ落ち中から元通りになった翼が現れる。要はダメージゼロって訳なので無傷と言っても差障り無いだろう
三体のデーモン達が俺達の姿を認識して翼を広げて体勢を整えて待ち構えている。ローラさんの魔法に耐えきったのだから魔法防御の高さは言うまでも無いだろう。その上『物理攻撃無効』まで持っているのだから防御面ではほぼ完璧なのではないだろうか・・・
「でりゃぁああ」
間合いを詰めて勢いも乗せた斬撃。ローラさんからの警告を受けているので単純な攻撃では無く闘気も纏わせた一撃を見舞う。俺が標的にしたデーモンはいつの間にか生み出した黒い大剣で俺の一撃を受け止める。・・・受け止めるって事は闘気を込めた攻撃は有効なのか?
「油断するな!フェイクだ」
同じくデーモンと切り結ぶポンタさんが叫ぶ。そうか攻撃が通ると見せかけて決定的な場面で・・・って事も有り得るのか。下手に知能が高いので厄介な相手だ
抑々、なぜデーモンに物理攻撃が効かないのか?昨日のバフォメットだって悪魔の筈だ。上位の悪魔には物理攻撃が通って、下位のデーモンには通らないという理屈が判らない。
相手が俺の刀を弾いた勢いも使って大きく間合いを広げる。ポンタさんとブルーベルも同様に距離を取り、後ろから追い付いた後衛陣の前に俺達が横並びになる。
「悪魔は幻想種なんだよ。奴らは肉体を持たない。基本的には魔界に棲む精神体がその正体だよ」
「昨日のバフォメットは?」
「神さまと一緒やで。力のある悪魔は恐怖を糧に肉体を得る事が出来る。不都合も有るんやろうけど出来る事も増えるっちゅう訳やな」
幻想種・・・いるのは確認されているのだが基本良く判らない事が多い者達・・・エンジェルや龍だとか神獣とかもそれに当たる。妖精の一部にも似たような存在がいるらしいのだが、人や周りの想いだとか感情だとかで性質を変化させる事が多い種族達・・・基本良く判っていないが強大な力を操る事が多いので伝説級の魔物に分類されているという事だ
バフォメットはかつて高名な魔術師が使役した事でも有名な悪魔の一人で、広くその存在を知られている。それだけ現世に影響を及ぼす事が出来た存在だからこそ人々に強く認識されており、受肉しての活動も可能な訳だ。特に悪魔系の幻想種はそういった傾向が強いらしい
悪魔たちは幻想種の中でも比較的判り易い存在で、人々の負の感情を喰らい力を付ける事が可能で、全般的に自らの力を高める事に積極的だ。その為に人に力を貸す事も多く、召喚や契約と言った方法で使役する事が可能で対価を払う事で願いを叶えてくれる。勿論、対価が不足していれば悪魔たちの糧になる訳だ
お伽話ではそんな悪魔を知恵を働かせて力を貸してもらう若者と強欲で最後には破滅を迎える叔父さんの話が有名らしい。そういった話が広がる事さえも悪魔は自身の力に変えるらしいので徒に恐怖するのは良くないと伝承されているようだ
「それで実際に倒すにはどうすればいいのですか?」
「そこが問題じゃ。契約や召喚で現世に来ている奴らならそれを妨害するか更なる力で上書きした方が早い。受肉しているなら受け皿としての肉体の破壊も一つの方法じゃ」
「それか悪魔に力を示す・・・やったか?」
「何それ?結局の処は?」
「良く判らん。迷宮にいる奴らが召喚や契約に縛られてるとしたら内容など想像も付かんから妨害も上書きも無理じゃな」
「後はこっちの方が強いんやと示すだけや。」
バルディッシュを握り直して気合を入れるシトールさん。しかし「どうやって?」の部分は答えてくれない。相手に負けを認めさせる事が出来るかどうかって事か・・・
「なら話は簡単だ。こいつには敵わないって思わせればいいんだな」
「若しくはこいつには負けないって確信できればいいと思うわよ」
それじゃあ改めて攻撃開始だ。
全身に闘気を纏わせ刀も包み込む。スキルを解放して戦闘態勢に移行したら全力で相手に向かっていく。その様子を待ってましたとばかりに口の端を吊り上げて笑う様に迎え撃つデーモン。直接の攻撃や魔法での攻撃はバフォメットよりは遥かに弱い。精神体に近い身体をしているだけに現世に与える影響力も弱いのだろう
