3.お食事タイム
きゅる……結構盛大に鳴った腹の虫は、確実に黒騎士にも聞こえたようだ。こちらに背を向けているものの、明らかにその肩が震えている。こちらを振り向いた黒騎士が、笑いをこらえるような表情でポティポティと繰り返した。これは……待てって言っているのかな?
そういえば、はじめに言われた言葉も『ポティ』だった気がする。『ポティ』は、つまり『待て』なんだろう。じゃあ、『お手』は何だろうなぁなんていうのは、さすがに明後日な方向へ考えが向き過ぎているものの、彼からの扱いは、明らかにレディに対するものよりペットかなんかに対するものな気がしてくる。
まぁ、出会い頭にシャコ虫に襲われてて、言葉もわからずぽやんとしてて、お腹グーグー鳴らしているようじゃ、レディ扱いするわけありませんな。
助けられた乙女と黒騎士の恋物語としゃれこもうにも、乙女役者がダメダメだったようです。ため息一つついて、握り締めていたナイフも蔦に差し込むと、何をしているのかと彼の手元を覗き込んだ。ひれ部分と足と触覚……なのだろうか、なにやらぽきぽき折っている。そして、数ヶ所胴体にプスプス穴を開けると、いきなり立ち上がった。
身長差20cm以上ありそうな相手がいきなり立ち上がると、その大きさに圧倒されて、思わず身が引けちゃう。うっかりと木の根かなにかに足がとられてしまえば、そのまま後ろにずっこけそうになった私の腕を、大きなてがぐっとつかんだ。そうして落ち着くまで支えてくれる、その手のぬくもり、ゆるぎなき力強さに、思わずドキッとしてしまうものの……。
「ユォ……ワッツ ビーリッシュ デウィン?」
あぁ……今の、絶対何やってんだって言われた、もしくは、バカじゃないかとかなんかそんな感じだ。なんでこう、そういうニュアンスって、言葉がわからなくても通じるんだろう。
きゃっ、腕をつかまれちゃった! とかいう、トキメキもなにもあったものじゃない。明らかにバカにされた……そりゃ、きゃぴきゃぴうっとりは無理だとしても、少しぐらいヒロインぶりっ子もさせてくれと言いたいところだけれど……30歳という年齢的にも、61kgという体重的にも、かなり痛い話か。うん、年齢も体重も、最低-10ぐらいじゃないとダメだよね。
まぁ、そんなこと考えて落ち込んでもしょうがないので、ずりずりと虫を引きずってどこぞへ行こうとしている黒騎士の後を、慌てて追いかけた。
少し行くと、木々が開けた場所があり、小さな小川が流れていた。
黒騎士は引きずっていたシャコ虫をその流れに浸すと、ついた土を落としてゆく。そうして、ひっくり返してお腹の辺りから殻を引き裂くと、中からプリッとした身を取り出した。器用なもので、私ならエビやシャコの身を取るのも結構時間がかかるというのに、あれよあれよという間に取り出して、小川の水で身を洗った。2m程もあったシャコ虫ながら、取りだされた身は1mもなく、切り分けて火にあぶると、さらに半分以下になってしまった。
シャコ虫を切り分ける間も、火を熾しそこに木に刺したシャコ虫の身をかざしていく間も、焼けるまでの時間にシャコ虫の殻を洗って解体している間も、ぽけーっと眺めているだけだった私。
「ルゥホーッ ザッ ユォ テイクッ。イッツ シェルウィ。イッツ ウィルビー ザ・アテルティ オブ ザ・ガーティオン」
何と言われているのか全くわからないけれど、綺麗に洗ったシャコ虫の殻を差し出しているあたり、これをやるという話なんだろうなぁと、ありがたく、それを蔦でまとめて腰にぶら下げた。
「ユォ ハクゥ」
なんか、蔦が目いっぱい活躍しているところで、いっそ、カゴとか編んじゃおうかなんてことを考えていると、丁度いい具合にあぶられたシャコ虫の身がこちらに突き付けられた。木櫛の部分を持って受け取ると、目の前で黒騎士もまた、がぶっと豪快にシャコ虫にかぶりついている。
