4.地図と塔
「メイ? ワドゥ?」
もう一度繰り返されたその言葉に、意味が分からないのよーっと言い出したくなるその前に、彼は荷物をごそごそと探り、一枚の地図を広げた。羊皮紙かなにかなのだろうか、茶色の堅そうなものに描かれた地図は、広げると両手を広げたぐらい。そこに描かれているのは、顎を突き出し四足を踏ん張った猫が、尻尾に魚を食いつかせているような形の大陸……その地図を見て、あぁ、日本ないよ、アメリカないよ、地球じゃないんだなぁ……なんて、しみじみとしてしまった。まったくもって見たことのない地図。明らかに私の知る世界地図とは異なっていた。
彼の指がその胴体や足の辺りの国を指さして、あらためて問いかけてくる。
「ウォレーン?」
なるほど、そのあたりの国の名前を、ウォーレンというのか。
そして、さらにお尻のあたりの土地を指さす。
「メイルーン?」
そして、尻尾のあたりの、比較的小さい国を指さした。
「エクシェント?」
なるほど、三つとも国の名前だったらしい。ってか、この、猫の背のあたりの小さな土地が現在地なのだろうか、そして、それを取り囲む三つの国を指さして問いかけているということは、どの国から来たのかって聞いているところなのだろうか。残念ながら、私はここでいきなり出現したので、ウォーレンもメイルーンもエクセレントも知りません。
とりあえず首をかしげて見ていると、彼は、自分の胸元を一度トンッと叩いた上で、ウォーレンを指さした。
「ルゥ ハッ カンフロン ウォレーン」
なるほど、彼はそのウォーレ……ウォレーンから来たのか。
とりあえず、なんとなく意味はわかったものの、残念ながら答えられる言葉がありません。ただもくもくと食べる姿に何を感じたか、そのまま彼は指をウォレーンからつっと動かし、塔が描かれているところまでたどってゆく。
何と書いてあるのだろうか、四角や丸、線が組み合わさったような、ちょっと韓国語っぽいような文字がそこには書かれていた。
「ルゥ ゴートゥ ザ・ルディ・タワー。ユォ?」
タワー? タワーっつったよ、絶対タワーだ、地図に書かれた絵もそうだけど、これ、さっきから見えている塔のことに違いない。
ルディタワーって、ルビーですか、紅玉でも採れちゃいますか? まぁ、それはないにしても、とりあえずそこへ行こうと思っていたのだから、こくこくと頷いて見せる。
ミーツーとでも言ったほうがいいのかもしれないが、ちょっとよくわからないから、とりあえずボディーランゲージで伝えていくしかない。
もう一度地図を見て、ルディ・タワーの文字をチェックする。縦線の横に十と丸とが縦に並んだものと、縦線と十と四角とが縦に並んだものと、三角、丸、縦線と丸が縦に二つ並んだもの、丸が縦に二つならんだもの、逆三角……ダメだ、覚えられない。せめて、これから行く場所ぐらいは読めるようになっておこうとか思っていたのだけれど、同じ文字が見えても、これだと確信できる気が全くしない。
こうなったら、黒騎士……じゃなかった、ジェンについていくしかあるまい。ってか、できるならうまいこと私と同じ異世界人が現れるまで、後ろをくっついて回れないだろうか……かなりずうずうしいことを考えながら、今食べきったシャコ虫の身から、指にこぼれていた汁をぺろりと舐めた。
「ユォ ゼア ハドゥタル?」
不意に呆れたような声が向けられたが、何を言っているのかわかりません。呆れられても、意味が分からないと嫌な気持も半減だから無視しやすいのはいいことだ。
そのまま無視していたら、手ぬぐいみたいなものが放られてきた。
ありがたくそれをお借りして、小川で手を洗って手ぬぐいで拭いた後、返そうとしたら、いらないと手を振られ、それでも渡そうとしたら突っ返されてしまった。
