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千歳の魔導事務所  作者: こでみや
一章 猫騒動
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序幕 彼の者の気まぐれか

「……さて、これでお前は一つ上の存在となった。生きたいように生き、したいことをしろ。何人足りともお前を止める権利は無い。私を呪うならそれもいい。この素晴らしく、反吐の出る世界で生き延びてそれから何を成そうがそれはお前の自由だ。だが願わくば、いつか力をつけて私の前にその姿を見せてくれることを願う」


 小雨の降る深夜の路地裏で、今にも死にそうだった仔猫にナニカをした人物は、その仔猫を見下ろし口元に微笑を浮かべながら言った。


 仔猫はべったりと身体の毛並みが汚れ、その人物の声が聞こえたのか聞こえていないのか、もしかしたらただ眠いだけなのかもしれない、俯いてその緑色の目を伏せて置物のように動かなかった。


 しかし実際はその仔猫はしっかりと、その言葉を聞いていた。


 ただその意味を理解するかどうかは猫次第だ、もうこの時点から選択は始まっているのだ。このまま何もせずに朽ち果てるも良いだろう、いや本来ならばそれが自然の摂理だった。


 しかし仔猫はまだ生きる、目的や理由なんかは知らない。しかし生かされた、という事実だけはしっかりと仔猫も理解していた。


 その人物は仔猫に一言呟いて去る。もう二度とその仔猫の前に姿を現すつもりは無い。


 一連の行為が気まぐれだったのか、それとも仔猫にナニカの可能性を見出した故の行動なのかはその人物にしかわからない。


 仔猫はまだ俯いている。俯いて、小雨で表面が少し溶けた地面を見つめている。


 仔猫は考える。考える力など、本当ならば生まれてそう長い時間の経っていないこの仔猫には宿っていない。


 しかし仔猫は考えられる。言うまでもない、その人物にナニカされたからに決まっていた。


 では何を考える? 自分が生かされた意味? 生きる理由? 世界について?


 そんな難しい事は考えない。だから仔猫はただ生きようと考えた。


 そこで仔猫は初めて顔をあげる。


 既にその人物の姿は無く、細い路地裏から見えるのは薄明るい道。こんな時間でも動く影はいくつか見えた。


 本能的に近づくことは躊躇われる。自身の何十倍もの動くモノなんて仔猫にとっては畏怖の対象でしかない。


 しかし仔猫はそこに向かって歩き出した。なにかあてがあるわけなんて、もちろんない。


 だけどこんな路地裏でじっとなんてしていたらそれこそそのまま無残にボロ雑巾のように死んでいくだけだ。


 本能的には行きたくないが、本能的には生きたかった。


 だから仔猫は前を向いて歩き出す。その人物が去り際に仔猫に呟いた言葉――。


『――さあ、救って見せてくれ――』


 なにが言いたかったのか、その真意はわからないし、興味も無い。


 しかし仔猫が一歩を踏み出す動機には充分な言霊だった。


 この路地を出て行く頃にはそんな言葉も忘れるだろう、それはそれでいい。


 小雨が上がる。真上には路地裏を――一歩を踏み出してその緑色に輝く双眼を前に向ける事にした仔猫を――雲間の月光が、照らしていた。


 ――仔猫は生きる。


 幸運にも仔猫は生きる術を身に付ける。そして仔猫は成長し、自身の事を理解する時が訪れる。


 さあ、これで――全ての邂逅(・・・・・)が果たされた(・・・・・・)


 木々が青さを増していき空気に熱がこもり始め、仔猫……いや猫にとっての初めての夏が訪れようとしていた頃。


 終焉を迎えるまで止まることはもう適わない。全ての運命が――ゆっくりと、廻り始める。

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