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第一章 In a Movie Theater

 ALICEの過去新人賞投稿版です。

 旧版は、ページ数が全然足りなくて、苦労したのですが、改訂版は逆に膨らませすぎて勢い他が失速中。上手くいかない物です。

 途中の展開は別物になっていますが、興味がありましたら……。


 改訂版はこちら。

http://ncode.syosetu.com/n1488bm/

 キーンコーンカーンコーン――

 終業の鐘が鳴る。中学一年生で最後の鐘が。

「起立」の声と共にみんなが立ち上がり、「礼」で一斉に頭を下げる。

 教室から出ていく先生。騒めき始める教室。

亜理朱(ありす)! ぼんやりしてないで、行こ!」

 肩を叩かれて、亜理朱は振り返った。視線の先で跳ねる、垂らした二つの金の三つ編み。丸く見開かれた茶色の目が、明るい輝きを宿して亜理朱を見ていた。

「行こうって……何処に?」

「何言ってるのよ、早く!」

「え……?」

 亜理朱の反応は鈍い。黒髪碧眼の少女。手首の黒いリストバンドが、スポーツ少女のイメージを強くする。しかしその時、亜理朱の頭の中では、終わったばかりの終業式の余韻が響いていた。

“――西暦二千年頃から本格的に無機型アンドロイドが、初めは玩具として、次に精巧なマスタースレーブとして危険作業域に用いられ、後に企業にも取り入れられ、やがては家事手伝いなどの形で一般家庭にも入ってくることになりました。今から約千五百年程前のことです。これらの無機型アンドロイドは大きく二つの仕様に分けられ、一つはマスタースレーブとしての用途を大きく見た作業用、もう一つが知性を備えたコミュニケーションロボットとしての……”

(そうか。千五百年も前のことなんだ)

 他の子達にはただ長いだけの校長の挨拶だったかも知れないが、亜理朱にとっては胸をわくわくさせる事実がふんだんに織り込まれたその挨拶。再び思い返して、亜理朱はうっとりと溜め息をつく。

「亜理朱? 聞いてる?」

「あっ、ごめん!」

「ごめんじゃないわよ! 早くしないと二時の開幕に間に合わないんだから!」

「そうか。映画、今日からだっけ?」

「は・や・くっ<」

 亜理朱の通う学校は、明日から春休みになる。もっとも、すぐ横で睨みを利かせている友人の茉莉花(まりか)にとっては、今からが春休みらしい。しきりに急かしては手を引っ張る彼女には、亜理朱は苦笑を浮かべて首を傾げるばかりだった。