なにか? 私が使った後のものは汚いからいらないっていうのか? なんて、そんな陰険な感じではないけれど、まぁ、ちょっと恥ずかしいながら、手ぬぐいはありがたい。ハドゥタルって言うみたいだが、ハンドタオルってことだろうか、タオルにしてはふわふわ感が全くないが、まぁ、なんとなくわかった。これは、ありがたく畳んでポケットにしまっておくことにした。
炙ったシャコ虫の身は、結構余ってしまったけれど、彼は小さな袋に残りを片付け、火の始末をして荷物を背負いなおした。
「アルッツ アッリボー」
立ち上がって川上を指さし言うのは、川上に川沿いを進んで行くつもりだよとの言葉だろうか。
私も荷物の具合を少し確かめてから、立ち上がって、その後をついていく。連れてってくれるつもりはあるのだろう、私が追いつくのを待ってから歩き出すその足取りは、ずいぶんゆっくりとしたもの。
護衛も道案内もしてもらって、食事の用意もしてもらって、これは、なんというか、恩を買いまくっている感じじゃないだろうか、どうにかして返さなきゃいけないんじゃないかとおもうものの、恩返しできるような予定は全くない。というか、何もできやしないというのが現状だ。
普通、こういう世界にやってくるやつというのは、特殊能力があったりすこぶる頭が良かったりで、世界を救っちゃったりするのではないだろうか。私にはそんなこと、全くできそうにないのが情けないところ。体で返そうにも、明らかにそんなもの望まれていないだろうし、女性とみられているかすら微妙なところだ。
何も返せるものがないというのに、彼がここまで親切なのは、何か裏があったりするのだろうか? シャコ虫が現れた時、ずいぶん都合よく表れたけれど、実は異世界人ということを承知の上だったり、彼が呼びつけた本人だったり、何らかの利用目的だったり……いや、何の力もない私に、どんな利用方法があるって言うのか……うぅむ……。
とりあえず疑ってみたものの、彼がただの親切さんで、やっかいものを背負ってみたものの、放り出すことができないお人よしという線が一番ピッタリな気がしてくる。
ちろちろと、時たま遅れそうになる私をチェックしているあたりから、面倒見がよさそうなとこがありありと見える。いや、石がごろごろしているので、ちょっと歩きにくいのですよ。スニーカーだから、とりあえずは歩けているけど、サンダルとか履いてきていなくて、本当によかった。
にしても、かなり歩く……そりゃ、近いと思っていたわけではないけれど、一応見えているのだから、結構歩ける距離かと思いきや、なかなか距離が縮まらない。もうそろそろ疲れてきたのですが、背負ってもらえないものですかね、うん、言えるわけもありません。
彼はと言えば、全く疲れた様子もなく、足取りも変わらぬものなのだけれども、私はどんどん遅れがちになり、ちょっと休憩しませんか? って言いたいところだ。はっきり言って根性なんてそんなにありませんよ、てくてくてくてく歩き続けていれば、本当に疲れ切ってしまいます。
もう少しかな? まだかな? もっとかな? さっきから、まだつかないまだつかないばかり頭の中でリフレインするよう。普段は車か電車で移動しているものだから、そんなに歩きなれていません。
「リルレスト フォ ショウウェン」
不意に振り返った彼が言い、その場にドカッと腰を下ろす。明らかに、私のための休憩ですね、すみません。
へとへとに疲れ、喉が渇きに乾いてしまっていたので、生水はちょっとまずいかなぁとか頭の端に思いはしたものの、両手で小川の水をすくって口にした。冷たくおいしいその味わいに、そんな考えはあっさり消えて、もう一口、もう一口と飲んでしまった。
「レイタ? ドゥ ユォ ショルツ?」
何か聞かれたようだけど、さすがにちょっとわからなくて、とりあえず、顔を洗って聞こえないふりをしておいた。
財産:財布&携帯電話&鍵(元の世界のもの)/謎コイン(帰るためのアイテムかもしれない)/ナイフ×3/銀貨×5/シャコ虫の殻/手ぬぐい
装備:帽子/Tシャツ/Gパン/スニーカー
交流:ジェンシス(黒騎士)