新版 映画館での没ネタ
メモを見返していたら、エピソードまるまる落としていたでござる。
……でも、このバージョンの茉莉花はかなりこまっしゃくれているんで、没ネタで問題なかったかもね。最新版の亜理朱が茉莉花と離れるのも無さそうだし。
スクリーンの中で、西の男、血に染まった唐草模様の羽織の男が哄笑を上げていた。死体の山の中で、いつ途切れるともなく。
スクリーンを前に、居並ぶ観客達がさもおかしそうに笑っていた。解説者が腹を抱えるそのままに、こんな楽しいことはないと言うように。
体の中を、ギュッと掴まれたような感じがした。
どんなに強く耳を押さえても、骨格を伝わって笑い声が頭の中から離れない。手を掴まれる。振り解く。腕を強く掴まれる。身体ごと力の限り振り解く。振り解こうとして、必死に亜理朱の腕にしがみつく茉莉花の姿がその目に入る。
「ごめ……ごめん、茉莉花……。……っ」
耳を押さえる手を弛めると、破鐘のように嗤い声が木霊する。
額を椅子に打ち当てる勢いで、再び頭を抱えて縮こまった。茉莉花がそんな亜理朱をぎゅっと引き寄せて、おなかの下に抱え込んだ。
「お客様?」
覗き込む映画館の女性監視員に気が付いて、茉莉花はしおらしい様子で、
「ごめんなさい、連れが具合を悪くして……。外で休ませて貰って構いません?」
いくら耳を押さえても聞こえてくる音の洪水の中、亜理朱も茉莉花のその言葉を聞いていた。ついこの間のドラマで聞いたことのある言葉だ。こんなに機転が利いたんだと半ば驚いて、後は手を引かれるまま上映室外のロビーに転び出た。
きっかり十秒間荒い息をついて、そしてぐっと歯を食いしばって、脱力したように大きく息をついて、情け無いながらも無理矢理笑顔を浮かべて茉莉花を見上げた。
茉莉花は指定席チケットを取るぐらいに、この映画を楽しみにしていたのだ。
「ごめん。もう、落ち着いたから、…………茉莉花は映画、見てて」
「でも、亜理朱……」
「ちゃんとハッピーエンドになるのか、代わりに見てて。私は、ごめん、怖くてちょっと見れない……。後でちゃんと教えてね」
「……うん」
茉莉花は心配そうに振り返りつつ、上映室の扉の中に消えていった。
「…………うん、茉莉花、ごめんね。……ありがとう」
茉莉花が消えた影に向かって呟く。
炸裂する爆音……壁を穿つ銃弾の雨……立ち込める硝煙の厚い雲…………。
飛び散る血飛沫は透明なオイルにだったけれど、それが生命の滴ということには変わりがない。崩れ落ちるように倒れていく人影は、亜理朱の大好きな家族のものに変わりない。
理不尽に人が死んでいくのは、とても怖い。思い出したくない悪夢が呼び覚まされるようで動けない。
「亜理朱っ!!」
現実の声に意識が引き戻された。驚愕を顕わにした青年の声だった。
ロビーと一続きになっている廊下の向こうに、金縛りにあったように立ちつくす人がいた。
その顔立ちに、昔――五年前の卒業式。中学三年生の……――精一杯の気持ちを込めて亜理朱に告白した少年の面影を認め、亜理朱は青年に微笑んだ。
「……お久しぶり、大助君」
青年の息を呑む声がここまで聞こえてくる。
「びっくりした? ……びっくりしたよね。私、また中学生やってるの。中学三年生なんだよ……?」
青年は、口を開けて、閉じる。
「ごめんね。ばれちゃったね。私、みんなとは違うから、大助君に応えてあげることは出来なかったの。私も、大助君が立派になっちゃっててびっくりしたよ」
この子のことを憶えているのは、その告白が余りに唐突だったから、それが装われた現実ではなく本心からのものなんだと少し感動したからだ。
でも、遅すぎた。卒業式の日に告白されても、高校に行かない亜理朱には何もしてあげることは出来ない。
「友達が出来たんだよ。自分の言葉で私とお話ししてくれる、本当の友達。ごめんね。私、みんながそう言う風にお喋り出来るなんて知らなかったんだ」
ナインと会って、亜理朱が普通にお喋りしようとするようになって、茉莉花という友達が出来た。それまでは本当に限られた人としか、亜理朱も自分の言葉を話そうとはしなかった。
学校の先生みたいに、大勢のクラスメイトのように、機転を利かせた茉莉花のように……。
だから、この子が今喋れなくても仕方がない。仕方がないのだ。
亜理朱は何とも言えない微笑を浮かべたまま、しかし今度は芝居じみた振りを付けながら、また初めと同じ言葉を口にした。
「まぁ、お久しぶりね、大助君」
そして少し付け加える。
「こんなところで会うなんて本当に奇遇ね。元気にしていた?」
青年はほっと安心したように、亜理朱の問いに答える言葉を口にする。
「ああ。懐かしいな。本当に」
その後二人は決められた言葉を語り合い、決められた表情で驚き、決められた別れの言葉を述べ、固い握手を交わして、……でもその後亜理朱がその場を立ち去らないでいたら、僅かばかりの動揺を残しながら青年は上映室の中へと入っていった。
茉莉花とももうすぐ別れのときが来る。高校生になった茉莉花と街の中で出会ったら、どんな顔をしてあえばいいのだろう。
考えないようにしていたけれど、その時は確実にすぐ近くまで来ている。
じつは、亜理朱は自分では気が付いていませんが、街の住人のかなりの人数が亜理朱のことを知っていたりします。
学校の入学案内とか、いろんなところで亜理朱は考え過ぎてたりするんですが、そこは中盤以降に書ければいいかなーと。
鬱小説は、書くのに気合いがいるから、なかなか書き進みませんですみませぬ。