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千歳の魔導事務所  作者: こでみや
一章 猫騒動
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二人 困ったアイス

「困ったわねー」


「困りましたねえ」


 私達はとある大型ショッピングモールのベンチで、カップでアイスを食べながらそんな事をぼやいていた。


 高校生になって、最初の夏休みを無事迎えた私だったがこうして連日、普段通っている事務所に顔を出しては所長と行動を共にしている。


 所長は隣でカップのミントアイスを美味しそうに食べていた。


 その姿は名づけるならば『大学生モデルの休日INニューヨーク』といった感じで、ラフだが身体のラインが出るジーンズと白いTシャツ、それに赤みがかった長い髪を上の方でポニーテールにしていて、もう二十代もそろそろ後半に差し掛かろうとしているはずだったが私にはそうは見えなかった。


 ただしそんな格好は実は珍しく、今日は日曜日だからそんなラフな格好をしているらしい。いつもはパンツスーツスタイルでその姿はさながら敏腕キャリアウーマンのようなのだ。


 私はといえば、プリーツスカートとブラウスに加えベストからのネクタイ装備で完成する『変わり映えのしないセット』の制服姿だ。事務所に行くときはいつもこうしている。


 さて、では一体何が困ったということになるわけだが……。


「――あのカップルの男の方……あとあそこのスーツの女性。あ、珍しいですね、あの一家は全員です」


「ふんふん……なるほどね……オッケイ大体わかった。もういいよ」


 言われて私はメガネ(・・・)を外す。特に消耗したわけではないが、自分の中の区切りとして小さく一つ息を吐く。


「確実に増えてるねー、このペースだと後一週間もしないうちに根こそぎかも」


「そうなるとどうなるです?」


 社交辞令、ではないけども条件反射的に聞く。なので口調がちょっとおかしくなっていたがそんなことは日常茶飯事、所長も特に気にしないように続ける。


「まだわからないけど……まあ、よろしくないことは確かだね」


 カチリ、と所長は携帯を開いた。所長のケータイは今となっては少数派となってしまった二つ折りタイプだ。


 私のスマートフォンを見ると偶に『触らせてー』とせがんでくることもあるが、一向に所長は自身の携帯を代える気配は無い。何かガラケーに思い入れでもあるのだろうか?


 それに所長は収集癖がある。事務所の奥には作業室があり、そこには所狭しとガラクタが存在している。私がいくら整理してもいつのまにかに整理した分だけ綺麗に増えている気がするから厄介だ。


 やっぱり普通の人と比べるとちょっと変わったところがあるようだ――魔法使いというのは。


 そうだ、私達がわざわざ休日の人で溢れるこの大型ショッピングモールに出張ってきたのは何もアイスを食べに来たわけではない。


 行き交う人々を――その魔力の有無を調査しにきたのだった。


 私がかけていたメガネ、あれはレンズを通して見る事で『物体の持つエネルギー』を可視化することができる。


 言い方は多々あれど、私達の事務所ではそれを魔力と呼んでいたのだった。


 一般には魔法の存在は認知されていないが、人ならば実は誰しもその身体に魔力を宿している。


 事務所の――所長はその存在を知る数少ない人間だったのだ。


 しかし二週間ほど前だったか、私が夕方学校を終えて校門を出ると、「ちょっとお姉さんについておいで」とスーツ姿の所長に拉致られて駅前まで連れて来られた。


 その時にこの『視えるメガネ』という見た目は普通の銀縁メガネなのだが、しかしすさまじい胡散臭さを放つアイテムで夕方の駅前を行き交う人々を()させられたのだが……。


 最初視たときはそれはもう驚いた。行き交う人がみんな燃えてるのだ。


 炎の色はそれぞれ赤だったり青だったり黄色だったり……黒だったり二色のマーブル、なんてのもいた。


 その炎それぞれがその人の持つ魔力ということらしい。


 半信半疑で理解して、忙しく行き交う人々を片っ端から眺めていくが、そんな中ある人が私の目に留まる。


 初老というにはまだ早い、働き盛りのサラリーマンというような男性。身体つきも凄くガッチリとしているが――その人には他の周りの人間が纏っているような炎が無かった。


 その人を皮切りに一人また一人と、魔力を失っている人を見つけていく。その日は一時間ほど張ってみてその数延べ五十人、体感で約五パーセントほどの人が魔力を失っていた。


 そして今日。改めて視てみたわけだが、今回は(・・・)……大体五パーセントほどといったろころか。


 魔力を持っている人(・・・・・・・・・)が、それだけだった。


 魔法については私はよく知らないが、どうやらこの状況は異常事態ではあるらしかった。


「まあしょうがない。さ、帰るよ。え、なあに? まだ食べてるの?」


 私の疑問の声も挟む余地も無く所長は席を立つ。見るととっくにアイスを食べ終えていたようだ。


「いや……これは所長が……」


 このアイスは所長の奢りだった。なんでもキャンペーン中ということで、しかしそれはダブルサイズが普段のシングルサイズの値段で買える、だけどシングルの値段は変わらないというなにかがおかしいキャンペーンだった。


 だが日本人の性というか、そんな事をされたらダブルサイズを頼む以外はありえない。


 というわけで私はチョコチップとストロベリー、所長はミントとバニラを頼んだのだが、受け取って早々所長はバニラアイスを私のカップに引越しさせてきた。


 その時の所長の笑顔ったらない、小動物でも愛でるかのような顔だったので文句を言う気にもなれず、故に私は三種ものアイスクリームを食べなければならなかったのだった。


「仕方ないなあ、手伝ってあげるよ、ほら」


 と言ってこちらに口を開けてこちらを向く所長。ああ。この人もしかして最初からそれがしたかったのか。


 素直に二人で食べてる途中に言えばいいのにわざわざ断り辛いこのタイミング、流石だ。しょうがないのでストロベリーを一口分、スプーンで掬って口に入れてあげる。


「はい、あーん。美味しいですか? そうですか。あ、所長。知ってますかー」


 幸せそうな顔でをもごもごしながら携帯をいじる所長にそれとなく問いかける。


「ミントアイスの色素って、虫を磨り潰して作ってるらしいですよー」


 プチ仕返し。だけど。


「知ってるよ、ストロベリーの方が含有量は多いんだよね」


 それは知らなかった……一瞬手が止まり横目で所長を睨む。そしてこっちを見るすごい良い笑顔。


 いいもんね……今時そんなこと言ってたら何も食べられないもん。


 三種類均等にいい感じで溶け出して残っていたので、一気に口に流し込む。


「くっ……ん…………はいっ食べました、行きましょう」


 立ち上がって歩き出す。後ろから付いてくる所長の表情は呆れ顔でも楽しそうだった。


 ショッピングモールから外に出ると、うだる様な熱気が顔にかかる。ここから事務所までは大体二十分、徒歩での移動になる。


 所長がワンテンポ遅れて出てきた。爽やかに額に手を当て空なんか見上げてしまっている。


 この人とはまだ半年の付き合いも無いのだが、どうやら私の事は気に入ってくれているらしい、態度にも顕著にそれが現れている。


 そんな所長を私もまあ、好きだった。自由奔放に生きている姿に憧れているのかもしれない、付け上がるので絶対に言わないけど。


「さ、帰ろ!」


 そう微笑んで歩き出す所長。子供っぽいその仕草に少々突っ込みたくなるがそれは私の心に留めて置こう。


 さあ――今年も暑い夏がやってきた。

ミントアイス、美味しいですよね。

虫の件に関しては私はもう気にしません。

イチゴオレは確実に買わなくなりましたが。

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