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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第4章 亡霊の足音
95/239

2年目9月「復活」


-----


「――まだ生きていたとは」


 ピッ、と、ふすまに血が飛び散る。


「かっ……」


 刀のようなもので胸を真一文字に切り裂かれた初老の男は、のどの奥からわずかに空気のようなものを吐き出し、そのまま前のめりに布団の上に倒れた。


 むんと立ち込める錆びた鉄の匂い。

 刀の先から、赤い雫が血だまりの上に落ちる。


「23年前の過ちを悔いて死ね……」


 つぶやくように薄っすらと笑みを浮かべた男は、刀の先からしたたる雫を軽く振って飛ばすと、なにも答えぬ骸となった初老の男に背を向けてその場を去っていった。






「……光刃様」


 9月に入ったばかりのその日、緑刃が悪魔狩り総本部内にある沙夜の寝室を訪れたのは、まだ太陽も昇りきっていない早朝のことである。


「なにか?」


 まだ寝巻きのまま、布団に上半身を起こしただけの格好で沙夜がそう返す。

 声は寝起きとは思えないほどにしっかりしていた。


「失礼します」


 ふすまがゆっくりと開き、向こうから戦闘用の正装に身を包んだ緑刃が姿を現す。

 そんな彼女の格好に沙夜は少しだけ眉を動かして、


「なにか事件ですか?」


 緑刃の様子から、いい知らせでないことは想像できていた。


 案の定、緑刃はくもった表情を沙夜に向け、


「昨晩、四条家のご隠居様が、何者かの手によって殺害されたそうです」

「……また、ですか」


 一瞬の間を置いて、沙夜は淡々とうなずく。


「護衛の方々は?」

「全滅だそうです」


 沈痛な面持ちで、緑刃はそう答えた。


「これで先代光刃様の側近だった方々は、現役の方を含めても残り3名ほどとなってしまいました。……もちろん紫喉様を含めてです」


 先代光刃の側近が襲撃されて命を奪われる事件。

 それは今回が初めてではなく、最近に始まったことでもなかった。


 3年前、沙夜が光刃となってからすでに12件。

 ただし最近はその頻度が増えていて、先月から1ヶ月余りですでに3件目だ。


 いずれも組織として、身の回りの護衛に特に注意を払っている中のできごとだった。


「敵の正体はまだつかめないのですか?」

「はっきりとは、まだ。ただ、狙われているのは現役ではなく悪魔狩りを引退した方々ばかりです。そう考えると我々の組織自体というよりも、先代の光刃様とその周辺に恨みを持つ者、つまり」

「3年前の襲撃と同じ犯人ではないか、ということですね」

「はい」


 緑刃はそう言って頭を垂れた。


 この悪魔狩り"御門"は、近年で2度、大規模な悪魔との戦いによって大きな被害を被っている。


 1度目は約23年前、"4人の女皇"と呼ばれる強力な女悪魔を擁する集団と、約8年にもわたって争った事件。

 そして2度目は3年前、その事件の残党と思われる連中が新たな戦力を得て御門の総本部を襲った事件である。


 前者の事件は長い戦いで数え切れないほど多くの悪魔狩りが命を落としたが、後者の事件はたったひと晩のできごとにもかかわらず、当時の光刃をはじめ、側近の空刃、海刃、青刃、緑刃が相次いで殺害され、役職つきの者で生き残ったのが影刃だけという壊滅的な被害を出した。


 全国の悪魔狩りの盟主ともいうべき存在だったこの御門が、急激に組織力を低下させたのもこの事件の影響である。




(……かなり参っているな)


 沙夜の部屋を出た緑刃――神楽かぐら美琴みことは廊下を早足で歩き、先ほどの沙夜の様子を思い出しながらそんなことを考えていた。


 美琴はもともとこの御門に縁の深い家の出身である。

 彼女の母親である絢女あやめは2代前の緑刃として先代の光刃に仕え、23年目の"4人の女皇"事件のときに命を落とした、と、美琴は聞いている。


 当時、彼女は生まれたばかりでそんな母親のことはまったく覚えてはいなかった。


(ひとりで背負い込まずに、もっと色々と相談して欲しいものだが……)


 そして3年前の襲撃で先代の光刃が命を落とし、13歳の若さで光刃となったのが沙夜だ。

 ひとり娘である彼女が跡を継ぐことは元々定められていたことであり、それについて組織内で混乱は生じることはなかった。……とはいえ、それが予想外の早さであったことは否めない。


 護衛役として側に控える緑刃、青刃という役職に現在のふたりがいるのも、彼らが幼いころから沙夜の顔なじみで、若い光刃が心を許せる相手だという配慮があったことは間違いなかった。


 だからこそ。

 奇しくも亡き母と同じ職につくこととなった美琴は、公人として、自らのすべてを賭して現光刃を守り支えていきたいと考えている。


 そして私人としてもまた、この大変な時期にあの年齢で御門のトップに就かなければならなかった沙夜のことが心配で仕方がなかった。


 組織は悪魔排除派と悪魔容認派のふたつに分裂しかけている。

 さらに光刃を力強くサポートするはずの空刃、海刃といった側近の役職は空席のまま。


 そこに来て今回のような事件。

 不穏な動きを見せる過去の残党。


(沙夜がこの重圧に潰されてしまわなければいいが……)


