5.新たなる同行者
休憩を終えて歩き出せど、まだまだ塔にはたどり着けない。もっともっと歩かないとダメなのか……とがっくりきたその時、突然、ジェンが足を止めた。ちょっと遅れがちになりながら、ひぃこら後ろをついて行っていた私は、必然その背中に突進することになって、したたか鼻を打ってしまった。
かわいそうな鼻先を指で撫でながら、いったい何があったのかと、彼の体の向こう側を覗き込んでみると、その足元には、金色の髪の人が倒れていた。小川の石がごろごろしているその上に、水辺へ向けて手を伸ばし、華奢な体を横たわらせている。小さく呻いているようだし、その背中が荒く上下しているあたりからして、死んではいないようだ。
怪我でもしているのか、それとも空腹に悶えているのかはわからないが、おそらくこのお人よしな黒騎士は、助けてあげるんだろうなぁ……そんなことを考えていると、彼は、おもむろに足を持ち上げ、思い切りその背中を踏みつけた。しかも、あろうことかそのまま乗り越え、先へと歩き出そうとする。
あれ? 助けないの? 助けないどころか、踏みつけるの? ってか、なんで踏みつけるの? 助けないにしても、踏みつけることはないでしょう。
頭の中が真っ白になって、思わず、そのままジェンが立ち去るのを見守ってしまうところだった。 ちょっとちょっとちょっと、待ったーっ、それ、やばい、ぐえとか言った、ダメだよ、ダメでしょ。
「ジェン、ポ……ポティ?」
待てって言葉は、そういえば何度か聞いていた。それを思い出して、でも発音に自信がないものだから、ちょっと声が小さくなりながらに呼びかけるが、彼は、全く気にしてない様子で歩き続ける。
「ペイフル! イッツカウレウ ステップオー」
「ヒッチロゥン。ワッイズイッ ユォ」
「ビフォマキング イントゥディウ イツセルフ、ハウ キャンノット イッ ビー ドン ウィズザッツ?」
勢いよく身を起こした金髪さんは、どうやら思ったより元気らしい。血が流れている気配もないし、大きな声で怒鳴っているあたり、体も大丈夫なようだ。それなら、なんで倒れていたのか……とか思うものの、まぁ、とりあえず元気になったのだからいいと思うべきなのか……なんだかよくわからない。
外人さんよろしく年齢はよくわからないが、なんだかずいぶん若そうな気がする。綺麗に撫でつけられた短髪は黄金色で、瞳は明るい翠玉、目鼻立ちはっきりとしたかなりの美人。華奢な体にぶかぶかのシャツを着こんでいるものの、その胸元には確かなふくらみが主張している。
女性ですよ、美少女ですよ、それなのに、ジェンのその対応はいったいなんなのだ、お人よしさんじゃなかったのか。踏んだうえにぶっきらぼうになにかを言い返している。あれは、多分、うっせーなーとかそんな感じだ。踏んだのに、謝るどころかその態度、今までのお人よしぶりというか親切ぶりを考えても、あまりにおかしい態度に見えてしょうがない。
「ユォン ランアブル ア・ベリーロン シェイング、アン ワッカウン オブ インディオン ザ・マデュン オブ ディゴンティウ オン イッ?」
「アー、ワス イッユンベルッ トゥ ゼア?」
「プロパー、イッツ ジ・パーポス ティゥ? ワッウッデュ ユォ ライク トドゥ?」
「……ランディブゥ」
「ドンップレイ」
思わず呆然と2人の話し合いを見ていると、ジェンが唐突に私の方へと近づいてきて、私の手を取り、引っ張り出す。何を話しているのかなぁ~? どころじゃなく、いったいなんなのか事態が全く読めなくて、ただただ呆然としているところを引っぱら、思わずたたらを踏んで彼にしがみついた。
一瞬、彼がこちらをちらと見るが、特に何を言うでなく、そのまま引きずるようにして歩き出すと、慌てたように金髪さんも追いかけてくる。
「グランブリー、ポティ、ポティ、ウェア ドゥ ユォ ゴー?」
