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千歳の魔導事務所  作者: こでみや
一章 猫騒動
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探索 便利アイテム、便利主人公

 事務所に戻ったのは空のオレンジが暗く青みがかって来た頃だった。結局サイクリングは実行され、調査とはあまり関係の無い人気の無いところを遠回りで帰ってきたり、普段使われないような裏道を探索したりと、後半はもうほとんど探検しているようなものだった。とりあえず裏道で暑さで伸びていた野良猫達がかわいかったからそれだけでも寄り道した甲斐があったというものだ。


 私は事務所が入っているビルの一階にある駐輪スペースに自転車を止め、二階の事務所への階段を昇る。このビルは四階建てなのだが現在使われているフロアはうちの事務所のある二階だけで、一階、三階、四階は目下空き部屋、もとい空きフロアだった。


 なんでもこのビルのオーナーが所長の知り合いらしく、ビルの管理をするかわりに所長が格安で借り受けているのだそうだ。


「ただいま戻りましたー」


 扉を開け、そう入り口で言ってみるも返事は無く、しん、と事務所の中は静まり返っていた。誰もいないのかな? でも鍵は開いていたしそれは無いだろう。ああ、もしかしたら所長は奥の作業室にいるのかも知れない。そう思い作業室の扉を開けてみたが……そこにも人の気配は無かった。


 んん……? 念のために迂回して作業机の方も確認してみる。


 なぜ迂回するかというと、以前一応なんとかして足の踏み場くらいは確保しようと色々試行錯誤した結果、なぜかその作業室のド真ん中には他に行き場所の無いガラクタの山が積まれる事となり、入り口の方からは私の身長では部屋の奥にある作業机は見えないからだった。


 とにかく、迂回して作業机を見てみるがそこにはやはり誰の姿も無かった。もしかして本当に誰もいないのか? 


 所長に連絡を取ろうと携帯を手にした時――何か、事務所の方で動く気配がした……ような、気がした。


 即座に戻ろうとしていた作業室の入り口から事務所を見渡す……が、そこには静寂しかなく。そういえば事務所に入った後鍵を閉めていなかったことを頭の端で思い出していた。


 息を殺すようにして、視線を事務所の全体を一つ一つ確認するように移動させる……どこかで、蝉の鳴く声が聞こえてきていて、急に時間が止まったような錯覚をさせる。


 汗が頬を伝う。どうやらずいぶん前に空調を切っているようで、外よりも蒸し暑い。


 何秒そうしていただろうか…………。


 …………。


「ふむ、誰もいないなら仕方が無いなぁ」


 流石に少し疲れたので、警戒を解くと私は空調の電源を入れ、応接用のソファに座って一休みすることにした。


 ちょっと待ってみて所長も帰ってこなかったら携帯に連絡入れて帰ることにしよう。もし帰ってきたらとりあえず今日の報告をしてから帰ろう。報告すべき事柄を頭の中で整理する。そうだ、メモでも取っておこうか。うーん……やっぱいいや。ちょっと疲れちゃった、てへ。


 目を軽く閉じて一つ、深く息を吐く。結局のところ、私が自分の足で走り回ったところでなにもわからないのだ。一応やれることはやろうとは思うのだが、果たしてそれが正しいのか、意味のある事なのか。なんにせよ、まだ始まったばかりだ、あせることはない。


 それにまだ実害がでてるわけでもなし。だからこの件は所長や例の組織の人達に任せて私は夏休みを満喫しようではないか。なにもなければそれが一番だし。


 そんな、気楽な気持ちで涼しくなってゆく空気を感じながらソファの柔らかさに身を委ねたのだった。


 ――後ろから、影が一つ。忍び寄っていた。


 その影は私の座っているソファのすぐ後ろまで迫っていた。隔てるものはソファのみで、もう手を伸ばせば届くであろう位置まで来ていた。


 今までどこにいたのだろうか、私が入ってきたときにはすでにいたのか。それとも私が作業室に様子を見に行った隙に入ってきたのか。まぁおそらく前者だろう。


 先に動いたのは――私だった。右手を左の肩の後ろにすばやく回し、その影を掴む。


「う、おうっ」


 意外だったのか、そいつは驚いたような声をあげた。私は片手でそのまま体の前までそいつを持ってくる。


「なんだよう、気づいてたのかよう。せっかく驚かそうと思ったのによう」


「へへーん。誰の魔力で動かしてもらってると思ってるのさ。最近じゃ集中すれば気配くらいはわかるんだよ」


 軽くでこピン。後ろから近づいていたのは、レオだった。どうやら私を驚かそうと事務所に潜んでいたらしい。


「いたんなら返事してよー。途中で気がつかなかったら所長に連絡しちゃうところだったじゃん。で、所長はどこいったの? 鍵も開けっ放しでさ」


「千歳はしばらく帰ってこないぜ」


 レオは面倒くさそうに私の膝の上であぐらをかいて私に頭を撫でられながら答えた。


「野暮用でな。ちょっと遠い知り合いのところに行ってる。一週間くらいで帰ってくるってよ」


「えー聞いてないさー。せっかく早く調査してきたのにさ。それにもしその間になにかあったらどうするのさー」


 誠に遺憾である。それなら事前に言っておいてほしかった。


「知らねぇさー。まぁそんなわけだから、千歳が帰ってくるまでは待機って事で。ああそれと千歳から預かってるものがある」


 レオはそういうと所長の机まで軽快に跳んで行き引き出しを開けた。私も気になって近づく。


「なにこれ……鍵と、腕輪?」


 引き出しの中にあったのは変哲も無いシリンダー錠の鍵。それと……銀の小さなプレートを革紐でちぎれないようにいくつも繋げたような、腕輪というにはどちらかといえば手の込んだミサンガのような物。その二つだった。


