4.
翌日も、屋上に行く。
私だけの特等席には先客として、クラス全員がいて「どうして屋上のことを黙ってたの?」と問い詰められることはなく、ただ一人彼がいた。
フェンスの向こうの背中。彼だ。
何故か駆け寄る足が、軽い気がする。気のせい、うん。
「バラさなかったんだ」
「何の意味があって?」
彼は振り返らずに、向こうを見ている。海よりもずっと向こう。大人達には見えない世界。
「こんな良い場所を一人で隠すのは勿体ないから」
「かと言って、共有したくなる程仲の良い人もいないけど」
「確かに」
彼はクラスでも浮いている。誰かと話している姿は見たことがない。
だからこそ、こうして会話が出来てるのが不思議で堪らない。近すぎず、遠すぎず、適度な距離を保ちながら。
フェンスを乗り越えて、彼の隣に座り込んだ。今日は昨日と同じ失敗をしない。
船を漕ぐ生徒達に、五時間目から腹の虫の大合唱を聞かせる訳にはいかない。
「お昼ごはん?」
「そう。貴方は食べないの?」
「僕は、お腹は空かないみたいで」
「変なの」
サンドウィッチを頬張りながら、遠くを見る。この島の向こうには、夢と期待で満ち溢れてるって誰かが言っていた。
本当なのかな。真偽はどちらにしろ、こことは違うナニかが待っているのだろう。
彼は突っ立ったままで、動かない。私だったら、仮にクラスメートでも友人でもない奴と隣にいるのは酷だ。
彼とは友人じゃないが、彼はそうはならないらしい。不思議と。
彼もそうだと仮定するなら、私は隣にいることを許された存在なのだろうか。変だ。喉の奥がくすぐったい。
「川瀬早恵」
「カワセサエ?」
「それ、私の名前。暇だったら覚えて」
口角が変な動きをする。無表情でいたかったのに、上がったりするもんだから隠すためにサンドウィッチを頬張った。
「杉野柊。僕の名前」
「暇だったら覚えてあげる」
「……そう」
とっくに覚えてる私は相当な暇人だ。しかも、彼の名前を漢字で書けるレベルである。暇の達人かもしれない。
覚えてるけど、彼を名前では呼ばない。そんな資格ない。私は私である上にワタシを背負っているのだから。
何も生まない沈黙。ただ景色を見て、互いにナニかに思いを馳せる。私も、彼も。
会話はしない。そもそも、会話の種もない。けれど、何故か居心地は悪くなかった。お母さんと、愛犬のゴマを除くと初めてだ。
「じゃあ」
彼はフェンスを乗り越えて、屋上から出ていった。
「よっと」
立ち上がって、スカートをほろう。私も行かないと、授業に遅れてしまう。授業をフケる程の不良じゃない。むしろ、善良な一生徒である。
フェンスを乗り越える。体が軽い気がする。たぶん、きっと、今日は調子が良いのだ。
「青い空、白い雲ー」
残り二時間も頑張ろう。