5.
午後は体育の二時間続きだった。運動が嫌いな人間に動けなんて、酷い命令をするもんだ。
しかも外でハンドボールなんて、嫌がらせ以外の何物でもない。大変迷惑だ。
二学年全員もとい我がクラスメート全員が、Tシャツ短パンに着替えてノロノロやって来た。
指定体操服がないので、赤青黄色紫と色とりどりで目に優しい。なんて。私は日光を集める黒である。暑い。至極暑い。
「準備体操だ。二人一組になれ」
我がクラスの女子は十一人と奇数だ。つまり、友達のいない私はあぶれる。
微生物と組むのが可能なら良いんだけど、口走った日には先生に生暖かい目で見られるだろう。避けたい。
次々と面前で作られる二人一組。男男。女女。楽しそうに群がる。合間に、彼が見えた。
「あ」
そう言えば、このクラスは偶数だ。男女が混ざれば余りは出ない。このまま最後の二人で仕方なく、を待つのは惨めだ。
彼も察したのか、頷いて近づいてきた。
遠くにいたら気付かなかったが、この暑い中、彼は長袖ジャージを着ているのに一つも汗をかいていない。
「暑くないの?」
「むしろ、寒いくらい」
「変なの」
間隔を開けろ、という先生の言葉に従って他のペアから離れた。
屋上からこの光景を見てみたいな。緑の下地にぽつりぽつりと、斑な模様が付いている。不格好で、滑稽。
先生は一人二役で、レクチャーをする。大変なことだ。
「私なんて、貴方を見てるだけで暑いのに」
「僕なんて、君を見てるだけで凍えてしまいそうだ」
「寒いわりには、掌は暖かいけど」
正面に向かい、互いの腕を空に突き上げた状態で、手を結ぶ。押し合う。彼は力が強くて、よろけそうになった。当たり前だ、男の子なんだから。
「体温は高いから」
「不思議」
今度は背中を向けて。腕を組んで彼の背中に身を任せる。足がぷらんと浮いた。今、全体重を彼にかけているのか。
彼は手だけじゃなくて、背中も熱い。それにゴツゴツしてる。薄い体操着越しに骨が触れ合うのを感じる。
「普段何食べてるの?」
「…………肉、とか?」
「もっと太った方が良いと思う。骨々しくて痛いからさ」
私の番。彼の全体重を支える。ぐ、うん。身長百五十センチ前後の女が、二十センチ上の男を持ち上げようとした努力は認めてほしい。
「やっぱ、嘘。もう少し痩せても良いかも」
「この背では標準体重だけど。それに全く浮いてない」
「これ以上は無理。潰れる」
彼を下ろしてから地面に長座した。彼は前屈の補助をしてくれる。前に、横に、斜めに。
思わず彼に肘テツを食らわせたくなる程、痛い。脊柱に鉄骨を入れたみたいに、全く動かない。自身の体だから自己責任だけども。
「意外と柔らかい」
「意外とって、どういう意味さ。どんな運動音痴だと思ってたの?」
「見た目肉ついてないから。もっとゴツゴツしてるイメージだった」
「ふぅん」
次は彼が長座する。痛い思いをさせられた分、仕返しに力強く押してやる。けれど、彼は面白くない。
簡単に爪先に指が届いてしまう。
「意外と柔らかい」
「どうも」
わざわざ二人一組にする意味があったのか不思議な準備体操を終えて、メインのハンドボールが始まった。
男女対抗らしい。人数的にも性別的にもルール的にも女子の方が圧倒的に不利ということで、先生が女子チームに入ることになった。
『意外と柔らかい』
あれ?
同じ言葉でも私と彼の意味していたことは違っていた、よね。背中の肉を触る。フニフニ。柔らかい。
考えないでおこう……と思えば思う程、考えるモノで授業に一切集中出来なかった。