 とは言え、「そんなに行きたいのなら一人で行けばいいじゃない」なんて台詞が、亜理朱の口から出てくることは絶対に有り得ない。

「他の子は?」

「いいの!」

 このやり取りが二人の関係を象徴している。

 教室に残る持ち物は、先日の内にほとんど全て引き払ってある。亜理朱は残る小物を手早く鞄に詰めながら、呆れ顔で隣に立つ茉莉花を見遣った。

「そんなに私がいい?」

 一瞬ぐっと詰まり仰け反った茉莉花は、顔を赤らめそっぽを向きながら呟く。

「亜理朱は意地悪だ」

「どうして?」

「いつも予想出来ない言葉で私を惑わす。ここは、うん、一緒に行こう、って言う場面じゃないの?」

「そんなの、誰も決めたりしてないよ」

 誰も決めたりはしてない。それは、亜理朱の信念だった。

「ううん、決まってる」

 でも、茉莉花は恨めしそうに見上げている。そして他の誰かに聞いても、同じような反応が返ってくるのだろう。

 そのことを明らかにしているのが、これから見に行こうとする映画やメディアの情報だ。

 でも、亜理朱にはそんな恨み言を口には出来ない。口にしたところで、理解してくれる人はもういなかった。

「ほら、行こうか」

 亜理朱は机の中を覗き込んで、忘れ物がないことを確かめると、茉莉花に手を伸ばした。途端に茉莉花の顔がぱっと明るくなる。

 手を握り返す茉莉花に向かって、亜理朱は忘れ物はないかと確かめる。学年が変わればこの教室には別の子供達が入るのだから、忘れ物を残しておくわけにはいかない。

 大丈夫だと返事する茉莉花と共に、亜理朱は教室の前の廊下を抜けて、下駄箱で靴を履き替え、上履きも手持ちの袋の中に放り込んで明るい光の下に走り出た。

 今日はいい天気だ。誰かがきちんと油を差しているのだろう。校庭に生える木々も、軽やかに風に騒めいている。雲一つない青空。亜理朱は念入りにマフラーを首に巻く茉莉花を、白い息を吐きながら待った。

「今日の映画はね、『東市松男一本(ひがしいちまつおとこいっぽん)』って任侠物なんだって。任侠って何か知ってる?」

 マフラーを巻き終え、手袋をはめて、小走りに先を急ぐ茉莉花の問いに、亜理朱は簡潔に答える。

「――お控えなすって」

「……は?」

「マフィアとかギャングの一種かな? 暴力的で実力主義の反社会的な人間の集まり。でも、力に憧れる人には魅力的に映るのかも」

「格好いいの?」

「全然。格好いいんじゃなくて、格好つけてるだけね。当の本人達は格好いいつもりなのかも知れないけれど、端から見れば迷惑千万。実際彼らがいた頃も世間からは嫌われ者だったらしいし。――真似はしない方がいいよ」

 亜理朱は、自分勝手な正義を振りかざす人が許せない。でも、自分勝手でない正義があるのかと言われれば、それもわからない。正義という言葉そのものが自分勝手なものなんだろうと亜理朱は納得する。

「ふ~ん。何だ、そうなんだ。あ~あ、残念。つい最近発掘された本物のフィルム映画だって聞いてたから、すっごい期待していたのになぁ」

「いいんじゃないの? 映画なんて、日常とは違う冒険だとかそういったものを楽しみたくて見るものなんだから。普通の人が波瀾万丈大スペクタルな冒険に行き会うことなんて稀なんだし、映画からそういったものを学び取ろうなんて無理よ」

「期待外れかぁ……」

「さぁ? まだ見てないから、映画としては面白いかも知れないし。でも……ちゃんと見とかないと、学校が始まった時にみんなの話題についていけないのは確実かも」

 会話をするのに足を弛めていた二人の横を、同じ学校の制服を着た子供達の集団が駆け抜けていく。

 茉莉花が慌てて足を速めた。

「大変! ほら、亜理朱急いでっ!」

「慌てない慌てない。慌てたところで、茉莉花、映画館に着くまでにへたばっちゃうじゃない」

「亜理朱! おんぶ<」

「……馬鹿! ゆっくり行きましょ。ゆっくりゆっくり、映画館は逃げないんだから。慌てない、慌てない」

 マイペース。そう、マイ(自分の)ペースを忘れたら、自分の居場所もきっと見失ってしまう。焦ってはいけない。冷静さをなくしてはいけない。自分を見失っては、大切なものまで知らないうちに壊してしまう。

 それはとても怖ろしいこと。

 この街の名前はフジ。でも、この街に住んでいてその響きを耳にすることは極めて稀だ。外との交流がほとんどない街の人相手には、ただ“街”で充分通じる。

 台形の短い辺に円がくっついたような、そんな鍵穴か前方後円墳のような形。台形の長い方の辺はシャトルのレールと接している。飛行機のようなフォルムのレール上を走る乗り物がシャトル。そのシャトルの駅がある台形部分は“駅前”と呼ばれている。

 対して円形部分の中心付近は“中央”。駅前から見ると中央は東側だ。外周に行くに従って居住区が広がり、放射状に大通りが延びている。人口二万人の大きな街。

 映画館は駅の近く。学校のある北の居住区からは随分と離れていた。でも、多くの子供達にはこの道も通い慣れた道だろう。映画を見ることは、学校からも推奨されている。映画館そのものも自治体の手によって運営されていて、鑑賞にはほとんどお金がいらない。それもあって、駅前の優に十を超える映画館は、連日超満員の人出となる。おかげで駅前に行くのにも、自転車で行くのは禁止されてしまうぐらいだ。