「鍵はこの事務所の鍵だ、丁度いいから持っとけって。あとこれ、ほら、自分で取れ。そう、これ、これは寝るときと風呂のとき意外はなるべく着けとけって千歳が」


 少々派手だがまぁこれくらいなら女子として許容範囲だろう。


 手にとって良く見てみると銀のプレート一つ一つになにか細かく模様が刻まれているようだった。細微にわたり精巧にできていて少しだけ重い。


「ふうん。いいけどさ、なにこれ? お守りみたいなものなの?」


 レオに聞くとレオはあきれたように腕を組んだ。


「お守り……じゃあないな、むしろ全く逆のものだそれは」


 お守りの……逆……? つまりなんだ、邪悪を引き寄せるアイテム? 装備すると敵がいっぱい近づいてきて戦闘し放題! やったね! レベルがあがるよ! 的な?


 少し嫌な予感がした。まぁあの所長が単なるアクセサリーをくれるとは到底思えないわけであって。


「簡単にいうとだな。それを着けると魔力が無くなる」


 呪いのアイテムだった。


「なんでそんな物を……しかも着けろって……」


「まぁ聞け。千歳が言うには今回の被害はおそらく近いうちにこの舞樫市全域に及ぶかも知れないらしい。それに魔力奪われた後でなにされるかまだわかったもんじゃないしな。だから奪われる前に抑えてしまえ、つまりは偽装工作、ということだ」


「……諸刃だわー」


 それは本当に大丈夫なのだろうか。実に『気分』の悪くなりそうなアイテムじゃないか。


「いやいや割と上策だと思うぞ? それはあくまで魔力を体内に抑えるものだから心身には極力影響の出ないようになっているし、余分の魔力がある程度貯められるような機能付だ。似たようなものは割とあるが、この絶妙なバランス調整は流石に千歳だよ」


「あ、これ所長が作ったの?」


「ま、理論はな」


 レオは所長の机から飛び降りるとまたソファに向かって飛び乗った。


「そんなわけでしばらくは孤都もここに来ないだろ? だからそれ着ける前に充電してくれ充電。俺も色々動くつもりだから多めに頼みたいんだが」


 今やもう自然に会話したりしてしまっているが、レオは猫の人形で、しかしそれがこんな風に動いたり話したりしているのは魔法に依るもので、そしてその原動力となっているのは私の魔力、らしい。


 普通、魔力の質は人によって千差万別であり、足りないからといって他人に簡単に分け与えられるものではない。


 輸血の際の血液型のように、型が違うタイプの魔力だとむしろ毒になる。そして数種類の型に当てはまるほど単純なものでもなく、現在の人類で換算して一人につき世界で十人、適合する魔力があれば良いほうだという。


 しかし私の魔力というのは少し特殊らしく、私の持つこの魔力の特殊性を見出した所長が、私を事務所に誘った理由もそこにある。あの時は死ぬかと思った。


 とにかくそんな私の魔力はレオの原動力となることができるらしく、レオはたまに充電と称して私に魔力をせびるのだった。


 ソファに座り、レオを膝の上に乗せる。ちなみに魔力の分け方は一瞬でできるような効率の良いやり方もあるらしいのだが、私はまだコントロールができないのでこうして体を寄せることで少しずつ分ける方法しかなかったのだった。


 二人して(一人と一匹? 一体?)気の抜けた表情だったと思う。レオに関しては半分寝ているかのようだった。


「ふう……ということはあれだねー。私しばらくやることないのかなー」


「一応範囲調査することになってんだろー。また一週間くらい後に見てこいよ、きっと被害拡大してっから」


 だよねぇ……だったら今日の私の行動は本当にただ健康的に運動しただけじゃないの……。


「はぁ……なんだか余計に疲れた気がするわ……。あ、そうだレオ、ちょっと思ったんだけどさ」


 不意に思いついた事を口に出すことにした。レオは聞いているんだかないんだか、猫のように丸くなっていて反応が薄いが構わず続ける。


「今回魔力が無くなった人いるじゃん? その人にこんな感じに私の魔力分けてあげたらどうなるのかな。」


 一呼吸置いてから薄目を開け、これまた面倒くさそうにレオは答える。


「やーめとけ。さっきも言ったがまだ魔力無くした他になにされてるかわかんねぇんだから。でもま、それは別としてそいつの魔力云々に関わらず、お前の魔力分けたら大抵の人間は精神安定剤と多少の体力回復くらいにはなるだろうよ。でも今回はとりあえず軽率な事は控えることだな」


 そうですか。


 じゃあ本当に私のできることは少なそうだ。


 遠くの蝉の声と空調の音だけが聞こえる閉鎖された空間。心地よい疲労感と室温により瞼が重くなる。さぁ明日はなにをしようか、したいことはあるか、すべきことはあるか。まどろむ意識で何か考えようとしたが、脳が、それよりは性格というか心というか、とにかく私というもの自身が面倒くさがって考えることを拒否しているようだった。そういうことってあるよね。


 よし、あきらめた。


「ん……レオ、ちょっと寝るね。一時間くらいしたら起こして……」


「はあ? ふざけんな。自分で起きろよ」


 ……この毛玉モドキめ。私は仕方なく携帯のアラームを一時間…………と、三十分……うん、一時間半経ったら鳴るように設定し、欲望に身を委ねる事にした。




 そして結局二時間後に起きることになる私だったが、その体にはブランケットがかかっていて、そしてそこにレオの姿は無かったのだった。


 ……あの猫ツンデレか。

家に帰ったのは八時過ぎ

不良娘だ

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