それに習ってかぶりつくと、プリッとした身が口の中ではじけた。シャコやエビというよりも、ロブスターみたいな食べごたえのあるその身は、本当においしいのだけれど……塩かマヨネーズもってこいって言いたいところだ。なんか欲しいですよ、ホント、せっかくおいしいのだから、ソースください。
残念ながら調味料なんて持ち歩いていないし、海水がないので作れもしない、ってか、この世界に調味料の概念はあるのだろうか。醤油や味噌はともかくとして、塩とコショウと砂糖は欲しいですよ。可能ならばオリーブオイルやココナッツオイルやはちみつや……きりがないし制作方法や調理方法も微妙だけど、あるといいなぁなんて期待しておこう。今は、どうあっても手に入る可能性がないのだから、この、素材そのままの食事を楽しむしかあるまい。
「イッワス フォグット。イッダイ ユーズ?」
と思ったら、塩、塩だ! それ、絶対塩でしょう。小さな袋に突っ込んだ指先、黒騎士の持つシャコ虫の身の上で、その指先から零れ落ちたさらさらした白い粉。思わず食べかけのシャコ虫の身を差し出すと、そこにもぱらぱらと振り掛けてくれる。
少量ながら塩が振りかけられただけで、格段に味が変わった。
「ん~っ」
思わず声をあげて満足したと頷くと、彼もまた、クッと笑い返してくれた。
「ルィム ジェンシス」
二つ目にかぶりついたところで、黒騎士が自分の胸元を指さしてそう言った。まぁ、明らかに自分の名前を名乗ったってところだろう。ジェンシスさんというのか……苗字とか名前とか、そういうのはないのかな? よくわからないながら、こちらも名乗らねばならないところなのだろう。
学生時代、英語の先生が私の苗字である清水がうまく言えなくて、メイ、メイと呼んでいたから、この場合、そう名乗るほうがいいのだろう。
「……メイ」
自分の胸元に手を置いてそう名乗ると、よろしくとばかりに手を差し出してくる。その手を握り返すと、ぐっと力強く握手をした後、あっさりと離れていった。調理に邪魔だったからだろう、いつのまにかグローブが外されていたその手は、節くれだっていて傷だらけで、なんとも男っぽい感じがしてドキドキしてしまった。
「ダゥメイ」
「……ん?」
余韻に浸っていたら、いきなり名前が呼びかけられた……のはいいけれど、私の名前の前についた言葉に、思わず眉をひそめる。
今、私の聞き間違いじゃなければ、ダメイって聞こえた……なんじゃダメイって。はるか昔、ランドセルしょってたあたりで使われて、嫌なあだ名そのままじゃないか。
「ダゥメイ? ワッハポゥ?」
「メイ」
「ダゥメイ?」
「メイ」
「……メイ」
あれか? サーナンチャラとかいうやつと同じで、ダゥが称号とか敬称なのか? メイちゃんとかそんな感じか? 呼び捨てにさせたのは間違いか? まぁ、しょうがない、ダメイとか言われるよりいくらかましなんだから、しょうがない。
さっき会ったばかりの男性に、いきなり名前を呼び捨てにさせるというのは、なんだかちょっと変な気がしないでもないけれど……しょうがないしょうがない。
「ルゥ コール バイ……ジェン」
「……ジェン」
彼の名前もまた、短く呼んでいいよう。愛称かな? ジェンシスとちゃんと呼べるかなぁと不安だったので、正直助かった。
「メイ、ユォン ア・チェンシス? ワドゥ ウォレーン? メイルーン? エクシェント?」
まずい、なんだか続けて私のことを問いかけているようだけど、なんとなく丁寧に言ってくれているようだけど、今度は何を問いたいのか、全くもってわかりません。
いや、今まで、なんとなくでも意思疎通ができていた方が奇跡だったか……全くわからない言葉の羅列で、さすがにどうしていいか、どう答えていいかわからないので、もくもくとシャコ虫の身を味わっておくことにした。
財産:財布&携帯電話&鍵(元の世界のもの)/謎コイン(帰るためのアイテムかもしれない)/ナイフ×3/銀貨×5/シャコ虫の殻
装備:帽子/Tシャツ/Gパン/スニーカー
交流:ジェンシス(黒騎士)