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千歳の魔導事務所  作者: こでみや
一章 猫騒動
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日常 全ミキが泣いた

 

「ぐすっ、ふっ、はぁ……ううう。くぅ、あー! だめだ思い出しちゃう! ちょっともうなんなのアレ! もうおかわりしてくる!」


 と、涙目ながらに席を立ってカウンターに向かうミキを見て私は優雅にアイスココアを口に含む。


 事務所でレオから所長の不在を聞いてから二日後。私は学校の友達であるミキと市外の、この辺りではだいぶ栄えてる街に遊びに来ていた。


『全米が泣いたあの映画がついに日本上陸!』と銘打った映画が丁度公開していたので、特に予定もなく、むしろぶらぶらすることが予定だった私達は軽いノリでその映画を観て、その後休憩がてらオサレな喫茶店で昼食中だった。


 アイスカフェオレを片手に帰ってきたミキは眉をひそめ口を紡いでなんともいえないような表情をしていた。そんな顔もかわいいなコイツ。


「もーこっちゃんなんでそんな平気そうなの? 私最後なんてもうほとんど画面見れなかったんだけどー」


「いや私もだいぶキてたけどさ、やっぱ映画って『作り物だ』っていう意識がどっかにあるからなんとか耐えれたよ」


「夢がないなぁ。人生損するよもう」


 ミキは楽しそうだもんな人生。ちなみにこっちゃんとはまぁ私の事だ。


 ミキとは中学校からの同級生で、彼女は比較的内向的な私とは対照的に、ミキは社交的な明るい性格で、始めて見た時から周囲に笑顔を振りまいて常にクラスの中心にいた太陽みたいな子だった。


 外見もかわいらしく流行にも敏感で、高校生になってからは髪を伸ばし始めて今では私と同じ腰くらいの長さになっていた。ただ色は明るく、毛先のほうがゆるくウェーブがかかっていたりする。


 今日はお互いポニーテールにまとめ、ミキは露出の多い服装も相まってすごく活動的に見えた。キャミソールにホットパンツとか私にはちょっと無理だ。


 流石に制服で街に繰り出すような私ではないが、カジュアルシャツとミニスカートの、制服のそれに近い地味めな服装の私とは一見ミキとは合わなそうではあったが、お互い中学生になってからの初めての友達であり、かつなぜか馬が合ったので以来の腐れ縁ではないが、まぁそんな感じだった。


 そんなミキからいつものように『遊ぼ!』とやたらカラフルに彩られた三文字足らずのメールが来たのは昨日の事だった。特にすることもなく、サイクリングの後遺症で軽く筋肉痛でもあったので結局家でごろごろしていた私は二つ返事で誘いに乗ったのだった。


「でも面白かったよね結果的には。うん、たまにはあーいうのもいいかな、なんかシリーズ物らしいから今度借りてみようかね」


 私がそう言うとミキは一瞬にして表情をいつもの太陽に変化させて身を乗り出した。


「ホント!? じゃあミキDVD持ってるから貸してあげる! あ、それか今日ウチ来て一緒に観る? ミキもなんだか前のやつまた観たくなっちゃった」


「うー。いや……しばらくはいいかな。さすがに私でもアレを連続で観るのはヘビーだよ」


 最後の方では周りから鼻をすする音が聞こえてきて、当然隣のミキもぐずぐずだった。途中からずっと私の手を握って時々その手に力が入るのが面白かった。


「そう? じゃーまた今度だねー。再来週から強化週間だから夏休みだったら最後の方になりそうだねー」


「強化週間? あの部活ってそんなのあるの?」


「失礼な! 今年は全国狙うんだから! 今作ってるのすごいんだよー、まだ肝心な所ができあがってないけどボディはもう超カッコイイの作ったんだから! 下手したらニュースとか載っちゃうかもよ!?」


 下手したらなの……?


 さっきまでぐずっていたのが嘘のように饒舌に語りだす。ミキは通称ガラクタ同好会、正式名称『電子工科学研究部』に所属していて、夏休みでも(暇な)数人が学校に集まり今は目下、秋の大きな大会に向けて作品を制作中なのだそうだ。


「こっちゃんは? 最近何してたの?」


「私? んー……バイトしてたかなー」


 あとサイクリングかなー。一応表向きは私は知り合いのお姉さんの事務所で事務のバイトをしていることになっている。流石に奇妙で魔法な怪しい事務所だということは秘密だが。


 あの自他共に認める胡散臭さはなかなか説明できたものでもないし、それに全くの嘘をついているわけでもない。ないが、ミキに対する後ろめたさに似た何かはある。


「ふうん……? でもせっかくの夏休みなんだからさ、もっと高校生らしいことしようよ高校生らしいこと! バイトもいいけど青春の夏だよ! あぁでもこっちゃん彼氏作るならまずミキに見せなきゃだめだよ!」


