ひとりでいきたくない
ひとりでいきたくない、といったら、わがままをいわないのとお母さんにしかられた。
ぶーぶーいってるうちに時間になって、お母さんはわたしの背中をぐいぐいと押した。玄関まできてもまだ文句をいうわたしにかわってランドセルをもってくると、お母さんは、だいじょうぶよ、と反対に不安になるような励ましかたをした。
「ひとりでいきたくない」
「まだそんなこといって。もう六年にもなるのに、大人になりなさい」
わたしは泣きそうになりながらくつをはいて、家をでた。お母さんはわたしが見えなくなるまで見送っていた。ずっとにこにこしていたことに、ちょっとだけ腹がたった。
だれも自分の気持ちをわかってくれてないのだと思うと、すごくさみしくなって、泣きたくなってしまった。
「あら、どうしたの。忘れもの?」
家にかえると、お母さんは、テレビとカーテンのあいだの暗いところを、掃除機できれいにしているところだった。
「どうしてかえってきたの」
「ひとりで、いきたくないもん」
「もう、この子は!」
「学校までの道わかんない」
「なにいってるの。きのうは平気だって、自信満々だったくせに」
そんなのうそだ。きのうからずっといやな気分で、お母さんについてきてほしいってお願いしてたのに。
「こんなので友達ができるのかしら。心配だわ」
ぼすっと音をならして、わたしはソファに座った。
学校までの道はそんなに遠くなくて、さっきはその半分も歩かなかったのに、からだ全体がどうしようもなく重たい。ランドセルを肩からはずして、床になげた。もうこのままねむりたいと思った。
「車でいくしかないわね」
「ほんと!?」
魔法でもかけられたように、からだが軽くなった。
「だって、先生に早く来るようにいわれてるんだもの。転校初日なんだから、岬にも気合いれてもらわないと困るんだけど」
転校なんてしたくなかった。それなのに気合いれろなんて、すごくいい加減なひとだなあと思う。でも、学校までついてきてくれるなら、そんなの全然かまわなかった。
お母さんよりさきにわたしが乗りこんで、すこし息をきらせながら車は出発した。
「友達つくれるといいわね」
「そればっかり。お母さんうるさい」
「だってあなた、お世辞にも社交的とはいえないし。ほかの子たちが仲よくやってくれるといいんだけどね」
そのあともぶつぶつとなにかしゃべっていたけど、シートベルトのざらざらが気になってそれどころじゃなかった。わたしは最近きったばかりの爪で、シートベルトのざらざらをこすっていると、とても大事なことを思い出してしまった。
「ねえお母さん、ランドセル家に忘れた」
あたりまえに、お母さんはすごく怒った。車で流してる音楽よりもおおきな声で、むずかしいことをしゃべっていた。
わたしはおおきな声でしゃべらないでほしいなあと思いながら、シートベルトのざらざらが気になって、それどころじゃなかった。