1.
深紅、梅紫、臙脂色。どの色とも表現できない赤に染められた空間に佇むは一つの影。
憂いを帯びた瞳で足元に転がる人間をみやる。
かつては好意を抱いた人間だった。影に愛を与えてくれたハジメテの人間だった。
人間には未来があった。
しかし、未来を断ち切ったのは獣と化した己自身。戻れない。戻らない。
「…………」
人間は何も発しない。
糸の切れた人形の様に、人間の目からは光が消えている。濁った瞳からは人間の輝かしき未来が奪われていた。
ゆらり。影は揺れながら、人間を踏み越える。
死んだ人間には興味がないとでも言いたいのか、人間の死を悔やんでいるのか深意は見えない。
汚れきった頬を浄化する様に、液体が伝う。
はたはたと落ちるそれらが人間を生き返らせてくれれば良いのに。影は望んだ。
まるで鏡の様な存在だった。自身を映す、認めてくれる存在であった。それを壊したのは自分なのに。
しかし、殺した事を後悔していない。過去に返っても殺し続けるだろう。
それが影である所以であり、影が影を続ける理由であった。
「…………ヴヴ」
地に落ちた影の望みを叶えてくれる程、神は優しくない。
幼かった。無垢だった。善良だった。好かれていた。けれど、人間は動かない。
言葉にならない声で影は叫んだ。それはまさしく、咆哮と呼ぶに相応しい声だった。
まるで、狼の鳴き声みたい。と、誰かが称す位に。