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最凶の魔法使い

「まあ、ね」


 と古山は眼鏡の中央部分を押さえながら言った。


「でも、人質の必要はなかったみたいだ。笑っちゃうよ。MPが0だって?」


「くっ……」


 俺は立ち上がり、高城をかばいながら数歩下がった。

 冷や汗が頬を伝う。

 HPもMPもない状態で、最悪の敵が現れた。


「だ、誰……?」 


 背後の高城が小さい声で聞いてくる。


「古山章三。リベリオンのトップ。元クラスメイトだが、記憶を消されていて俺もおまえも覚えていないはずだ」


「あ、あいつが……!」


 高城の表情が驚愕に満ちていく。


「な、なんだおまえたちは!」

 さきほどの警察官が、気を取り直したように声を張った。


 だが悲しいかな、年齢や体格はたしかにこのなかで一番上だが、強さで言えば最下級だ。


 そんな警察官を見て、古山は鬱陶しそうに口の端を歪めた。


「うるさいな。眠っててくれないか」


「な、なんだ君ーーうっ」


 台詞の途中で、警察官がぐったりと倒れた。


 古山章三が闇の魔法を使ったようで、奴の手にわずかな蒼の光が見て取れる。使役によって、彼を一時的な睡眠状態に陥らせたらしい。


 それを見て、俺は鳥肌を禁じえなかった。


 レベル90。

 ステータスオール9の魔法。


 実際に攻撃を受けたわけではないが、そのあまりにも禍々しい妖気に、ただ立ち尽くすことしかできなかった。歯の根があわず、ただ情けなく震えることしかできない。


 無理だ。俺なんかが現時点で到底適う相手ではない。


 背後の高城も同様の恐怖を感じたらしい。かすかな震えが伝わってくる。


「がっかりだよ」


 古山が静かに声を発した。その声は、静かな署長室のなかにあってよく響いた。


「吉岡くん。君はいい仲間になると思っていた。それなのにーーただスパイだったというだけじゃなく、まさかナンバー2の佐久間をやっつけちゃうとはね。……これは、僕にも充分怒る権利があるよね?」


 乾いた笑みを刻みながら、俺に向けて右腕を突き出してくる。


 俺は無意識のうちにたじろいでいた。

 闇のオーラが地獄の業火となって具現化し、古山の周囲に発生している。その恐るべき魔力ゆえか、倒壊していた本棚やソファまでもが浮き上がる。


 どうする、俺はどうすればいいーー


 さきほど修得したスキルのなかに、「空間転移」というものがあった。それを使えばどうにかなるかもしれないが、いまはMPを切らしているし、かといってこのまま普通に逃走できるような相手ではない。


 その瞬間。


「良かった、間に合ったーー」


 聞き慣れた声とともに、俺の左手が捕まれる感触があった。 

 彩坂育美だった。

 俺が驚愕している間もなく、彼女は切羽詰まったように声を張った。


「逃げるよ! 目を閉じて!」


 逃げる?

 でも、古山の手には父親が……

 俺が問いただす間もなく、俺の意識は瞬時にして暗転した。


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