とりあえず、ジェンは彼女を助ける気がさらさらなく、さらには邪険にしているらしい。もしかしたら知り合いなのかな? それとも何か因縁があるのか……わからないけれど、対する彼女はついてくる気満々らしい。
なんで倒れていたのか知らないけれど、怪我もなくこれだけ元気なのだから、まぁ、その足で頑張ってついてくればいいのだろう。もしかしたら、かまってほしくってピンチのふりでもしていたのかな? そんなことを考えていたら、半ば引きずられている私の手に、彼女の手が触れそうになったことに気づいたジェンが、立ち止ってその背に私を隠した。
「イッウォルド ビィ アンリディン フォア ユォン」
「リティン……イフ ジ・チャーチ パルテン コンチェンド シャウ、イジッツ ユディトール? ティゥ ルゥ ウォッチ ターゲッツ」
何を言っているのかはわからないけれど、彼女は、自分の胸元を探り、紐にくくられた木片を取り出し突き付けてくる。これは、私は警察のものですとかいうやつかな? それとも、消防署の方からきましたとか言って……って、れは、消火器詐欺の話か。その木片には、何やら文字と葉を咥えた鳥のような模様が掘ってあるけれど、何を意味するのかは全くわからない。
とりあえず、その木片を見て、ジェンが少しだけその態度を和らげた気がした。
「イフ ハービン ア マイテュフロゥ、ユォ ショウ ドゥ デュー シュッ ビッフロッツィ アム ショル チューエ イン アウィド シゴゥラウン」
「アイル ドゥ ザッ……ティゥ ハディング ルッケン ツォクレン、イッツカウレウ」
「イッウォルド ビィ アンリディン」
何やら言い合いながら、こちらをちろちろ見てくるのは、私に関係することを言っているからなのだろうか、それとも私の同意を求めていたりするのだろうか? いやでも、何を言っているのか全くわからないから、合とも否とも言えませんよ。
どうしよう、何か言わなきゃいけないところなのだろうか、ちょっと焦ってしまったものの、唐突にジェンが大きなため息をついた。
「ルゥシィ オーケイ オーケイ。ビティリィ ウィルビー ビットウィン ザ・ビティリィ アン ジワン ティゥ ライク トゥ セイ。ルィシィ ビカゥ……ドンッドゥ シュトウンシング」
「ア シュトウンシング イズッツ ドゥン。バッ……ビットウィン ザ・ビティリィ アン ジワン ルゥ セイ アービフェント」
「ワッツ?」
不意に、金髪さんがこちらを見ると、私の手をぎゅっと握った。握手ですか? なんかジェンとの間に合意でも見出したのだろうか、訳が分からないながらに彼……か、彼だ……。見ているその間に、いきなり骨格がしっかりしてきて、その胸元のふくらみが筋肉に収まったというか、シャツがぴったりサイズになったというか、うっわぁ……男、男になっちゃいましたよ。
見る間に変わったその変化、思わず胸元じっと見つめてしまっていたのは、背の高さまで変わっているせいだ。かなりの骨格変動は、逆に変わる場合、質量保存の法則はどうなっているのやら。その顔つきまで、美少女のものから美少年のものに様変わりしていた。
「ルィム キャルドリーン、プリーコール ルゥ キャル」
「ルゥ ドンッ コール」
自分の胸元をトンッとたたいて言うそのセリフ、なんか、キャルドルリンとかいうのが名前のようで、キャルって呼んでねって言ってたっぽいけれど……ジェンは、吐き捨てるように何か言い、私の手を引いたまま、ずんずんと歩き出した。
なんだか全くよくわからないけれど、新たな仲間が増えたみたいですよ。
財産:財布&携帯電話&鍵(元の世界のもの)/謎コイン(帰るためのアイテムかもしれない)/ナイフ×3/銀貨×5/シャコ虫の殻/手ぬぐい
装備:帽子/Tシャツ/Gパン/スニーカー
交流:ジェンシス(黒騎士)/キャルドリーン(金髪さん)