(茉莉花、体弱いのに……)

 体が弱いのは茉莉花に限ったことではなかったが、自身の体の弱さを自認せずにすぐ無茶をする茉莉花が亜理朱には心配だった。転んで怪我でもすれば、その痕は一生残ってしまうだろう。寿命が削られることもあるかも知れないのだ。

「で、結局私がおんぶするわけか」

「ごめんねぇ、亜理朱」

「私だって、ストレスが限界を超えたら、壊れちゃうかも知れないのよ」

 そして、壊れたり怪我をしたりしたところで、亜理朱を治せる病院はここにはないのだ。

 でも、それでもきっと亜理朱の方が茉莉花よりずっと寿命が長い。学校でただ一人の、本当の友達。亜理朱には茉莉花が愛しかった。

「ふ~ん? でも、亜理朱って力持ちよね」

「……私は、キカクが違うから」

 亜理朱は小さく呟いた。


「うわぁ……凄い人数(ひとかず)

 感嘆と失望の混じった声で茉莉花が呟く。

 駅前は、既に人波に埋もれていた。

「『東市松男』って、そんなに評判になってたの?」

 亜理朱も半ば呆然としながら駅前の喧噪を見回した。

 道すがら覗いてきた映画館のどれもが超満員。その上幾つもある鑑賞室の内の複数で『東市松男一本』が上映されているなんていうことも、かつてないことだ。一体この街の何処にこれだけの人がいたのだろうという有様。おそらく、街の九割以上の人が出張ってきているのに違いない。

 見渡す限り、人、人、人。様々な色の頭髪があちらへこちらへ蠢いている。ふと歩道の脇の手摺から下の街を見下ろしてみれば、なんとそこも人に埋もれていた。地下街と呼ぶにはかなりスカスカに空が見える下の街は、通称高架下と呼ばれている。週末のジャンク屋など普段人が見向きもしない雑多な店の集まるその区画も、溢れた人々を収めきるには至っていない。人混みに押された人々が騒動を巻き起こしたのか、絶えず罵声が響いていた。

 車道にまで人が溢れているような映画館は端から駄目だ。今日最後の上映まで待っても中に入ることすらとても出来ない。初めて上映される映画になると、二度目の上映、三度目の上映と居座り続ける客がほとんどなのだ。だからこそ狙い目は朝一番の上映か、昼の清掃直後の上映、つまり二時からの上映になるのだが、走って何とか二時に映画館に間に合うなんていうのでは、とても無理。既に並んでいる人で溢れている。

「これは、ちょっと無理なんじゃない、茉莉花」

 言った亜理朱に、背中の茉莉花はグッと腕を突き出した。その手に握られた二枚のチケット。

「! 指定席チケット< ――信じらんない」

「早く!」

「やるな、茉莉花。……パロパロキネマか、駅の向こうね」

 一度繁華街から横に逸れて、脇道から駅向こうに渡った。埋め尽くす人の中を歩いていては、とても時間までに辿り着けない。

 着いた映画館で、並ぶ人々を横目にエレベーターで上の階へ。時刻は一時四十五分。まだ十五分ある。

 茉莉花が二人分のチケットを渡すと、係員のお姉さんが半券を千切って渡してくれる。一緒に渡されたのは、プラスチックで出来たカード型の鍵。

 昼ご飯を食べずに来た分だけ、茉莉花が若干つらそうだった。亜理朱は売店でポップコーンとどろどろのミルドリンクを買って、茉莉花に手渡す。ポップコーンから仄かに香るこうばしい香り。

