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日付変更線から見た時間の観念。どうでも良い事。

作者: ゾーイー



 「コカ・コーラは無害なコカの葉で香り付けされていたらしいのよね。」

 彼女は僕の淹れたコーヒーを二口飲んで言った。

 「無害なコカの葉って聞いただけだともの凄く胡散臭いね。それにイメージが湧かないな。」

 「あら、ロマンチックだと私は思うわよ?」

 僕は問う。

 「ロマンチック?どのあたりが?」

 「そのコカの葉はお茶としても飲まれてるらしいのよ。人々の滋養、強壮にって。それにコカの葉って凄く神聖なものだったんですって。そんなものがコカ・コーラには入ってるのよ?」

 「うん。それでどの辺りがロマンチックなんだい?」

 「コカの葉を大切にしてるのは確かアンデスの先住民なの。そして彼等は偉大な資本主義社会の偉大な資本家達に虐げられ生活に困ってる。」

 「君の悪意を感じるね。」  「そう?この私の飲むコーヒーも偉大な資本家の搾取があるからこそ飲めるんだもの。資本主義って心的にはもの凄く複雑だわ。ええと、どこまで話したかしら?」

 「凶悪犯を格闘の末に捕まえたとこまでかな。」

 「私あなたのそういうところは割と好きよ。」

 「ありがとう。」

 「それで資本家達に虐げられるアンデスの先住民はどうなるの?」

 「そうね、アンデスの先住民は貧困にも負けずみんな笑顔で暮らすって訳じゃないのよ。最近は生活も向上してるみたいだけどね。私の思うロマンチックさは物質社会にそんな精神文化の神聖なものが入り込んで愛されていたって事なのよ。ヒッピーにもミュージシャンにも。それこそ偉大な資本家達にも。」

 僕は言った。

 「なる程。」


彼女は僕の為に夕食を作ってから帰って行った。

 僕は彼女を駅まで送った帰りにスーパーでコカ・コーラを25本買った。会計を済ませ、返しにくるのは多少億劫だったがそのままショッピングカートを借りて自宅へ戻った。

 冷蔵庫に6本のコカ・コーラを入れ1本のプル・タブを開ける。

 強い炭酸に弾ける甘味の中にほんの少しだけ、しかし確かにロマンチックはあった。









6本目のコカ・コーラの缶を(或いはそれを伝う水滴を)彼女は人差し指で撫でて言った。

 「see more glass.」

 「大丈夫。僕はまだ死なない。」

 「そうね。私あのタイトルは大好きだけど話は嫌いよ。」

 僕は5本目のコカ・コーラを少しだけ飲む。

 「それで?」

 「私ならシーモアを殺さなかった。」

 「意図が掴みにくいな。」

 「つまりよ、死を書いたり話したりするのは余りに簡単なのよ。」

 僕は頷く。

 「なる程。」

 「生きる、死ぬってそんなにスマートじゃないの。例えばシーモアは銃で自殺した。脳漿は飛び散るし当然血液も。もし少しでも放置されたら夏場だから酷い匂いだってする。」

 「うん。」

 「カラスが来て死体を荒らすかもしれない。」

 「うん。」

 「シーモアじゃなくてもそう。排泄物を垂れ流して病院で意識も無いまま死んじゃう人もいる。列車事故のスプラッタなんてもう想像もできない。」

 「それはつまりレンタルしたアダルト・ビデオを返却しに行った際の死亡事故だと。」

 「そうね。そうやってドロドロして汚らしいのが生や死だと思うの。」

 「そうだね。だけどバナナフィッシュはそれを表現してるんじゃないのかな?」

 「それもそうね。」

 会話を止め窓の外を見つめる彼女の横顔は生に溢れとても綺麗だった。










15本目のコーラを飲み終えたその日に秋風が吹いた。

 僕は秋らしい茶色のボタンシャツにアイロンを掛け、彼女はキッチンで洗い物をしながらアクロスザユニバースを口ずさんでいた。

 僕は彼女に言った。

「撃たれたのがポールだったら君はエリナリグビーを歌ったのかな?」

彼女は手を休めず言う。

 「わからないわ。ジョンもポールも好きだけど。私達のビートルズはレコードの中にしかいないから。」

 「確かに好き嫌いを決めるのは死じゃない。」

 「私は死を商売にはしない。マイケルの事もそう。偲んだり悲しむんだったら生きてるときに愛してるって言ってあげればいいのよ。」

 「そうだね。けどまいったな。言い出し辛くなった。」

 彼女は洗い物を終え僕の隣に座る。

 「何を?」

 「今月でジョン・レノン・ミュージアムが閉館なんだ。」

 「行きましょう。今すぐに。」

 「いいのかい?」

 「彼が残したモノを『貴方』と見に行くのよ。私達の世界は誰にも変えられない。ジョンにも。」

 僕は彼女に言うだろう。

「愛してる。」と。










 25本目のコカ・コーラは少し炭酸が抜けていた。

彼女は窓の外を見ながら言う。

 「金木犀の香りはいつも私を寂しい気持ちにさせるわ。」

 僕は言う。

 「去年も同じ事を言ったね。」

「そう?けどそれだけ寂しいって事よ。」

 「夏が終わって何かやり残した気持ちになる。そう言いたいのかな?それなら僕も同じように思ってる。多分。」

 「大体はそうね。言語って素晴らしい発明だけれど心象の全てを伝えられる訳じゃない。」

 「そうだね。それにその意思がしっかり伝わっているかはわからない。」

 「どういうこと?」

 「例えば君が発した言葉が空気を振動させて僕に届くまでほんの僅かな遅れがある。」

 「そうね。」

 「更に言えば君の脳が唇を動かし僕がその動きを視認するまでの時間もある。」

 「つまりその僅かな時間には何かが起きているかもしれないっていいたいの?」

 「その通り。悪戯な小人達が君の言葉を千切っては投げ千切っては投げて僕に届いた時には全くの別モノになっている可能性もある。」

 「けれども私は貴方の言葉を認識して会話してる。」

 「そこが問題なのさ。会話が成り立っているのは小人がそれを紡いでいるだけかもしれない。」

 「ならそれを見る第三者がいたなら?」

 「シュレディンガーの友人さんが出てきたね。いいかい?同じ事さ。観察者にも同じように何らかの影響があったらそれは破綻してしまう。」

 「堂々巡りね。」

 「そうだね。けれども今のところ小人は発見されていないしエーテルもグレーテルもない。」

 「ええ。」

 「現象すべてを疑ってしまったら存在すら出来なくなってしまう。認識されるから存在する。存在するから認識できる。それは同時に成り立っている。」



 「つまり?」




 「僕達は確かに此処にいる。」

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