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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第4章 亡霊の足音
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2年目9月「季節はずれの雪」


「歩! いた!?」

「ううん! こっちにもいないよー!」

「……んぅ?」


 9月中旬の肌寒い朝。

 階下から聞こえる騒がしい声に俺はゆっくりと覚醒した。


 薄紫のカーテンからは太陽の光が射し込んでいる。


「あー……ねむ」


 右手で目をこすろうとしたが、昨日の放課後にボウリングをやりすぎたせいか鉛のように重い。

 思いなおして左手で目をこすりつつ、寝ぼけまなこを目覚まし時計へと移動させた。


 6時50分。

 どうやら寝坊してしまったらしい。今から日課のランニングに出かけるのは無理そうだ。


 起きるか。

 いや、どうせ寝坊してしまったのだから、今日はもう少しだけまどろんでいよう。


(……あれ。なんか夢を見てたような)


 そのことを思い出した。


 内容はよく覚えていないが、心を刺すような悲しい夢だった気がする。

 寝坊してしまったのはきっとその夢のせいに違いない。


 俺は自分にそんな言い訳をしつつ、ふと気づいた。


(なんだ、これ……?)


 右腕がやはり動かないのだ。

 疲労や筋肉痛で動かないとか、そういうレベルの話ではない。


 重いのだ。

 物理的に。


 少しずつ頭のモヤが晴れてくる。

 右腕が動かないのは、どうやら重量のあるなにかが乗っているせいだ。


 階下から再び声。


「困ったわね。あの雪ちゃんが朝から無断でどこかに行っちゃうとは思えないし……」

「靴もちゃんとあるよー」


 聞こえているのは瑞希と歩の声だった。

 どうやら雪を探しているらしい。


「ちょっと優希を起こしてくるわ。なにか聞いてるかもしれないし」


 トントン、と、ちょっと駆け足気味に階段を上がってくる音。


(……なにやってんだか)


 どうせ長い朝風呂に入っているとかそういうオチに決まっている。


 なんて、俺は寝ぼけた頭でそんな風に考えていたのだが。


「……ん?」


 ふと聞こえてきた、すぅ、すぅ、という音。

 確信はないが、どうも雪の寝息のようだ。


(……なんだ。まだ寝てんじゃねーか)


 あいつが寝坊なんて珍しいことは珍しいが、だからといってあんなに騒ぎ立てることもないだろうに。

 まったくバカバカしい。


「バカバカし――……え?」


 俺はそこで重大な違和感に気づいた。


 雪の寝息が、なぜ俺の部屋で聞こえるのか、ということだ。


 うちの壁はそんなに薄くはないし、いくら薄くても隣室の寝息が聞こえるってのは、よほど寝息が荒い人間でもない限りまずないだろう。


 そして俺の耳に聞こえているのは、すぅ、すぅ、という、とびっきり穏やかな寝息だ。

 いびきではない。


 というか。

 右肩から首筋のあたりに息がかかっていてくすぐったいのだ。


 ……もはや確認するまでもないが、念のため俺は右側に顔を向けてみた。


「……すぅ」


 寝てる。

 妙に幸せそうな顔で、俺の右腕に抱きつくように。


(……なるほど。こりゃ腕が上がらないわけだ)


 比較的軽いほうだとはいえ人間ひとり分の重量である。

 ここまでしっかり抱きつかれてはそれも道理というものだ。


 ああ、いや。

 そんなことはどうでもいい。

 そんなことはこの際まったく問題ではなくて、本当の問題は、どうしてこいつがここにいるのかということなのだ。


 周りを見回してみる。間違いなく俺の部屋だった。

 もしかしたら夜中のうちになんらかの超常現象が生じ、俺と雪の部屋が融合してしまったのかと思ったが、どうやらその線はなさそうである。


 とすると、考えられる可能性はひとつ。

 俺が寝ている間に、雪が寝ぼけたかなにかで俺のベッドの中に潜り込んできた。

 そういうことだろう。


 眠気は完全に覚めていた。


 ……さて。

 