物理攻撃無効を持っていようとも、相手に負けを認めさせる一撃を入れる事が出来ればいいのだ。難しい事を考えなくて済むのは寧ろ助かる。今の自分にできる最高の一撃をお見舞いしてやろう
お互いに正面から打ち合う。鍔迫り合いになれば不利なのは此方だ、相手の力に逆らわず半身になって押された力を逃がすように刀を引く。しかし相手も此方の動きを予想していたかの様にに粘りつく様に刀に合わせて押してくる。一度大きく刀を引く。そのまま流れる様に足捌きで転身すると円を描く様に身体の後から刀が出てくる。勢いを付けた横薙ぎの斬撃は相手の大剣を弾く様に持ち上げる。すかさず軌道を変えて打ち込むが魔法で作ったシールドが刀を受け止める。動きの止まった俺に弾かれた軌道からそのまま打ち下される黒い大剣
『縮地』を使って横に跳んで躱すとそのまま地を蹴って相手の後方へと廻りこむ。そこから間合いを詰めようとするが、見えているかの様に炎の壁が地面から立ち上る。一瞬躊躇する。躊躇した分攻撃を受け止める余裕を相手に与えてしまう
ニヤっと笑う様な表情で切り返した大剣が空気を斬り裂きながら此方に迫る。受け流して刀を返すがシルードに阻まれ相手の大剣が返って来る。小回りの利かない大剣を魔法を使う事で隙を埋めている。相手が魔法を使うまでのタイムラグ・・・そこを付ける一撃を用意しなければ届かない
『身体操作』でステータスを底上げする。まだだ、もっと早く、もっと強くだ。一撃ごとに速度の上がる俺にやがて防戦一方になるデーモン。要所要所で繰り出される魔法に晒されながらも致命傷にならない物は防具任せで突っ込んでいく。
デーモンの周りに残る残像・・・奴の周囲を高速移動する事で攻撃の始まりを読ませない。属性解放はしない。そこまでしなくても倒せない様ならこの先へ進むのは難しいだろう。力を示せ?望むところだ!今迄学んできた事を遠慮なくぶつけさせてもらおう
俺の後ろで炸裂する魔法。奴がそれを放った時にはもう他の場所に移動している。少しづつ刀が相手の身体に届いていく。確かにダメージが通った様子は無い、だからどうした。届くまで斬り続けるだけだ
刀が発する光が闘気の色では無く紅い、紅い光に染まっていく。残像と高速移動の黒い帯が紅い光を引き連れ相手に向かって伸びていく。攻撃の一瞬だけ伸びる紅い光に黒い大剣が遂に根元から斬り裂かれる。シールドが張られるがその時には違う方向からの斬撃が斬り裂く。
「おおおおお」
声のする位置すら掴めないデーモンは自分の周りをシールドで囲いやみくもに広範囲の魔法を放ってくる。それすらも感知できる。アドレナリンの分泌で興奮状態になった部分と冷静に相手の動きを読み取る『高速思考』・・・もうこいつは俺の敵じゃない
放たれる魔法を躱し切り、敢て正面から相手のシールドを十字に斬り裂く。その隙間に突きこまれる鋭い突きはデーモンの心臓部を確かに貫いた
貫かれた胸を押えながら片膝をつき蹲る様に体勢を崩すが眼だけは此方から離さないデーモン・・・
やがて先程と同じくニヤっと笑うと、体勢を整えナティさんと同じような恭しい礼をしてくると、掻き消える様に姿を消してしまった
「元の世界に戻った様じゃの」
「自分の負けを認めたって事ですか?」
ローラさんが頷いて肩をポンポンと叩いてくれる。
自分の右手を見やってギュッと強く握りしめる。魔物を斃しただけでは得られない満足感がそこに在った・・・
みるとポンタさんとブルーベルもデーモンを撃退出来た様だ。戦っている様子を見る余裕は無かったのだが二人ともデーモンに負けを認めさせる事が出来た様だ
見事に三体のデーモンを撃退した事で部屋の中央に宝箱が出現する
いそいそと罠の確認に向かうシトールさんとそれに付いて行くハルカさん・・・
って、ちょっと待った!
さっきバルディッシュを握り直して気合入れてたよね。なのに結局戦ってないんかい!!
ある意味才能だなこれは・・・
呆れつつも心のメモ帳にナティさんにチクるネタがまた増えた様だ・・・
読んで頂いて有難う御座います