6.モンスター!
なぜだか手をつないだまま、ずんずんずんずん歩いてゆくジェンに、半ば引きずられるように歩く私、その後ろを涼しげな顔でついてくるキャッシー……じゃなかった、キャル。なんでだかわからないけれど、とりあえず一緒に進み出した私たち3人、どこに行くのかと言えば、おそらくそこに見えている塔で、それ以降の予定などまったくもってわからない。
というより、私自身、塔についたらどうするかなんて考えておらず、所持金銀貨5枚という状況で何ができるかも知れず、たかれる相手が一人増えたとはいえ、どこまで甘えられるかもわからない。とりあえず、泣きついてでもこの2人を離さないようにしようなんて考えてみるも、それ以前に離してくれないジェンの手を、どうしたものか……。
「ユイフィル ウェンズ アシル ビイング コネクティン?」
からかうような口調で、キャルが何やら言ってくる。つないだ手の辺りを指さしているあたり、お手々つないで何してるの? とか、仲良しさんねとかそんな感じのことを言っているんだろう。なにより、ジェンもまた、キャルの言葉を受けて振り返り、つないだ手を眺めているので間違いないだろう。
「ドゥ ユォ ショルツ?」
なんか聞かれたぞっわからんぞっと、ちょっとあわててみたものの、背負っていた荷物を持ち直して私に背を向けしゃがみこむ姿を見て、さすがに察しますわな。おんぶしましょうかってことでしょう? いや、なんでそこでおんぶになるんだよと、思わず突っ込みがてらその背中をぺしと叩いた。
確かに、まだまだ先が長そうではあるものの、生活面でこいつらに甘えてしまおうという気もあるものの、本当におんぶにだっこされるつもりはさらさらない。というか、手をつながないのならおんぶという、その発想がわからない。いやまぁ、脚は痛いし疲れてますよ、でも、ダメでしょ、そこまで甘えられないでしょ。
「ジ・ショルツ ワンイズ イーリー」
なんでだかため息勝ちに何か言われたみたいだけど、私は悪くないはずだ。はずだけど……首をすくめて見せるキャルを見ると、どうやらキャルもジェンと同意見のようで、おかしい、私の方が常識人なはずなのに、二対一になると選択を間違えてしまったかと心配になってしまう。
ジェンがあきらめたように立ち上がると、キャルは
「ルィム ファイト」
何事か言いながら、ベルトの後ろあたりから、ナイフを両手に取り出した。
話が通じているのだから当然だろうが、キャルはジェンが私をおんぶしたい理由を理解しているようで、ジェンもキャルがナイフを取り出した理由を理解しているようで、目配せし合っている。私一人が、なんだか置いてきぼりな気がするものの、どうせ元からお荷物以外の何物でもないので、この際気にしないでおくことにした。
ジェンは、トンっと私の肩を前に押しながら、私の背後に向かいかけて行く。そこになにがあるのかは知らないが、ジェン駆け出して後に気が付いた、ガサガサという音と共に、木々が盛大に揺れていることに。
キャルは、私の隣にて何やら手をひらめかせ、歌うような声を上げる。キラキラと、その手の軌道が光り出し、魔法円が描きだされると、思わずその美しさに見とれた。
魔法ですよ、魔法、この世界に来て初めて見た魔法に、興奮しないわけがない。でも、その魔法は、派手に爆発したり、何か飛び出してきたりするわけではなく、キラキラと輝きながら風に解けて消えてしまった。綺麗だけど物足りないなんて思ったのは、冗談ですよ、消えたところで特にがっくりきていない様子を見ると、魔法が失敗したとかそういうことではない様子。
「ウェイト ア モメン」
軽い調子で私に声をかけて、キャルもまた、ジェンの後を追いかけていく。
なんだ? なんだ? と思う間もなく、いきなり目の前に、柔らかな触腕が、ブンッと風を唸らせながらひらめいた。木々が押し倒され、また一本、また一本と触手が露出し、その後を追うようにして、まん丸のゴムマリみたいな頭が姿を現す。これ、知ってるよ、タコだよ、タコ。まぁ、全長3mはありそうな巨体だけど、まるっきりタコだよ。全長3mほどとはいえ、その大半は足なので、頭の部分は1mないのかもしれないけれど、タコとしてはかなり大きな化けダコだ。
なになにーっ、この世界では、海生生物が陸に上がってモンスターになっているの? なんてのんきなことを考えている場合じゃないのは百も承知だが、次に現れるのがクジラかいるかか気になるところだ。もしかしたら、イカやエビカニかもしれない、今晩の夕食においしくいただけるかもしれない。タコといったらタコ焼きだけど、これで作ったらいったい何百万人分ができてしまうのだろうか……。
くだらないことばかりに頭が向かってしまいながら、とりあえず私もナイフを取り出してみた。これで戦えるとは思えないけれど、ぶんぶんと振り回されているその触腕は柔らかそうで、万が一捕まった場合、切りつければ怯ますことぐらいはできそうだ。とりあえず自分の身を守ることぐらいはしなくてはと構えているものの、2・3度こちらに当たりそうになった触腕は、何かにはじかれるようにして跳ね返った。跳ね返る一瞬、空気中に現れた魔法円は、私の勘違いでなければさっきキャルが描いたものとそっくりで、ガード魔法ですか、結界ですかと、思わず興奮してしまった。
とりあえず、こちらに攻撃がくることはないようだけれど、多少警戒しながらその戦況を眺めてみると、なんのことはない、危うげなくジェンは触腕を避けてその頭を攻撃しにいき、そのサポート役に徹しているキャルの投げナイフが見事にヒットし、もう半分勝ったも同然といった状況だ。
所詮タコですから、禍々しいモンスターというほどの恐ろしさもなく、シャコ虫同様どこか緊張感が欠けてしまう。カルパッチョとかアヒージョとか考えてしまうけれど、まぁ、現状刺身がせいぜいといったところか、辛子酢味噌とかもおいしいようなぁとか、どうしても食べる方に頭が向かってしまうのを、とりあえず今は振り払って、ナイフを握りしめながら、2人が怪我しないよう祈った。
幾度か切りつけた上で、あまりにも無造作にそのタコの頭のふちをひっつかんだジェンが、その少し下あたりを刺し貫いたところで、タコは全ての触腕を地におろし、動かなくなった。あの隙間に包丁を入れて、ひっくりかえすんだよなぁなんて、ついつい捌くことを考えてしまうけれど、さすがにこれを処理するのは大変そうだ。皮をむくだけでも日が暮れそうな勢いだ。
とりあえず2人の労をねぎらおうかと歩き出すと、ペシンッと軽い音と共に、何かに鼻をぶつけてしまった。痛い痛いと鼻先を抑えながらに手を伸ばすと、きれいに磨かれすぎて気づかなかったガラス扉でもあったかのように、そこには何か遮蔽物があって、振れた瞬間、さっきの魔法円が浮かび上がった。
なるほど、向こうからの攻撃だけでなく、こちらからの行動もガードしてくれるのか……がっくりしながらそのガード魔法に手をついたままいると、キャルが大丈夫とでも言うかのように手を振ってにこにこ笑っていた。
「ユォン フーリッシュ、ソーウェイト ア モメン」
何か悪いことを言っていたらしい、後ろからジェンがその頭をポカリと叩いていた。
財産:財布&携帯電話&鍵(元の世界のもの)/謎コイン(帰るためのアイテムかもしれない)/ナイフ×3/銀貨×5/シャコ虫の殻/手ぬぐい
装備:帽子/Tシャツ/Gパン/スニーカー
交流:ジェンシス(黒騎士)/キャルドリーン(金髪さん)