戦うことをやめた時、人はニートへと昇華する。というわけではない。
「かっこいー……」
息を飲むように、ユミーカが感嘆の言葉を述べる。
マリ姉の体から溢れ出る赤い粒子状のオーラが、彼女の体に沿うよに宙を舞う。
その粒子はマリ姉の赤髪を優しく揺らし、対照的に澄んだ水色の目を美しく際立たせている。
この魔法は『龍憑依』だ。
『龍憑依』とは、その名の通り『龍』を自身の体に憑依させる事を意味する魔法だ。『龍』が憑依した生物は、文字通り驚異的な龍の力を得ることができる。
身体能力向上はもちろんの事、種々の龍の特殊能力さえ意のままになる。赤爆龍の場合だと爆炎を司る魔法を、詠唱なしで使用することができるらしい。
これだけ言うとメリットが尋常じゃない最強の魔法のように感じる。が、唯一、というか圧倒的なデメリットがある。
それはきわめて燃費が悪いこと。言ってしまえば『龍』を召喚し続けるようなものだから莫大な魔力を消費し続けてしまうのだ。
一般人の魔力なら召喚だけで己の魔力を使いきってしまい、まして持続なんて不可能だ。
そんな魔法を使用し、真の『龍人』となったマリ姉が、フワリと地面から足を浮かせ魔王の元へと突撃する。
溢れんばかりの赤い粒子が、マリ姉の飛行の軌跡を美しく彩る。
「勇者さまーー! 私が奴を抑えます! 後ろから援護してください!」
「な、なんだ貴様は!?」
いやほんとになんなんだろうね。マリ姉が魔王を狙う理由なんて砂粒一粒程もないからね。私怨も政治的理由も何もないから。
「よくも勇者様をいじめたな! 覚悟しなさい! ハァッ!」
『飛翔』のスピードもプラスされた恐ろしい威力の回し蹴りを繰り出すマリ姉。ローブの裾がはだけてきれいな太ももが見えているが、本人は全くお構いなしだ。
「くっ!」
両腕でマリ姉の蹴りを受け止める魔王。しかし、受け止めたその瞬間マリ姉の足が爆発する。
「何!?」
その爆風を受けて、後方へと弾き飛ばされる魔王。が、一瞬で体勢を立て直し、反撃の為地面を蹴りマリ姉の方へ走る。
「勇者の仲間か! 小癪な! 『魔神より溢れ出でん魔の波動よ……』」
魔王が掌を前にかざす。すると、そこからから闇の波動が放出され、大きなうねりを伴いつつマリ姉を襲う。
「甘いのよ!」
マリ姉が息を大きく吸い込んだと思うと、口からもの凄い量の火を吹く。その業火は魔王の波動とぶつかり、相殺される。
膨大な魔力がぶつかり合った衝撃波は、爆心地を中心として周りの地面を次々に吹き飛ばしていく。
「ユミーカ伏せろ!」
次の瞬間、熱と風が俺達を叩く。
あっという間に周りの地面ごと上空へと吹き上げられる。
やばいやばいやばい! この高さから落ちると、俺はともかくユミーカは大きなダメージを負ってしまう。
すがるようにマリ姉を見るが、果敢に魔王と肉弾戦を繰り広げており救援は期待できそうにない。
くそっ! マリ姉覚えてろよ。
次第に上昇が緩まり、自由落下へと移行する。
ユミーカは怖いのか、目を瞑り耳を塞ぎ、外界の情報を完全に遮断している。
この間の『飛翔』を思い出せ! 俺ならできる!
『赤爆龍よ……。お願いだからもう一度力を貸してください!!』
俺の持つありったけの魔力と、ついでに真心も込めて呪文を唱える。
するとそれに応えるように、マリ姉程ではないもののうっすらと赤いオーラが俺の体を纏う。
よしっ! これなら飛べる!
「ユミーカ! 俺につかまれ! おい! ユミーカ!? ユミーカさぁぁぁん!!」
固く目を瞑り、全力で耳を塞いでいる彼女には俺の声が届かないらしい。
とりあえずユミーカを掴む為、横向きに粒子を引っ張り移動する。
ていうか上下左右前後の方向にしか進めないんだけど、どうやってマリ姉はあんなに自由自在に飛んでいるんだ?
辛うじてユミーカを掴む。
「えっ!? リ、リック君!?」
「ユミーカそのままおとなしくしてろよ!」
かっこよくお姫様抱っこしようと思ったが、そんなにきれいにゆくはずもなく、お互いに抱き着くような姿勢のまま空を滑空していく。
「リック君!? そっちに行くと危ないよ!? マリーちゃんがいるからぁ!!」
「わかってるって! ちょっと待って!」
ユミーカを抱えたまま方向転換はとても神経を削る。しかも俺の雀の涙の魔力がいつ切れるかわからないから、それについても恐ろしい。
「向きは変わったけど落ちてるよ!? これ横滑りで落ちてるよ!?」
横向きにしか粒子を引っ張ってないから、当然落ちる。どんどん下向きの速度は増していき、それにつれ地面が大きくなる。
「きゃぁぁぁ! ぶつかるぅぅーー」
一気に上に飛ぶ力を加える。ギリギリの所で、地面との激突を回避する。が、下には落ちなくなっただけで今もなお、ものすごいスピードで横に飛んでいる。
「リック君止まって!? こんな低空飛行逆に怖いよ!」
「ぬぉぉぉぉ!」
こんどは後ろ向きに力を加え、減速する。ある程度スピードが落ちた所で、俺の粒子が突然霧散した。魔力切れだ。
それほどのスピードはないが、ユミーカを抱えつつ俺の背中から地面に着陸する。
「きゃっ!」
「いででででででっ!」
前回は顔面から着地したからそれよりははるかにましだが、痛いものは痛い。
そしてゆっくりと動きが止まる。着陸成功だ。ぎりぎりで。
「あいたたた。リック君ありがとう……。って……!」
顔を上げたらユミーカの顔が目と鼻の先にあった。ち、近い。
あ、よく見ると、目の下に小さなホクロがある。
そういえばユミーカの顔をこんなに近くで見るの初めてだな。
その整った顔立ちは、なにか小動物のようなかわいさを含んでおり、柔和そうな茶色の目には少し安心感が浮かんでいるような気がする。
「あ……、ご、ごめん! その……降りるから離して?」
「あ、ごめん!」
もう着陸しているのに、ずっとユミーカを抱きしめたままだった。
体の力を抜き、手を放す。
そして、ほんの一瞬目が合うと、ユミーカは少し頬を染めつつ申し訳なさそうに俺の上から降りた。
「大丈夫か? ケガはないか?」
「う、うん。ありがとう大丈夫……」
どうやらケガはないようだ。よかったよかった。
そういえば、マリ姉はどうなったんだ?
まぁ魔王には少しかわいそうだが、勇者とマリ姉のタッグに勝てる人なんてこの世にいないだろうから大丈夫だろう。
顔をあげて向こうの様子を確認する。
すると、そこには苦しそうに膝をつくマリ姉と勇者の姿があった。
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