「やっぱり、映画館ならポップコーンよね」

 亜理朱は、何も言わずにただにっこりと微笑んだ。

 鑑賞室に入る扉を開ける。むあっとした熱気が流れ出す。すぐ目の前にも立ち並ぶ、人、人、人。

「おお~。本当に、立ち見だ」

「やった、思った通り立ち見だ」

 ほとんど同時に、似たような言葉が二人の口から流れ出た。

 映画館が幾つも建ち並ぶこの街では、立ち見という概念は知っていても、実際に立ち見となるようなことはほとんどない。

「やるな、茉莉花」

 再び茉莉花を褒め讃えると、茉莉花はうふふと笑いつつ、弾む足取りで歩き始める。ぎっしり埋まった席の内、穴のように開いた二つの席へと茉莉花は歩く。それに続いた亜理朱は、茉莉花から渡されたプラスチックの鍵で座席の封印を外し、そしてそこに座った。

 指定席にはバーが渡されてあって、この鍵なしでは座れなくなっているのだ。

「私、絶対にこの映画は見たかったから、指定席とっててよかった」

「それにしても、よく立ち見になるなんて予想出来たね」

「ほら、二年前に『アリアドネの糸車』が見つかった時も、凄い人出になったでしょ」

「そうだっけ?」

「そうだっけって……亜理朱、『アリアドネの糸車』見てないの?」

「見た。見た――けど……」

 亜理朱は茉莉花の耳元に口を寄せた。

(私が見たのは、二年前よりずっと前だから)

(嘘! 何処で?)

(……中央図書館、地下資料室のさらに奥、地下データバンク)

(何それ? 図書館にそんなところがあるの?)

(残念ながら、今は見れないよ。ほら、無機機械は悪だとか言って、何年も前に火を落とされちゃってるから……。この映画だって機械のおかげで見れるのにね)

(ロボット追放運動か。ほんと、何考えてそんなことするんだろうね)

(…………本当に、何でなんだろうね)

 開幕十分前、予告編が流れ始める。会場の騒めきも次第にしんと静まりかえる。

 予告編に流れるのは、戦場を舞台にしたコメディー映画らしきものと、男と女のメロドラマという感じの映画だ。その二つを同列に並べ、なおかつ戦争をネタにコメディーにしてしまうという神経が、亜理朱には理解しがたかった。人間がこんな生き物だったから、今でもテロだ何だと争いが絶えないんだと、理不尽な憤りまで込み上げてくる。

 人間がこんなんでなかったら、父様達だって……。

(ねぇねぇ、それじゃ、亜理朱はこの映画も見たことあるの?)

 夢想は茉莉花の問いに打ち破られた。

(ううん。きっとこれはフィルム映画だから、データバンクにも入ってなかったのね)

 『アリアドネの糸車』は、コンピュータ映像もふんだんに使用した現代版ギリシャ神話というものだった。配給もフィルムではなく、デジタルディスクか何かで行われていたに違いない。

 茉莉花は(よかった)と、満足したようにうなずく。

 可愛い妹のような友人茉莉花。亜理朱が彼女と出会ったのは、亜理朱にとって四回目の中学校の入学式でのことだ。

 朝、通い慣れた教室に集合した亜理朱は、まだ来ていない子がいると聞いて、既に顔見知りの先生にその子の写真を見せてもらっていた。

 体育館の前で入場行進を待っていた子供達。列の最後尾に立っていた亜理朱は、走ってきた女の子が息を切らして立っているのに気がつく。

 泣きそうな程に顔を強張らせて困惑していたその少女。見せてもらった写真の子。

 先生達は、子供達を監督するために列の前の方にいて、誰もその少女に気がついていなかった。

『茉莉花ちゃん?』

 首を傾げて問う亜理朱に、走って飛び込んできた茉莉花の顔。二人の関係はそれからだ。

『う~ん、この背の高さなら、美也ちゃんの前かな?』

 背の高さ順に並んだ列の真ん中あたりに連れて行ったその足で、先生に茉莉花が来たことを伝えた。

 列の後ろに戻っても、茉莉花はちらちらと感謝を込めた眼差しで、亜理朱に振り返っては手を振っていた。

 情の深さはまるで飼い主を見つけた子犬のようとも思う。

 勿論亜理朱は子犬なんて見たことはない。だが、映画など記録映像の中に見る子犬の姿そのものに亜理朱には見えた。

 学校にいるのは表面ばかりは友達のようでも、実際には何を考えているのかわからない他の子供達。亜理朱にとっても茉莉花の存在は嬉しかった。

 生みだされてから十六年。やっと出会えた本当の友達だったのである。

(ほら、始まるよ)