 と、そんな彼女の前に。


「よぅ、緑刃。沙夜の部屋からの帰りか」


 進む廊下の先に、ひとりの男が立っていた。


「……青刃。貴様、どこに行っていた?」

「ああ、まいったよ。昨晩は久々の休暇だったってのにこの事件だろ。呼び出されちまってね」


 頭をかきながらあくびをする青刃。

 そんな彼に、美琴は険のある視線を送って、


「のんきなもんだな」

「冗談だろ? これでもここに来る前に色々片づけてきたんだぜ? ……沙夜の様子は?」

「いつもどおりだ。……が、さすがに少々こたえてきたようにも見える」

「そうか。……あいつは昔からなかなか本音を言わないからな」


 青刃は廊下の壁に背を預け、悩ましそうに天井を見上げた。

 美琴はそんな青刃をチラッと横目で見て、


「それで? 片づけてきたってのはなんのことだ?」


 問いかけに、青刃は軽くせき払いをして、


「今回の襲撃事件の後、とある男が姿を消した」

「とある男? なんのことだ?」


 一見関係のなさそうな切り出しに困惑した美琴に、まあ聞け、と、青刃は続ける。


「そいつは先月からこの付近をうろちょろしていた男だ。自称カメラマンで、実際調べたらそのとおりだったからそのときは解放したんだが、個人的にちょっと気になっててな。今回の事件の後、その男の動向を確認させたんだ」


 青刃は腕を組みながら、人差し指だけを美琴に向けて、


「そうしたら、そいつは姿をくらませていた。くらませていただけじゃない。そいつがいたらしいアパートの部屋から悪魔に関する色々な資料が出てきた」

「色々な資料?」

「主に23年前の"4人の女皇"事件に関することだ。一般にはもちろん知られていない情報だし、そいつがどうやって、なんの目的で集めたものなのかはわからない。もともとあの事件の関係者なのかもしれないし、興味が高じて常識外の行動力でかき集めたものなのかもしれない」


 青刃の言葉に、美琴は少し理解できない顔をする。


「確かに不審だが、その男が今回の襲撃事件に関わっているというのか?」

「まだわからん。けど、重要なのはそこじゃない。問題は……」


 ゆっくりと壁から背を離し、青刃はまっすぐ美琴に向き直った。

 そして懐から一枚の写真を取り出す。


「なんだ?」


 美琴はそれを受け取り、薄暗い廊下の中で目を凝らした。


 写っていたのは薄暗い部屋の中、机の上に散乱する紙の束。

 その中のメモ紙の走り書きが、写真の上から赤いマーカーで囲まれていた。


 瞬間。

 美琴の背筋を悪寒が走りぬける。


「これは……!?」

「妄想なのか、それとも根拠のあることなのか」


 驚きに目を見開いた美琴に対し、青刃は引きつった笑みを浮かべ、やや緊張の帯びた声色でそう続けた。


 わずかな空白。

 美琴が再び手元の写真に視線を落とす。


 そして、


「――復活する……」


 震える唇。

 美琴がゆっくりと、そこに書かれた言葉をつぶやいた。


「4人の女皇は復活する。悪魔狩りはかつての過ちを償うことになるだろう……」


 しん、と、静寂が訪れる。


「……どう思う?」


 しばらくして青刃がそう問いかけると、美琴はハッと我に返って青刃に視線を戻した。


 そこに書かれた内容はとても信じがたく、信じたくないことだった。

 自らの胸に渦巻いた不安を吹き飛ばすように美琴は答える。


「……バカげてる。死者の復活など」

「俺もそうは思う。4人の女皇は確かに死んで、死体も確認されている。……ただ、気になる点がないわけでもない。かの連中のブレインだったクロウという男は今も行方知れずだというし、そもそも女皇たちの最後があまりにも呆気なく、拍子抜けというか不審に思ったという者も当時の悪魔狩りの中にはいたそうだ」


 美琴は眉をひそめて、


「死体がフェイクだったとでも?」

「それはない。4人の女皇と彼女らのリーダーだった男については、死体の生化学検査で本人であることを確認した記録が残っている」

「だったら彼女らの遺志を継いだ者……たとえば子供が残っているとかか?」


 そんな美琴の考えに、青刃は否定的だった。


「ないとも言い切れないが、女皇たちはリーダーの護衛役だったひとりを除いてほぼ前線で戦い詰めだったと聞く。死んだときが20歳前後で、戦いが始まったころは12~13歳だ。子供を産むタイミングはなかっただろう」


 それに、と、青刃は続ける。


「彼女らのああいう力はいわゆる天性のものだ。遺伝で受け継がれていくものじゃない。たとえ子がいたとしてもせいぜい、ただの上級雷魔や上級夜魔だ。手強いことに変わりはないが、女皇たちが復活するというほどのものじゃない」

「その話、上への報告は?」

「これからさ。……ま、どれだけ本気で受け取るかわからんが、これで少しでも現状に危機感を持ってもらえたらもうけもんだな」

「……青刃」


 その場を離れかけた青刃の背中に、美琴は硬い表情で声をかけた。


「もしもの話、だが。本当に4人の女皇が今この現代に現れたとしたら……」

「お前もわかってるだろ?」


 青刃は肩越しに彼女を振り返って、


「今の御門で、かの女皇クラスと互角に渡り合える可能性があるのは影刃様ぐらいのもんだ」


 なすすべなしさ、と、自嘲気味に笑った。


「紫喉のオッサンのところには俺が行く。お前は沙夜のところに戻って今の話を聞かせてやれ」

「……ああ」


 沙夜にまた悪い報告をしなければならないことに少々気が重くなりながらも、美琴は早朝の廊下を引き返していったのだった。


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