キツネ2
神奈はわめき散らしたい気持ちを収めて、言いたいことをまとめ、意を決して伝えた。
「何で男女が同部屋なの?」
「何でって……」
そんなこと初めて言われた、とでも言いたげな顔だ。いや違う、私は間違っちゃいない。中学は女子校だったからともかく、小学校の修学旅行時でも男女の部屋は遠く離されていた。決してこの寮は普通じゃない。
「私が言うのもどうかと思うけど、それはどうよ。ま、間違いがあったらどうするの?」
「心配ないでしょうよ、この部屋だけだから」
「どんな理由よ! 失礼にもほどがあるわ! 何で私たちのところだけなのよっ」
彼がそんなことをする可能性はおそらく万が一にもない、とは思いたい。しかし彼と会ったのは今日が初めてだ。さすがに彼を全面的に信頼することは、神奈には出来そうになかった。それにおばさんから、男というのはね……と滔々と語られた。男と女の間には、何があるかわからない!
「余りがないんだよ、今。切実な理由なんだ。君はね、大いなる犠牲になったんだ」
顔を覆いながら、沈痛な面持ちで言う。そうか、しょうがないわね……、わかったわ、と言えるほど神奈は修羅場を乗り越えてきたわけではない。三年間の中学ブランクがあった神奈にとって、これは死活問題だ。
「大丈夫だ、問題ない。俺は何もしない、出来ないんだ。……封印ならぬ制限があるからな」
「その制限は何があっても外れることのない制限な訳?」
「まあ、価値観によってズレるかもしれないけど」
「うまくないから」
彼はわがまま娘をなだめるかのように目を細め、慈愛のほほえみを浮かべる。母親のような笑みだが、全然抱擁してくれる気がしない。むしろいっそ薄ら寒くて恐い。
「まあ、合意の上なら良いんじゃ……、ギャ――――!」
とんでもないことを言い出したかと思えば急に叫んで、神奈は視界から消えた彼を捜した。目線をおろせば、奏介は足を押さえうずくまっていた。いったい何が、と思えば、犯人はそばにいたフォックスだった。ゲシゲシと未だに前肢で奏介を殴っている彼に、ぐっと親指を立てた。
そういえばフォックスの性別は何だろう。一応『彼』とは思っているのだが、動物をろくに飼ったことがない神奈からすれば、根拠はカンである。
「そういう事件は過去にはあったから寮監もかなり気をつけているよ、それに俺は絶対しないよ。俺は」
「そりゃ、最初から疑っているわけではないけど……」
でも保険が欲しい。とりあえず大丈夫だろうという、あと一押しの何かが。
するりと、足に何か触れる。すごい既視感のある何かだ。今度は確信を持って見下ろすと、弧を描いて神奈の足にまとわりつくフォックスだった。彼は神奈を見上げると、クゥーンと一泣きした。
「番犬になってくれるの?」
正確に言うと番孤だが。フォックスの首もとの毛に手を埋めた。温かい。
「じゃ、まぁひと通り施設の説明したから。俺制服脱いでくるわ。堅苦しくて仕方ない」
「私服じゃ駄目だったの?」
「いや、目印になるかなって」
あんまり意味無かったけどな、とからから笑いながらネクタイを緩めはじめる。なるほど、待ち合わせのためにわざわざ着てきてくれたのか。謝ると、気にするなと部屋に入って、行こうとして。
「荷ほどきが大変そうなら、言ってくれよ。手伝うから」
「あ、ありがとう」
彼が引っ込んだ扉の真向かいにある扉を開ける。荷物が隅に積み上げられた状態だ。最低限の荷物しか送っていないとはいえ、時間はかかるかもしれない。
「ま、最悪お願いしようっと」
壁に掛けられている制服を見て、意気込みながら腕をまくった。