 耳元で囁く茉莉花の声。

(うん)

 亜理朱は小さくうなずく。

 友達と一緒に見る映画は、それだけで何処かわくわくするものだった。


 荒れる海を背景に、配給元の会社の名前がばんと出た後、東洋の街並みで厳つい顔した男達がうろつく邸宅を舞台に、『東市松男一本』と映画の題名が流れる。その題名を踏み越えるようにして磨き上げられた廊下を歩いていく着物姿の姐さん。

 西と東に分かれて抗争を続ける八九三(やくざ)達。常に生き残ってきた東市松の鉄砲玉の男。

 だが、信じていた友は、敵の密偵だった。

『せめてあっしのこの手で!』

 飛び出していく東市松の男。

 物語は東市松と西市松の最終戦争へと雪崩れ込み、死屍累々たる街角で、最後に生き残った東市松の男も息を引き取る。

『そんなに悪い人生じゃあ、なかったぜ』

 ――完。

「――ふぅ」

 怒濤のごときラストの展開に、亜理朱は詰めていた息を吐き出した。

「ね、亜理朱どうだった?」

「……結構面白かった。思ったよりは」

「そう? 亜理朱、真っ青な顔してたけど?」

「…………そう?」

 亜理朱は、まだ残っていたポップコーンを口に頬張る。味のないポップコーンは、まるで紙のようだ。でも、栄養面だけはミルドリンクにも劣らない。

「面白い……か。亜理朱はそんなこと考えながら見てるんだ」

「茉莉花は違うの?」

「私は……新しい身振りや台詞を憶えるのに忙しくて、そんな余裕なかったなぁ」

「……今日の映画に、真似していいようなものはほとんどなかったよ」

「そうなの?」

「まだ価値があるのは堅気衆に手は出すなってところぐらいかな? 街ん中で抗争を続けること自体が迷惑なことなんだけどね」

「……ふ~ん。映画を楽しむかぁ。考えたことなかったな」

「……」

「だって、映画って人間の生活を学ぶためにあるんでしょ? だから、学校でも見ることを勧めてるんだし」

「……実際に映画が作られていた頃は、そんなことを考えてみる人はいなかったのよ」

「そうかな?」

「……うん」

 亜理朱と茉莉花は、そのままもう一度『東市松男一本』を見た後、連れ立ってその鑑賞室を出た。係員にプラスチックの鍵を返し、二人はまた別の、今度はガラガラに空いている鑑賞室で二本見た。

 洋館を舞台にした甦る死者の恐怖の話。

 それと、愛する恋人と別れ、組織との泥沼の戦いに身を投じる男の話。

「よかったー。私も早く恋人を作って、そして酷い言葉で捨てられなくちゃ」

「そして優しげに近づいてくる他の男に身を許すのね」

「そう」

「……本気で言ってる? あの男の人も恋人のことを第一に考えて、危険な目に遭わせないようにわざと酷い言葉で身をひいたのよ。あの女の人もじっと信じて待つか、男の人を無茶をしてでも追い掛けた方が、ずっと素敵な恋になったんじゃない? 映画の中でも、結局体を許した男は組織の人間で、男も女も悲劇のど真ん中に沈んでいってしまったじゃない」

「……亜理朱はいつもそうね。解釈者のおじさんを無視して変なところで笑うし、変なところで泣くし。私、隣にいてすっごく恥ずかしかったわ」

「何処で泣いて、何処で笑うかなんて、他人に教えてもらうものじゃないわよ。あんな隅っこで大袈裟に騒いでいるおじさんなんて関係ない」

「違うわ。何処で泣いて何処で笑うかを知るために映画を見るのよ。そのために解釈者のおじさんもいるんだから」

「…………違うわ」

 亜理朱は溜め息をつく。

 解釈者とは、映画館のスクリーン横で解釈台に座っている人のことだ。大袈裟な身振り手振りを交えて笑うべきところ、泣くべきところを示してくれる。映画館の格は、この解釈者によって決まると言っても過言ではない。