 なんでだよ。


 でも良かった。ミキもとりあえず元気そうで。


「こっちゃんかわいいからなー、もう今日はメガネかけないの? あれ萌えるんだけど」


「だから萌える言うな恥ずいだろ」


 あんまり言うから映画を観る前にメガネは外した。どうやら舞樫から三駅離れたこの辺りまでは例の被害はあまり及んでいないようで、魔力が無くなっている人はほとんど見受けられなかったので、今日はもういいかと。遊びに来てるわけだし。


 ミキはまぁ……無くなってたけど。


 流石の私も友達がそんな得体の知れないものの被害に遭っていると少々危機感を覚えるわけで、今日はその確認の意味合いもあったのだった。


 案の定の結果に多少落胆しそうになるが、仕方が無い。ミキに近況をそれとなく聞くとしよう。


「ミキの最近? 部活行くか遊んでるかだよ! 最近家にいることの方が少ないの。あー宿題もやんなきゃか。もー嫌な事思い出させないでよー」


 ぐはーっと、天井を仰いで少し大げさに溜息をつくミキ。コロコロと表情が変わって忙しい。


 私はまぁそんなところだろうと、なにせ被害者はもうほぼ舞樫市民全員だ、きっと誰にも気づかれないような方法をとっているはずなので有用な情報が聞き出せることはないだろうと、あまり期待はしていなかった。


「あ、でもそういえばね、部長が学校でなんか変な猫見たっていってた」


「変な猫?」


 思い出したようにミキは言う。なんだか最近猫に縁があるなぁ。


「そう、夏休みが始まってすぐくらいだったかな、夕方に部長が帰ろうとしたら行列作って歩いてたんだって。だから変な猫っていうか変な猫達、だね。あーミキも見たかったなぁ」


「猫が?」


 猫が。とミキは頷いた。


 変な猫もいるんだねーとミキはコップに残った氷をコロコロと口の中で転がしていた。


 しかし私はそこで思いついた事が一つあったのだった。


「マジで? ミキはその猫見なかったんだ? 良かったね見なくて……」


 私がちょっとだけ声のトーンを低くして言うとコロ……と、ミキが怪訝そうな顔をしてなんで? と首を傾げた。


「いや最近私の知り合いにもそんな感じの猫の行列見た人がいてね、その人が近づくと猫達には一目散に逃げられたらしいんだけど、その日以来、なぜか夢にまでその猫が出てくるようになっちゃったんだって」


 私は続ける。


「その人は猫好きだったし最初は気にも留めなかったんだけど、あんまりにも連日出るものだから二週間後、またその猫を見たところに行ってみたらしいんだ」


「うん……それで……?」


 食いついたな。


「いや結局その猫達は見つけられなかったんだ。でもそれでその日からもう夢には猫は出てこなかったんだって」


「良かったじゃん」


「でも次の日目が覚めた時に部屋の窓の外に猫が首だけで並んでてじっと見られてたんだってさ」


「ちょ」


 ミキの顔が引きつる。


「ちょっとやめてよー! 想像しちゃったじゃん! ていうかまた思い出しちゃったじゃん! 今日寝らんないじゃんもー!」


 私満足。


 当然作り話なわけだが。猫の行列だったら私も見てみたい。


 また涙目になったミキをあやしながら私達は店を出た。


「さて、次はどこ行く……? ん? 何まだ拗ねてんの? 半分は自業自得でしょー。ホラー苦手なのに怖いもの見たさで観るからー」


「……別に苦手じゃないもん。ちょっと今日のはレベルが高かっただけだもん……」


 流石は全米を泣かせた映画だ。クライマックスなんてリアル悲鳴がそこかしこから挙がってまさに阿鼻叫喚の地獄絵図のようだった。


 私はホラーはそれなりに耐性がある可愛げのない性格をしていたので平気だったが、感受性の高いミキは見てるこっちがかわいそうになるくらい怯えていたのだった。


 結局その後ミキの機嫌は『強化週間が終わったら泊まって一緒に全シリーズを観ること』と引き換えになんとか直ったようだ。


 ただ単に次に遊ぶ約束をしただけのようだがそれはお互いに言わずともわかっていることだろう。


 私達はそれから適当に遊んで、適当に喋って、適当に帰路に着いた。お互い自宅からの最寄り駅は舞樫駅だったが、ミキはそこからバス、私は徒歩なので駅で別れた。


 駅から自宅までの帰り道の途中、私は乙女チックに今日あった楽しい事や、今度起きる楽しい事に思いを馳せたりするのだった。一抹の不安を隅の方で抱えながら。


 

 

 ミキは結局、強化週間に参加することさえもなかったのだが、私がそれを知るのはもう少し後の話だ。

映画館でホラーってすごい恐い

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