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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第3章 続・海に行こう
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2年目8月「帰りの車中にて」


 パラパラと雨粒が窓にぶつかって弾けている。

 昨日まであれだけ晴れていたにも関わらず、最終日の天気はなんと雨だった。


「あー、疲れた……」


 ガタン、ガタンと電車がスピードを落とす。

 窓の外を見ると、ひと気のないさびれた駅のホームが近づいてきたところだった。


(あと40分ってとこかな……)


 旅行4日目の昼前。

 俺たちはすでに帰宅の途についていた。


 乗っている3両編成の普通列車はほぼ満席に近い状態で、他の連中は2両目に席を見つけたが、ちょうどひとり分足りなかったため俺だけが先頭車両に移動することになった。


 向かい合う4人用の座席はオレの隣こそ空席だが、正面には60代ぐらいの夫婦が座っている。


 電車がさらに減速し、正面の夫婦が立ち上がって荷物を下ろし始めた。

 どうやらここで降りるらしい。


 やがて、電車が止まる。

 自動ドアの開く音がして、ドタドタという音が聞こえた。

 雨が降っていることもあってか、急ぐような足音ばかりだった。


 俺はそれらの音を聞き流しながらウトウトしていたのだが――


「……最悪だわ。傘も持ってきてないなんて」

「しゃーないやろ。雨が降るなんて天気予報のお姉さんも言うとらんかったしな」

「はいはい。あんたにそんな気配りを求めた私がバカだったわ」


 最後に乗ってきたらしい足音が、俺のいる座席のすぐ近くまでやってきた。


「しっかし混んどるなぁ。座るとこぜんぜんあらへんやん」

「あんた、そのうさん臭い関西弁やめなさいって。なんか腹立つから」

「言うたやろ。これは女の子にモテるための秘策なんや」

「……あら、ここ空いてるじゃない」

「おっ……ってなんや。ひとり座っとるやないけ」

「寝てるじゃない。黙って座ったって怒りゃしないって」


(……うるさいな)


 若い女性に、イントネーションが怪しい関西弁の男。

 どうやら俺の正面の空いている席に座るかどうかの話をしているらしい。


(勝手に座りゃいいのに……)


 うっすらと目を開けると、前に立っていたのは長身でメガネをかけた大学生風の男と、トイレの花子さん――もとい、日本人形のように綺麗に切り揃えられたおかっぱ頭の高校生ぐらいの少女だった。


(……やれやれ)


