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もう前までの俺じゃない

「おーい、勇樹、メシだぞー」


 目が覚めたのは、そんな声に呼ばれてだった。


「う、うーん」

 寝ぼけ眼をこすりながら呻く。


 聞き慣れたはずの声だが、なんだか妙に懐かしさを感じる。たぶん俺の父親の……


 父親?

 突如、意識が覚醒し、がばっと上半身を起こす。見慣れた俺の部屋。見慣れた家具。そして俺のベッドの脇には、見慣れた父の姿。


 しかし、異世界の父親とはまるで雰囲気が異なる。黒かった毛髪には白いものがだいぶ混じっており、顔にも皺が目立つ。年齢は四十代後半のはずだが、正直もっと上に見える。


「おい、学校あるんだろ。起きてメシ食ってけ」

 そう言いながら俺に背を向ける。


 父親は深夜の運送業で家計を支えている。家に帰るのは早朝となり、俺の登校時間と被るのだ。その際にいつもパンなどを買ってきてくれる。


 異世界での彼のような明るさはないが、その細い身体で、俺をここまで支えてきてくれた本人でもある。


 覚めやらぬ意識ながら、俺は思い出していた。こっちの父親にきちんと親孝行しようと考えていたことを。


「な、なあ」

 と俺は父の背中に呼びかけた。


「ん?」

 父親が横顔だけをこちらに向ける。


「あーえっと、その……明日の帰りも同じ時間か?」

「……そりゃまあ、たぶんそうなると思うが」

「だったら、明日はなにも買ってこなくていい。明日は俺がメシつくるよ」


 父親が目を見開き、俺に身体を向けた。


「なんだ、どうした急に」

「なんでもねえよ。それより疲れてんだろうが。さっさと風呂入って寝な」

「……変な奴だな、まったく」


 そう言い残して去っていく。だが俺は見逃さなかった。わずかに父の目元が綻んでいたのを。


 これが、高校生の俺にできる精一杯の孝行だ。


 階段を降り、洗面台で自分の顔を確認する。


 一重。豚のように丸っこい顔。黒縁眼鏡。

 さすがに笑いを禁じ得なかった。昨日は誰もが羨むイケメンだったのに、今日の姿はこの豚。


 以前はこんな自分が嫌で仕方がなかった。しかし人間、捨てたもんじゃない。この姿でしかできないこともあるのだ。


 俺は焼きそばパンを胃につぎ込むと、行ってきますを告げて自宅を後にした。見慣れた通学路を自転車で漕いでいく。


 駐輪場に到着すると、見知った集団に出くわした。新聞部の部員たちだ。


 彼らは俺の姿を認めるなり、意地汚い笑みを浮かべながら、自転車の位置を調節した。俺の進行方向を完全にふさぐつもりだ。


 だが、あんな奴らにはもう屈しない。古山のようにはなりたくない。


 俺は無表情でそのまま自転車を走らせた。やがて彼らとの距離が縮まると、部員のひとりがわざとらしい声を発した。


「吉岡せぇんぱい、昨日学校こなかったって本当ですかぁ」

「…………」

「もしかして後輩の告白に騙されて傷ついちゃったんですかねぇ。でもまさか、あなたみたいな人が女の子から告白されるなんて……思ってないでーー」


「どけよ」


 俺の口から発せられた強い言葉に、部員たちは一瞬黙り込んだ。この程度の反論は、一度リア充を経験した俺には造作もないことだった。


 部員たちは驚きを隠せないようすだった。

 俺はこれまで、どんな仕打ちをうけようとも決して反抗をしてこなかったのだ。どうせ無駄だからと、されるがままになっていたのである。


「な、なんだよぉ。ショックのあまり自暴自棄になっちゃったのかあ?」

「どけってんだろうよ」


 語気を強めながら、俺はすこし反則技を使ってみせた。

 魔法を発動し、自身の周囲にわずかな黒いオーラを発生させてみせたのだ。


 奴らにはさぞ怪物のように見えたことだろう。


「うっ……」


 呻き声を発しながら、部員たちがそそくさと俺から離れる。邪魔な自転車をこれ見よがしに蹴っ飛ばしーーこれくらい反撃しても許されるよね?ーー俺は自分の駐輪場へ急いだ。


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