これでも異世界転移初日です。
その後、俺と彩坂はこっぴどく怒られた。
授業をさぼって教室で駄弁っていたのだ、それはもう、ものすごい剣幕で怒鳴られた。
だが俺も、そしてたぶん彩坂も、あまり説教のことなど気にしていない。二人の距離が縮まったという事実のほうが嬉しかったのだ。
この世界の俺はリア充だ。だが元はといえばただの根暗野郎。女子と親密になった経験なんてもちろんなかったし、また友人と仲良く話すということが、ここまで楽しいとは思いもよらなかった。この経験は、たとえ元世界に戻っても忘れはしないだろう。
ただ、ひとつ気になることがあった。坂巻信二だ。
あれ以降、急に無口になってしまった。俺にも話しかけてこないし、いじめもしない。なんとなく苛立っている雰囲気が伝わってきて、正直近寄りがたいのだ。
まあ、ちょっと距離を置いて頭を冷やすかな……
そう思って、俺もあえて彼には話しかけないように決めた。
放課後。
カラオケ行こうぜーという誘いを断り、俺はひとり帰途についた。遊んでやりたいのは山々だが、こちとら異世界転移した初日だ。色々と整理しておきたいことがある。
駐輪場に行くと、隣にあったはずの坂巻の自転車がなくなっていた。
あいつもう帰ったのか、と思いながら、俺も自身の自転車にまたがって帰り道を漕いでいく。
夕方にしては妙に暗い空だった。分厚い雲が天を覆っているせいか、空気もどこか湿っている。一雨くる前に急ぐか、と俺が全力でペダルを踏み出そうとした、その瞬間。
奴がいた。
坂巻信二と、その友人が三人。
計四人で、あるひとりをいたぶっていた。
校門の脇、たしか職員室からは死角になる場所だ。
よく目をこらすと、殴られているのは俺のクラスメイト、古山章三だった。ひとりに両腕を捕まれ、動けないところを坂巻に殴打されている。やめて、やめてよ、という悲鳴を必死に挙げているが、坂巻は聞く耳を持たない。
ーーあいつら、また……!
俺のなかになんともいえぬ感情がこみ上げてくる。
周囲には下校中の生徒がちらほらいるものの、坂巻のおそるべき剣幕におそれをなして、なにも言わぬままに通り過ぎていく。そう、いまの坂巻信二は、かつて俺が目にした悪魔の生まれ変わりそのものだった。
すさまじい怒りに反して、俺の身体は棒になったように動けなくなった。鬼のような形相を浮かべる坂巻と、かつてのトラウマが重なってしまった。
助けたい。古山を救いたい。けれど、いくらなんでも四対一では……
瞬間。
「うっ……」
強烈な蒼の光が突如発生し、俺は目を細めた。
なんだこれは……!
以前俺が使った「魔法」と、まっったく同じ……
そこまで考えたとき、光の発生源が古山の手であることに気づいた。思わぬ事態に数歩後退した坂巻に、しかしたしかな声で、古山が告げた。
「使役するよ……君の心臓を」
かっと俺は両目を開いた。
まずい、これはまさか……!
俺が止めに入ろうとした、その瞬間。
古山が憎々しげに右拳を握り締め。
血を吹いて、坂巻信二はその場に倒れた。
「なっ……」
取り巻きの三人がびくついて古山から距離を取る。しかしながら、古山はあまりに無慈悲に、無造作に、またも右拳を握る。
途端、その三人も胸部から鮮血を迸らせ、あっけなくその命を散らした。