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10.

「ラギ。行こう」


 元から学校に縛りつく意味はなかった。何処に行こうと何をしようと、身分相応の人生が待っている。高校なんて卒業しなくても良い。

 いっそのこと、中退してやろう。

 ラギの手を取り教室を出た。騒ぎを聞き付けて野次馬化した他学年の間をすり抜ける。誰も私達を止めない。腫れ物を扱うような態度。まさか、私達が殺ったって信じてるのだろうか。

 絶対にラギの手は離さない。離しちゃいけない。その思いが力に現れた。


「……エ、サエ」

「ん。……ごめん」


 私の手の中には紫色に変わったラギの手があった。揉んで、血行を良くしながらラギの手を見つめる。こんな細くて綺麗な手が人殺しの為に使われるはずない。

 Bの憤りの捌け口になってしまっただけ。


「あと、連れ出してごめん」

「良いよ。僕も出たい気分だった。さて、何処に行こう」

「遠い所。誰もいない場所が良い」

「僕は土地勘ないから、適当に歩くよ」

「うん」


 繋いだままの手。ラギは変わらず体温が高い。早速汗ばんできたけど、離さない。

 離したら、いなくなってしまいそうで、恐い。


「人に会いたくない」

「うん、僕も」

「遠くに行こう。誰もいない場所」


 学校を離れ、山道を進む。このままだったら峠を越えることになる。夜になる前に向こう側まで行ければ良いけど。

 たまに会話を挟みながらも、黙々と歩く。疲れじゃない。私達には会話がなくとも通じ合ってたから。

 高く登った太陽が徐々に傾いている。放課後位の明るさだ。疲れを互いに感じ取り、どちらともなく道路の脇に座った。


「ラギ、暑い?」

「まあ、心地よい位かな。暑くはないよ」

「良いな。木陰でも全然意味ない」

「どうやら僕の至適温度は高いらしい。だから、基本寒く感じるんだ」

「不思議」


 繋いだままの手から私の熱が奪われていく。不思議と心地よい。

 目を閉じて数秒後、きつく握り返していたラギの手が緩められた。


「何処行くの!?」

「……トイレだよ」

「あ、ああ。ごめん、大きな声出して」

「ん。不安ならサエも来る?」

「うん」


 あちこちに簡易トイレが付けられる程、この島に資金はない。山の中の何処かで致すのだろう。

 前の私はこの申し出を受けなかった。それほどまでに、今の私は不安で押し潰されそうだった。

 背中を見せて用を足すラギを視界に入れる事で、離れていても自分を落ち着かせれた。

 何なら、と私も用を足した。離れると不安になるなら、最短に修めてしまおう。


「行こうか」

「うん」


 再び繋がれた手と手。次第に不安定だった気持ちが落ち着いてくる。ラギの手は、魔法を持っているのかも。

 茹だるような炎天下の中、ひたすらに歩く。目的地はない。何処でも良い。ラギを殺人犯だと決めつける人間が存在するここから逃げたかっただけだ。


「ラギ、夜までに屋内に入りたい」

「頑張ろう、もう少し」

「うん」


 ラギが小さく笑った瞬間、遠くでサイレンが聞こえた。十年に一度聞くか聞かないか、稀なパトカーのサイレンの音。

 まさか、私達を追ってきているの?


「こっちの方が近道だから」


 道路を歩いてれば見つかる可能性が高くなる。出られる保証はないが獣道すらない林へと突き進んだ。

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