 疑問が解決したところで、俺にはもうひとつの難題が残されていた。


 それは、今おそらく階段を上りきり、俺の部屋のドアノブに手をかけようとしているであろう瑞希に、この状況をどう説明すればいいのか、ということである――。






「ごめんね、ユウちゃん」


 いつものように学校の制服にエプロンをまとった雪が朝食の支度をしつつ、本日3度目の謝罪を口にした。


「まぁ、直接的な被害はなかったからいいんだけどさ」


 俺はテーブルに肘をつき、憮然としながら正面の瑞希をジト目で見る。


「いきなり『変態』だの『見境がなくなった』だの言われて、俺の繊細なハートはひじょーに傷ついたのだが」

「……悪かったわよ。あんたの心が繊細かどうかはともかくね」


 さすがに今回は、瑞希も自らの非を認めてくれた。


 結局、雪自身もどうして俺の部屋で寝ていたのかまったく覚えていないそうだ。

 ただ、夜中に一度起きてトイレに行った記憶はあるそうで、そのときに間違ったんじゃないかという結論になった。


「でも雪お姉ちゃん、寝坊しちゃうだけでも珍しいのにねー」


 歩がそう言うと、雪も小さく首をかしげて、


「ユウちゃんのベッドだったからかなあ?」

「なんじゃそりゃ……」


 俺が悪いという話なのかと思いきや、どうやらそうではなかったようで。


「ユウちゃんの布団、温かくて気持ちよかったから。きっとそれで」

「暑くて寝苦しいの間違いだろ。おかげで俺の安眠が台無しだ」


 眉をひそめてそう返した俺に、歩が笑いながら言う。


「それ嘘だよー。暑いわけないもん」

「なんでだよ」

「だって外、雪降ってるよー」

「……なに?」


 歩の言葉に外を見ると、確かに。

 大した量ではないが、窓の向こうにはちらちらと白いものが舞っていた。


 雪虫ではない。れっきとした雪だ。


「あー、どおりで寒いと思った……」


 まだ9月半ば。

 ただ、この地方はこの時期にこうして季節外れの雪がたまに降るのだ。


「ねー? 寒くて何回も起きちゃったもん。私も今日から優希お兄ちゃんの布団にお邪魔しようかなー」

「やめなさいってば」


 瑞希が渋い顔をすると、雪が笑いながら、


「じゃあたまにはリビングに布団並べて寝てみる? 4人で川の字になって」


 本気か冗談かわからない提案だったが、俺と瑞希の大反対によってそれが実現することはなかった。






「お……」


 その日の放課後。

 ひとりで下校しようとしていた俺は、下駄箱のところで唯依を発見した。


「よぅ、元気か」

「あ、優希先輩」


 外履きを履きかけのまま、唯依が顔をあげてこちらを見る。

 どうやらこいつもひとりのようだ。


 俺はいったん自分の下駄箱に進んで外履きを取り出し、それから改めて1年の下駄箱へ向かった。


 並んで外履きに履きかえると一緒に歩き出す。


「髪ずいぶん伸びたな。切らないのか?」

「あ、ちょうど今日これから床屋に行くつもりです」

「ふーん。床屋どこなんだ?」

「アパートの近くの床屋さんで」

「ってことは隣町か。今日はひとりか?」

「はい。みんな部活ありますし、帰りはだいたいひとりです」

「そういやそうだったな」


 亜矢は美術部だし、舞以は弓道部。真柚は野球部マネで、木村はバスケ部。

 他に知っているこいつの友人といえば将太の従弟の京介だが、あいつはどうだか知らない。ただ、唯依の今の言葉を考えると、なんらかの部活に所属している可能性が高いだろう。


 校門を出て、駅のほうへと歩き出す。


「優希先輩、こっちのほうでしたっけ?」

「ん? いや、今日はちょうど新譜の発売日でな。駅前の店に寄ってくんだ」


 そうして並んで歩いていると、思ったより唯依の背が大きいことに気づく。

 といっても170センチ程度だろうが、ずっと小柄なイメージだっただけに意外だった。

 勘違いしてしまったのは、なで肩のせいだろうか。


「どんな曲を聴くんですか?」

「ん? まぁジャンルとかは詳しくねーけど、ロックとかメタルっぽいのが多いかな。気に入ったらなんでも聴くぞ」

「洋楽とか?」

「ああ、洋楽が多いけど、それも別にこだわりないな。どうしてだ?」

「いえ、なんとなくそういうの聴きそうなイメージだったので」


 どうやらこいつもこいつで、俺に対して結構勝手なイメージを持っているようだ。


「そういや」


 ふと、俺は前から聞こうと考えていたことを思い出した。


「真柚と舞以のこと、あれからどうなった?」

「え? ああ……」


 唯依も思い出したようだ。


 こいつと亜矢が持つ悪魔の力。

 他のふたりはどうなのか探りを入れてみるという話だったのだ。


「実はあのあと、手品のフリしてあのふたりの前で力を使ってみたんですけど……」

「……意外と大胆だな、お前」


 予想していたより直球な手段だった。


 唯依は少し慌てた様子で、


「そ、それぐらいしか方法が思い浮かばなくて。それで、その、特別な反応はなしでした。ビックリはしてたんですけど、それどうやってるの? っていう感じで」

「ふぅん」


 その反応が本当だとすると、まったくなにも知らないか、あるいは知っていてとぼけているかのどちらかになるが、唯依が正体をさらそうとしているのにあえてとぼける理由があのふたりにあるとは考えにくいから、おそらくは前者だろう。


 つまりもともと力がないか、目覚めていないかということになる。


「もっと突っ込んでみたほうがいいですか?」


 と、唯依は少し自信なさげな顔だ。


 俺は言った。


「やめたほうがいいかもな。あのふたりが普通の人間だとすると、お前らの力を明かすのはあまり都合のいいことじゃないし、逆に力を持っていて気づいていないとすると、それがきっかけで目覚めちゃうかもしれん」

「やっぱそうですか……亜矢も同じこと言ってました」

「だろうな。アイツ、今はおとなしくしてんのか?」

「はい。前ほど夜に出歩くことはなくなりました。でも、夜の散歩で絵のインスピレーションを得ているっていうのはホントだったみたいで、たまにふらっと出て行くことはあります」

「そうか」


 あれ以来、妙な落雷の音やそういったうわさはめっきり聞かなくなったし、一応自重していると考えていいだろう。


 ただ、頑固なあいつの性格を考えると、ほとぼりが冷めたころにまたやり始める可能性はある。

 それは注意するよう、言っておいたほうがいいかもしれない。


 しかし――


(妙に騒がしいよな、最近……)


 唯依たちといい、晴夏先輩といい、周りに力を持っているやつが多すぎる。


 たまたまなのか。

 それともなにかが起きる前兆なのか。


 ……晴夏先輩の言葉を思い出す。


『あなたとあなたの周りにいる存在の力は、私たちにとって無視することのできないレベルなの――』


 もしなにかが起きるのだとしたら。


 ……続けて脳裏を過ぎったのは、波打ち際で聞いた直斗の言葉。


 きっとこれからは強く自覚していく必要があるだろう。

 自分が本当に、他人の運命を左右する立場にいるのかもしれないのだ、ということを。


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