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2.ヒーロー登場!

 ガチガチガチと、何か硬い物を打ち付けあうような音に気づいて振り返ると、そこに大きな虫がいた。

 体長2m程といったところだろうか、つぶれた円柱状の体のてっぺんに、やや小さめの頭がくっつき、そこに黒々とした二つの目が付きだしている。プレートを重ねたような殻付きの体は半ばより持ち上げられ、左右三対の足が足踏みしている。そして、音の原因は、棘のある巨大鎌のような捕脚をぶつかりあわせ威嚇しているせい。明らかにこちらに狙いを定めて攻撃姿勢といったところ。赤茶けたその色は、紅葉していればまぎれるだろうが、春先のこのぽかぽか気候で青葉だらけとなった木々の中では悪目立ちしている。

 その姿は、まるっきり陸に上がったシャコである。

 食べたらおいしいだろうかなんてこと、今考えてはいけないのだろう。とりあえず、どちらかといえばこちらが食べられてしまいそうな事態だ。大きいとはいえ、半ばを地面に張りつかせているわけだから、高さは50cmほどもない。見下ろす姿勢のせいか、少し距離があるせいか、実はシャコ好きなせいか……それほど怖いとは思えないものの、あの鎌が打ち付けられて無事でいられるかどうかはわからない。

 ナイフ一本でどれだけ渡り合えるか、とりあえず、しっかりとナイフを両手で握りしめ、虫を見据えて後退りした。

 殻は結構堅そうだから、節の間からナイフを入れて身をほぐして……いや、調理を考えるのではなく、とりあえず倒さなきゃと思うものの、ついつい、このまま丸茹でしてしまえば、おいしくいただけるんじゃないかなんていう、あさっての方向に頭が向かってしまう。

「ポティ」

不意に低い声が耳に届いたかと思うと、背後から影が駆け抜けた。その虫が影によって見えなくなったと思った次の瞬間、銀色の煌めきが見え、虫は、断末魔の叫びと共に緑色の体液をまき散らし、地面に這いつくばった。

 ピンチに突然現われたヒーロー……まさにそのままのシーンに見惚れていると、その男はゆっくりとこちらを振り向いた。

 異世界としか思えないこの世界なのだから、金髪に金の目でも驚かないぞとか思っていたけれど、彼の髪も瞳も漆黒で、むしろ私の髪と目の方が赤茶けていそうなほど……その馴染みのある色合いに、思わずほっと安堵してしまう。

 短めの黒髪に意志の強そうな太い眉、切れ長な目がまっすぐにこちらを射抜く。彫は深く鼻が高いものの、ギリギリ日本人でも通りそうなその容貌に、思わず日本語で話しかけてしまいたくなるものの、さっき、後ろから呼びかけられた声は、明らかに日本語とは異なる響きを持っていた。

 黒騎士と呼びたくなってしまうような黒いプレイトメイルにマント姿、ただし、握った剣は中ほどでポッキリと折れてしまっており、よくぞそれで戦えたものだと驚いてしまう。重そうなその装備ながらに軽やかに駆けた姿が頭の中でフィードバックして、素直に凄いなと賞賛の言葉を向けたいと思うものの……でも、何と言っていいものか惑う間に、彼の方がこちらに向かい問いを向けてきた。

「アロゥオーケイ? ユォ ウイン ジュウ? ユォン ア……チェンシス」

英語? 英語なのか? とりあえずオッケーって言ったような気がする。アーユーオッケーなら私でもわかる、大丈夫かってんでしょう? でも、その後に続いた言葉は全くもってわからなかった。

 とりあえずオッケーかって聞かれたようだから、オッケーオッケーとイージーに答えてしまいたい気持ちがあるが、まさしくノーと言えない日本人の典型返答な気がして、とりあえず口をつぐんだままにしておいた。

「ア・チェンシス ワグップリー シェルウィ ザ・ダガー」

うん、ダガーだ、ダガー、絶対ダガーって言ったよ。ダガーって言ったら、コレだ、指差しているから間違いようもない、私が蔦でぶら下げているナイフ。おそらく、このナイフのことをなんちゃら言っているに違いない。英語に聞こえる気がするけれど、でも、そもそも英語がちんぷんかんぷんな私に、このリスニングは難易度が高すぎだと思います。

