3.
最近の私の日課は屋上でお弁当を食べることだ。
給食と違って、どこで食べようと怒られはしない。一年と三か月かけて見つけた、ここは居心地が良い。
「青い空、白い雲、ふふんふふふふ……」
誰が教えてくれたのか知らないが、幼い頃に覚えた歌が口から出ていく。歌詞は曖昧だけど、何かのアニメの主題歌だったはず。
楽しい気分でもないけれど、高い所から見下ろすのは気分が良くなる。
ちっぽけな島全体が見渡せる。クラスメートの家も、唯一のスーパーも、何もかも。
私は、全てを把握している神みたいだ。
「また会える日まで、夢を忘れずに。信じることが……ふふふんふふふ」
今日のお昼ごはんはサンドウィッチか。嫌いじゃないけど、好きでもない。腹が満たされればどちらでも良い。
口に入れようとした瞬間、突風が吹き荒れた。
やばい。これは、不法侵入者だ。ここの屋上は、構造上か扉の開閉で風が吹く仕組みとなっている。
逃げなきゃ。もしクラスメートなら私の居場所を占拠されてしまうかもしれない。
咄嗟に、給水タンクの後ろに隠れて、身を潜めた。誰か知らないが、とっとと出てってくれ。
足音は一つだ。足を引きずる様な独特な、足音。ずり、ぺたん、ずり、ぺたん。足音は止まった。
協調性に満ち溢れたこの学校で、屋上に来る物好きなんて私位だろうに。影からそっと覗くと、フェンスを乗り越えようとする少年の姿。
茶色い栗毛に、存在感のない猫背。あれは、ずっと見てきた後ろ姿。転校生だ。もしかして、死のうとしてる……? だめ、させない。
「死にたいの?」
転校生は振り向いた。表情に変化はない。私が死ねと背中を押したら喜んで飛んでしまいそうだ。
「どっちでも良いけど」
「私は、死んで欲しくないんだけど」
「……そう」
今朝のやりとりを思い出して顔が赤くなる。他人の死は干渉しないと思いながらも、彼を引き留めている。
違う、誤解するな。告白じゃないから。
「屋上で死なれたら私がお昼ごはんを食べる場所がなくなるからであって、別に深い意味はないから」
「君もくれば?」
私の必死の言い訳も他所に、彼は手を伸ばす。……何の意図があって?
「恐いなら良いよ」
「恐くなんか、ないし」
「……そう」
馬鹿にされた気分。何よ、やってやろうじゃないの。と、対抗心に火がついてフェンスを乗り越える。
と、絶景。
同じ風景でもフェンスがないだけで、自由な見方が出来る。今にでも飛び立てそうな、解放感。
足を一歩前に出せば間違いなく死ぬ。自分の生死を自分自身で握っている。死ぬか、生きるかは自分次第。味わった事のない快感だ。
「私、生きてるんだ……」
「ミミズだって、おけらだって、アメンボだって生きているからね」
「それを言ったら植物もミジンコも生きていると思うけど」
「皆、皆生きているんだ。友達なんだ」
「友達百人でおにぎりを食べることも夢じゃないね。手には常在細菌が数億といるみたいだし」
「友達がいないと嘆く人間に伝えてあげたいね」
それは彼自身を揶揄しているのか。けれど突っ込める程親しくないので、言葉を飲み込んだ。
「じゃあ」
彼は軽くフェンスを乗り越えると、向こう側に行ってしまった。
この絶景が名残惜しくないのか、すたすたと歩く。私は離れたくないのに。彼は自分から拒絶も出来る。
生死とは違った自由だ。少し、ずるい。
「あ、お昼ごはん」
授業開始五分前の余令が鳴る。どれ位眺めてたのか。お腹の減りを忘れる程、熱中していた。
ごはんを意識したら突如、減ってくるのが人体の神秘である。しかし、時間もないので駆け足で教室に向かう。
これでお腹が鳴ったら、彼のせいだ。