 映画館によって独自の解釈をしてそれを売りにしているところもあるが、多くの場合は共通の解釈というものが決まっている。通の人は特殊な映画館で解釈の違いを楽しむということもするが、ほとんどの人は無難に共通の解釈で済ませるのだろう。

 映画だけではなく、テレビで流れる映像にも何らかの解釈を伴うことが多い。バックに流れる笑い声、あるいは隅の一角で泣き笑いする解釈者の姿。

 亜理朱にとって納得出来ない解釈者の姿。

 多くの場合、彼らは映像中の人物が泣いていれば泣き、笑っていれば笑う。

 だが、明かりのついていない部屋の中で、死んだはずの子供がケタケタと笑っているシーンは、少なくとも会場一体になって爆笑する場面ではない。それでは次の女性が絶叫しているシーンが説明つかない。

 また、にやにや笑いながらジョークをかますシーンばかりが面白いわけではないだろう。真面目な態度でおかしなことをしでかすから面白いのだ。

 でも、そんなことは他の誰に言っても通じない。きっと学校が始まれば、電気を消した教室のここそこで、頭から血糊を被った子供達がケタケタと笑うのだ。そしてそれを見た他の子供達が、「何それ」と指差しながら笑うのだ。

 あるいは本当に屋上から飛び降りる。刃物を持って級友に襲いかかる。そうして学校からいなくなった子供達は二度と戻ってくることはないのに、それを見ていた子供達は「凄い、本物の映画みたいだった」と声を揃えて憧れの眼差しを投げ掛ける。

 ここはまるで狂った牢獄の中のようだと亜理朱は思う。しかし、他のみんなが狂っていて、まともなのが自分一人なのだとしたら、狂っているのは自分の方なのだろうとも思う。

「ね、茉莉花。茉莉花が私と一緒にいるのは、友達は一緒にいるものだと思っているからなの? それとも、はっきりした理由なんかなくて、ただ私と離れたくないからなの? どっち?」

 茉莉花から答えが返ってくるまで約十秒。

「それは勿論、友達だからよ」

 約十秒の迷いを信じたかった。

「じゃあ、茉莉花は私が友達じゃないって言えば、もう私には近寄りたくもなくなるのね」

 今度は返事が返ってこない。

 怯えを含んで不安げに見上げてくる茉莉花。その表情がいじらしい。

 演技ではないと信じたい。

「ごめん、冗談。私と茉莉花は親友よ」

 茉莉花はきゅっとしがみついてくる。

 茉莉花は中学一年生。でも、本当は六歳にもなっていない。

(私がきっと守るから)

 亜理朱は心の中で呟いた。


 人類が滅びたのが正確にいつのことなのかはっきりとはしていない。それでも、西暦三千年になる頃には、誰一人として生き残ってはいなかっただろう。

 犬、猫、鳥――あらゆる獣、生き物を道連れにして、人類はこの地上から滅び去った。

 もっとも、最後の手を下したのは人類ではない。既に地下シェルターでの生活を余儀なくされていた人類に替わり、地上の業務を代行していたアンドロイドや各種機械知性群が、最後の大戦を引き起こしてしまった。

 彼らの至上命令は、人類の良き伴侶となること。

 主たる人類が実行するだろうことを、忠実に再現してみせた結果だった。

 それ以降、地上で動く者は、彼らアンドロイド達の他にはいない。その至上命令は、やはり人類の良き伴侶となることなのだろうか。

 人間に近づくことが、彼らの使命。

 人間の賢さも、優しさも、愚かさも。あくまで人間を模倣することが彼らの喜びだった。

 ここはそんな街。そんなアンドロイド達の住む街だ。

 鬱展開をどうにかしようと思いながら、中々上手くいきません。

 旧版の方がいいとか言われたら……(どうしよう)


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