 ナイフが欲しいのかな? ってな感じなので、蔦からナイフを一本引っこ抜いていると、銀貨が5枚乗せられた手が、ずいっと突きつけられる。交換してくれってのかな? というか、どちらかといえば売ってくれって感じなんだろう。

 いやいや、お礼のつもりもあるから、いいですよというつもりで首を横に振ると、さらにずいっと硬が私の方へ突きつけられる。

「ビカゥ ハゥ ロッノッシング。セウッシュ イッダイ ディス。ラウリティ ウィルペイ」

いや、ホントに、なんて言ってるかわかりませんから。アイスピークイングリッシュとか言っても、それって英語しゃべってるじゃんって感じなので、ワタシニホンゴワカリマセンとか言っておこうか、いや、日本語じゃない、英語だ英語……ああ、なんか混乱してきた。

 とりあえず受け取れって言っているっぽいその態度で、なんとなく言いたいことがわからんでもないけれど、さっき助けてくれたお礼にこのナイフを差し上げたいんだよ~っていうのは、どう言ったものか……コインノーとか? プレゼントとか? うーん、なんか違う気がする。

 どうしたものかと思わず悩み、落とした視線が銀貨に引き寄せられた。そういえば、差し出されているこの銀貨、ここに来る時に拾った銀貨とは全く違う。サイズや厚みはもちろんのこと、描かれているのは三つ葉だけのシンプルなもので、ひっくり返せば棒が一本描かれており、その周りに細かな文字が刻印されている。価値が違うから絵柄も違うのかも知れないが、それにしては色合いというか、輝きも違う気がする。

「ユォ ウォーリー アボゥジウェイ オブココル?」

私が銀貨を眺める姿に何を思ったか、彼は一言呟いたかと思うと、マントの下から小さなナップザックを下ろし、中から紐にぶら下げられた天秤を取り出した。そこに、別の銀貨を取り出して乗せ、逆側にさっきの銀貨を一枚乗せて、その銀貨の方が重いということを示して見せる。

 何をやっているのだろうかと、思わずきょとんと眺めてしまったが……不意に、昔見た映画の1シーンが思い出された。銀貨の価値を重さで示して買い物をしているシーン……確か、いろんな国で作られた銀貨があって、銀貨事態の価値が揺らいでしまているとか……スズが多く使われている銀貨は価値が薄いとかで、基準となるコインと重さを比べて売買をしているとかいう……つまりは、同じ銀貨でも、価値のない銀貨と信頼の高い銀貨があるということだ。これは、ちょっと困った……元の世界と違って、似たような硬貨なのにその価値が一定じゃないだなんて……そんな面倒くさいものでの買い物って、どんんだけ大変なんだろう。っていうか、言葉がわからない以上、ぼったくられてもごまかされても、全くわかっらないじゃないか。

 思わずショックを覚えたが、そもそも言葉もわからないし、お店があるかもわからないこの状況で、何考えているんだ。右も左もわからないこの状況、先の心配をするよりも、どう考えたって現状打破の方が優先だろう。

 とりあえず、ここはいくつかの国が交流するような場所であり、私のような人間がいてもあまり気にされないような場所であり、なんでだかナイフ商人かなんかに間違われているようだ。そして、差し出したナイフの代わりに、ここではそれなりに信頼の高いらしい銀貨が五枚も手に入った。これは、僥倖ではないだろうか。

 改めて、彼にナイフを差し出すと、代りに銀貨が握らされ、取引完了といったところ。

 彼がナイフを持って虫の方へと向かうのを尻目に、私は、ここに来る元凶となった銀貨をこっそり取り出し、今、受け取った銀貨と見比べた。重さは、明らかに元凶コインの方が重く、大きさも一回り大きい。元凶コインは女性の横顔と文字だけで、もらった銀貨は葉っぱと一本棒……1単位とかそういうものなら、5とか10とかもあるのだろうか。もしかしたら、記念コインと通貨の違いとかそういうものだろうか。

 まぁ、見比べたところで何がわかるわけでもないとポケットに押し込んだところで、ぐきゅるるるるぅと、私のお腹が盛大な悲鳴を上げた。

財産:財布&携帯電話&鍵(元の世界のもの)/謎のコイン(帰るためのアイテムかもしれないので売れない)/ナイフ×3/銀貨×5

装備:帽子/Tシャツ/Gパン/スニーカー

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