 俺は少し面倒に思いながらもそんなふたりを見上げて、


「勝手にどうぞ。俺、寝てるだけだから」

「お?」

「あ」


 ふたりとも俺が起きていることに気づかなかったらしい。


「スマン、起こしてもうたか?」

「そりゃ」


 俺は背もたれから上半身を起こして、


「近くでそれだけやられちゃ、起きないほうが不思議というか」

「あはは、スマンスマン」


 男はやや申し訳なさそうに笑いながらも、


「ほんなら失礼させてもらおかな。なあ、晴夏はるか


 そう言って俺の正面に腰を下ろし、一緒にいた少女は無言のままその隣に座った。


「いやぁ、しかしごっつい雨やなぁ」

「……ちょっと! こっち飛んでるって!」


 髪の毛についていた水滴を払う男の仕草に、隣にいた少女が眉をひそめる。


「おお? スマンスマン」


 先ほどの会話からもわかるように、ふたりは雨の中を走ってきたようだ。


 手元にタオルでもあれば貸してやったのだが、残念ながら荷物は他の連中のところに置いてある。

 わざわざ取りに行くのも面倒だったので俺は黙っていた。


「ったく、ホントになにも考えてないんだから」


 やがて少女はため息をつきながら濡れた上着を脱いでタンクトップ姿になると、小さなポシェットから文庫本を出して読み始めた。


 一方の男はしばらく退屈そうに外を眺めていたが、やがて、


「……なぁ。兄ちゃん高校生か?」


 俺に寝る気配がないことに気づいたのだろう。

 人のよさそうな笑顔で話しかけてきた。


「ああ、そうだけど?」

「さよか。その歳でひとりっちゅうことは、自分探しの旅的なアレか?」

「いや、ぜんぜん」


 ひとり旅どころかかなりの大所帯なのだが、いちいち説明するのも面倒だったので適当に濁しておいた。


 すると男は思い出したように手を打って、


「おおスマン、忘れとったな。オレの名前はじゅんや。あんたは?」

「あー……っと」


 どうやら純とか名乗ったこの男は、俺を旅の話し相手にしたいらしい。

 少し面倒くさくも思ったが、どうせ寝られないのなら話し相手がいたほうがいいか、とすぐに考え直して、


「優希」

「ユウキ? なんや、女みたいな名前やのぅ」

「ま、自分でつけた名前じゃないからな」


 別に悪い気はしなかった。言われ慣れているということもある。


 そんな俺の返しに純は声を上げて笑うと、


「せやな。まぁ、オレも男らしい名前かっちゅーと微妙やけど。……そうそう。隣のコイツは晴夏や」

「……よろしく」


 紹介された少女――晴夏はるかは、お世辞にも愛想がいいとは言えない態度で一言口を開くと、すぐに手元の文庫本へ視線を戻してしまった。

 こういう性格なのか、あるいは雨にぬれて不機嫌なだけなのか。現状ではいまいち判断できない。


「ま、こんなヤツやねんけど、これでもあんたと同じ高校生や。見えへんやろ? いったいどこのオバハンOLかと――」


 言いかけた純のアゴに、影が走った。


(あ……)


 そう思ったときにはもう遅く、


「……ぶへっ!」


 晴夏の見事なアッパーカットがクリーンヒットし、純は思いっきりのけ反った。


「……誰がなんだって?」


 怒りを隠しきれない晴夏の声。

 日本人形のようなおとなしそうな外見に反し、沸点は相当低そうだった。


「じょ、冗談やんか……」

「……なんだって?」


 切り揃えられた前髪の向こうから晴夏が鋭いにらみを利かせると、


「わかったわかった。オレが悪かった」


 純が素直に謝罪する。

 ……ちょっと他人とは思えない光景だ。


「……ところであんた」


 俺はそんな純に対して微妙な仲間意識を覚えつつ聞いてみた。


「その口調、もともと関西の人なのか?」


 どことなくではあるがイントネーションに不自然さを感じたのである。


 すると純はあっさりとそれを否定した。


「ああ、いや。エセや、エセ。エセ関西弁」

「なんでまた。コメディアンでも目指してんのか?」

「ちゃうちゃう。関西弁は合コンでモテるって聞いてな。1年半ほど前から勉強中なんや」

「……」


 中途半端な関西弁が一番イラっとすると思うのだが、まあ赤の他人の無駄な努力にそこまで突っ込むのも野暮なので黙っておくことにした。


 気づくと、隣の晴夏がバカにしたような目で純を見ている。

 なんとなく、俺と同じことを考えていたんじゃないかと思った。


 そんなこんなで。

 俺は結局、目的地に到着するまでの数十分をそのふたり――純と晴夏とともに過ごすことになったのだった。




-----




 ガタン、ガタン。

 電車は相変わらず揺れていた。


「どや?」

「なにが?」


 終点が近づき、人の少なくなった車両の中。

 そこにはまだ、ふたりの姿があった。


「あれがブルーの言うとった男や。妹は隣の車両におったみたいやな」

「どうもなにも、あんな世間話じゃなにもわかんないわ」


 晴夏はそう言って隣の純を横目で見ると、


「どうでもいいけど、その"ブルー"って呼び方やめない? カッコ悪いったらありゃしない」

「戦隊物みたいでええやん。オレらみたいな秘密結社はコードネームで呼び合うのがお約束やんか」

「その歳で戦隊物がいいとか言ってる時点で神経疑うわ。しかも秘密結社って、さっき思いっきり本名で名乗ってたじゃない……」

「まぁ、ええやん。なあピンク」


 すると晴夏は本気で嫌そうな顔をして、


「だからやめてって! 私がピンクとかあり得ないわよ!」

「しゃーないやろ、配役的に。オレかてイエローはイヤやけど」

「3枚目のあんたはピッタリでしょうが!」

「……なんだかんだで戦隊物知っとるやん」


 晴夏の剣幕に、純は乾いた笑いを浮かべつつ、


「まぁ、なんや。……そろそろ目的地やな」

「……わかってるわよ!」


 また機嫌をそこねたらしく、晴夏は鼻を鳴らして立ち上がると、さっさと電車の降り口に歩いていってしまった。


「やれやれ。呼び方がイヤやとか、そないなちっこいこと」


 純は肩をすくめ、ふぅっとため息をつくと、


「……これから仕事で人を殺しに行く人間の態度じゃないわな」


 苦笑して。

 ポケットに手を突っ込み、純はゆっくりと座席から立ち上がる。


 そして停車を告げるアナウンスが、車内に響き渡った。


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