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千歳の魔導事務所  作者: こでみや
一章 猫騒動
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探索 始動、ふんわりと

 事務所に戻った私達は各自のデスクに着いてそれぞれの作業をしていた。所長は作業室ではなく入り口から入って正面の、この事務所で一番大きな机で書類の整理をしているようだ。机の上には色とりどりのファイルが並べられていて、時折所長は私に書類の在り処を聞いてくる。


 主にこの事務所での私の仕事というのはこういった書類の整理整頓、庶務雑務。時折所長の怪しげな実験にも協力させられたりするが基本的にはそんな感じだった。


 私の専用の机というものも有り、それは所長の机からみて左手、丁度垂直の向きになるように小さく存在していた。ちなみに応接用ソファというのはその二つの机からの視線が丁度交差するような位置にある。


 私は今日はもう午前中に一通りの仕事(掃除だけど)は終えていたので、自分の机で英語の教科書の和訳なんかをしていた。


 特に事務所として急ぎの仕事もなく、かといって個人的な用事もないときの日常的な風景ではあった。


 しかしそんな日常も、そろそろ忙しくなってなくなってしまうのかな、という予感が私にはあったのだった。そしてそれは恐らく、所長にも。


「で、どうだったんだい収穫の程は?」


 まず言葉を発したのは私でも所長でもなく、私の机の上の隅っこで肩肘を突いて寝転んでいる、猫の顔をした北欧風の人形だった。動く猫人形、レオだ。


 私は所長を一瞥するが、所長は聞こえていないかのように書類の整理を進めている。レオも明らかにこっちを見て言っているので、私はノートに書き込む手を一旦止める。


「あんまり良くないっぽい。今日見た人の九割は魔力、無くなってたよ」


「九割ってまたすげぇ人数だな、そんだけの魔力集めて一体なにしようってんだろうなぁ?」


 レオが両腕を頭の後ろに組んで枕にするように仰向けに体勢を変えながら言う。


 九割というとこの舞樫市(まいかしし)の人口が約十一万人らしいので、大体十万人というところか。(もっと)も、被害者の集中している範囲も規模もわからないのでまだなんともいえないところなのだが。


「でもほっとけばいいじゃねぇか。どこのどいつが何をするかは知らねぇがそんな大規模な事しようとしてるんならいずれ連中が嗅ぎ付けて粛清にでもくるだろ。何もわざわざ突っ込んで危ない目に遭うのも馬鹿らしいじゃんか」


 それこそ尤もな意見だった。そして同じような事を私はアイスを食べた後、帰る途中に所長と話していた。所長はまだ書類とにらめっこしているので私が代わりにレオに答える。


「まずその『連中』がここに来るのを避けたいんだってさ。この件と関係が無くてもその人達の調査で私達がいるのがばれる可能性が少しでもあるなら、所長はその不安の芽を摘んでおきたいんだって」


「そーいうもんかね」


 くああ、と猫らしい、猫にしか見えないようなあくびをするレオ。聞いておいてどうやらあまり興味がないみたいに見える。


 連中、というのは私も良くは知らないが、どうも大規模で魔力の管理をしている機関の人間の事らしい。魔力というのは使い方次第では人間が滅ぶような恐ろしい事にも利用可能だという。だから悪用されることのないよう、管理する機関が実は世界中に存在しているとのことだった。


 優れた科学は魔法と変わらない、なんて誰かが言っていたけれど、なるほど科学が無秩序に悪用されることを考えたら、魔力も同じように管理されることにも納得がいくというものだ。


「でもさ、人数が増えてたのはともかく、魔力なくなってるのにみんな平気そうなのはなんでなんだろうね?」


 私が言うとレオの耳がぴくぴくと動く。この猫人形、大まかな仕草は人のそれのくせに耳やひげ、尻尾といった細かい部分は妙に作りこまれていたりして時々人形だということを忘れてしまう。


 動く時点で人形ではないというならばそこまでなんだけれども。一度猫じゃらしのおもちゃを持ってきたりしてみたが、全く興味を示してもらえなかった。時々不要になったそのおもちゃで私の首筋を撫でたりして逆に遊ばれる事になったわけだが今はそんな事どうでもいい、……すべからく。


「まだそんなに時間も経ってないんだろ? それに魔力ってのは放っておいても自然に回復していくもんなんだ、常に奪われ続けているならともかく、一回無くなった程度ならそんな大事には至らないんだよ」


「でも二週間前に視たときよりも確実に増えてるし、回復してるなら流石にある程度は私でも気づくと思うけど? このままもしこんな人数の人が一斉に異常をきたしたらそれこそ大事だよ、犯人にはそれでも構わないのかな?」


「だったらー、だからー。なおの事、大人しく静観してればいいんだよ。本当に干渉する気なのか、千歳?」


 所長は手を止めてようやくこちらを見た。デスクワーク用のメガネを外して一つため息をつく。体重のかかった椅子の背もたれがギシギシと音を立てた。


「んー、確かに関わらないでおいてもいいんだけどね、その方がリスクも少ないだろうし。ただ今回のこれはちょっと異常だと思う」


「異常……ですか」


 所長の表情は険しい。なにかに苛立っているようで、基本的に陽気な所長がそんな表情をするのは貴重だったので、私は思わず緊張してしまう。


「異常というか異端というか、あんまり根拠の無いことは信じたくないんだけど、嫌な予感っていうのかな、そーいうのがするんだよね……」


 言いながら天井を仰ぐ所長。私には異常も何もわからないのでとりあえずそうですか、と相槌をつくしかなかった。


「だからちょっとだけ今回は関わってみようと思う。あいつらに先を越されると今回はよろしくなさそうな気がするんだ」


「そうかい、まあここが嗅ぎ付けられるような事が無ければ俺は別にいいんだがな。くれぐれも慎重にな」


 さも他人事のようなセリフを口にするレオだが、そんな事を言うやつは大抵意にはそぐわない事を私は知っている。


 そのレオの言葉に少しだけ表情を柔らかくして所長は答える。


「何を言ってるんだレオ、お前も働いてもらうに決まっているだろう。お前がそうして止まることなく動いていられるのは一体誰のおかげだと思っている。それに私の予感は意外と当たるんだ、お前も知っているだろ? もし当たったらここも手放さなくっちゃならないんだぞ」


 言われてレオは眉をひそめて所長に猜疑のまなざしを向ける。


 その作りこまれた細部は手先足先尻尾先はおろか表情まで自由に動かすことができるようで、レオは意外と喜怒哀楽は激しかった。


「く……百歩譲っても魔力自体は孤都のものだがな。まあわかったよ、こんな身体でできることだったら協力するよ、なあ孤都」


 言って翠色の眼をこちらに向けるレオ。所長を見るとこちらを見て微笑んでいる。


「ま、できるだけやってみましょう。私にもできることがあれば」


 小さな好奇心が、私の表情や言葉ににじみ出ているのを、私は自覚していた。


 そしてこれが――私のこの人生で所長と過ごした、最期の日になったのだ。

ようやく話が動き出しそうです。

孤都→レオは基本タメ口です。仲良しです。

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