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【転章】 彩坂育美3

「助けたいか。吉岡を」


 静かな声音で佐久間は訊ねてきた。


「うん……でも、やめたほうがいいのはわかってる」


 佐久間は頷いた。


「それでいい。そのステータスでは、吉岡を守ろうとする前に自分が死んでしまう。吉岡にとって、きっとそれが一番堪えるはずだ」


「…………」


「いまはとにかく耐えてくれ。道は必ずある」


 私もこくりと頷いた。

 この戦いは、もう私が手を出せる次元じゃない。


 だからこそ歯痒いのだ。

 なにもできない自分が。彼にすべてを任せてしまっている自分が。


 でも、だからといって彼を困らせるわけにもいかない。


 信じるしかない。彼を。私の初恋の人を。


 戦いは長期に及んだ。

 吉岡くんもコツを掴んできたのか、反撃を挟む回数が随分と増えた。直撃には至らないまでも、数カ所のかすり傷は与えることができている。それによって、古山のHPも目に見えて減少している。 


 もちろん、危機的状況には変わりない。

 古山のトランプも時折吉岡くんの頬をかすめていき、確実に命を削りにかかっている。そしてついに、吉岡くんのHPは50を切った。


 だが、すべてが絶望的ではなかった。取り巻きに変化が訪れたからだ。


 さっきまではあんなに騒がしかった彼らが、完全におとなしくなってたのである。無言のまま、慎ましく戦いを見守っている。


「みんな、気づいたか」


 と佐久間が構成員たちに問いかけた。


「いま俺たちがやっていることは、《犯罪者》たちとなんら変わらない。特定のひとりを晒し者にして、いたぶって、複数人で罵倒する。これは《いじめ》じゃないのか」


 それに答える者はいなかった。


 ーーそう。


 いまの吉岡くんは、複数の視線に晒されながら、古山によって蹂躙されている。


 全身の切り傷から血液が垂れており、見るも無惨な姿になり果てている。


 これは、彼らが経験し、そして憎悪したいじめそのもの。

 だからわかるのだろう。

 吉岡くんの苦しみが。


 自分たちがいま、かつて憎んだ《犯罪者》とまったく同じことをしていることが。


「なあ、俺たちはなんのために魔法を得た」


 高らかに演説ぶる佐久間に、古山は鬱陶しそうな目を向けた。だが吉岡くんが諦めずに双剣を仕掛けてくるので、なにも言わないまま戦闘に戻る。


「いじめをなくすためだろ。それなのに自分たちがいじめをしてどうする。これじゃあまた、同じことが繰り返されるだけじゃないか」


 その高らかな声に答える者はいなかった。


 私も一歩前に出て、佐久間の話を受け継いだ。


 高城絵美という女生徒がいたこと。彼女は自分の過ちに気づくことができたこと。それなのに、リベリオンの構成員が呆気なくその命を奪ったこと。


《いじめ》が起こるのは、私たちが人間だからかもしれない。

 人間であるがゆえに、自分たちとは異質な存在を遠ざけ、そして暴力を振るう。いじめがなくなるというのは、私たちが人間でなくなるのと同じなのかもしれない。


 けれども。

 私たちは気づくことができる。自分の罪を。いかに自分が愚かであったかを。


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