2年目8月「予想どおりの結末」
-----
「そういや由香、夏休みの宿題はもう終わった?」
「ううん、半分ぐらいかな。直斗くんは?」
「僕は8割ぐらい。優希はどうせやってないだろうし、旅行が終わったら勉強会でもやろうか? 優希の家に集まってさ」
「そうだね。私も数学の問題、難しくて詰まってるところあるから助かるかも」
「積分のとこ?」
「うん……私、最近ちょっと授業に付いていけてなくて」
「昔から数学苦手だったもんね。僕にわかる範囲ならいつでも教えるから」
「うん。ありがとう、直斗くん」
なんて。
そんな話をしながら目の前を通り過ぎていくふたりに、将太は憤りを覚えていた。
(……なんで世間話してんだ、あいつら! 少しは趣旨を理解しやがれってんだ!)
あのふたりならしょうがない、とは思いつつも、これではせっかくの肝試しがだいなしである。
(にしても、あー……かゆい)
茂みの中に潜んで約5分。
早くも足首を蚊に刺されてしまったようだった。
(……思い知らせてやる)
やり場のない理不尽な憤りを覚えつつ、将太は最初の獲物である直斗たちに対し、飛び出すタイミングを見計らっていた。
(よし、ここだ――!)
「ところで由香」
直斗が急に足を止めた。
「!」
まさに飛び出そうとしていた将太は、その動きに驚いてピタリと動きを止める。
「由香はこういうの平気だったっけ?」
「え? あ、うん。お化けとかは信じてないから平気なんだけど……」
由香は不安そうに周りを見回して、
「でもこういう暗いところはちょっと苦手かな。夜道で物音とかするとビクッてなっちゃう」
「そっか。じゃあ少し気をつけたほうがいいかもね」
「どういうこと?」
「そろそろ後ろでなにかあるかもしれないから」
「え?」
「……」
将太は茂みの中で固まったまま、ふたりが離れていくのをじっと待つことにした。
姿が見えなくなったところで大きく息を吐く。
(……さすがだぜ、直斗。気づいてやがったか)
直斗はこの計画の上で最大の難敵だと将太は見込んでいた。
こうして気付かれることも予測の範囲内であり、真柚にも、自分が動かなかった場合にはなにもせずに通すようするように伝えてある。
悔しいが、最初の組でタネがばれてしまっては台無しだ。
ここはスルー安定だった。
(けど、次は唯依と歩ちゃんか……)
これは脅かし甲斐のある組み合わせだ、と、将太はひとりほくそ笑んでいた。
(いよいよ、ここからが本番だぜ……)
ワクワクしながら、将太は次の獲物の到着を待ち受けていたのである。
「……え?」
歩の口から飛び出した言葉に、唯依は少し驚いて隣の彼女を見つめた。
「あ、優希さんから聞いたんです。唯依さんの力のこと」
歩はそう答えたが、唯依が疑問に思ったのはそのことではなかった。
どうして彼女が、平然とそういう話題を口にできたのかということである。
「あ、唯依さん、私のことは聞いてなかったんですね。私も実はちょっとだけ関係者なのです」
「え? じゃあ神崎さんも悪魔……?」
「あ、私はちょっと違ってまして。いわゆる超能力者なんです」
「超能力者? ……それって僕らとは違う?」
「ですねー。私もそんなに詳しくはないんですけどー」
と、歩は小首をかしげながら、
「人間にはもともと悪魔さんと同じような力があったそうです。それが超能力で、今でもたまーにその力を使える人間が生まれるみたいです」
「えっと……つまり、神崎さんは普通の人間だけど、その超能力っていうのを使えるってこと?」
「そういうことですねー」
ニコニコしながらうなずく歩。
唯依としてはその辺りの知識がまったくないし、彼女が嘘をつく理由も思い当たらなかったので、ああ、そうなんだ、と、納得するだけだった。
そして、超能力というなじみのある単語に少し興味が湧く。
「それって具体的にどういうことができるの? 瞬間移動とか、透視能力とか?」
昔、アニメやマンガなど見た単語を並べてみる。
が、歩は笑いながら首を振って、
「どっちも無理ですねー。超能力は精神感応と念動力のふたつしかないそうです。瞬間移動なんてあったら便利だと思うんですけどねー」
「精神感応って、他人の心が読めるってことだよね?」
唯依は少しドキッとした。
別にやましいことを考えていたわけではないが、それでも心の中をのぞかれているかもしれないと考えると、心穏やかではいられなかったのだ。
すると、歩はそんな唯依の内心を見透かしたかのように言った。
「そうですよー。だから唯依さんが今なにを考えているのかもわかっちゃいます」
「……」
唯依の表情が一瞬凍りつく。
が、歩はそれを確認するかしないかのうちに、
「……というのは嘘です」
「え?」
「嘘ですよー」
歩は念を押すようにその言葉を繰り返して、
「私の使う精神感応は、基本的には直接触れないとわからないんです。それになにを考えているのかが具体的にわかるわけじゃなくて、わかるのはイメージだけです」
「そ、そっか」
ホッと胸を撫で下ろす唯依。
そんな唯依に、歩にニッコリと笑って言った。
「でも、相手が私のことを嫌っているかどうかぐらいはわかっちゃいますよ? 唯依さん、試させてもらえますか?」
「え? あ、えっと……」
唯依は戸惑いながら少し考えて、
「それは、ちょっと……」
と、控えめに拒否の意を示した。
といっても、それは別に彼女のことを嫌っているからではない。
むしろ好印象を持っているぐらいだったが、それでもやはり心の中をのぞかれることに抵抗感があったのだ。
そんな唯依の真面目な返答に、歩はいたずらっぽく笑って、
「あはは、冗談ですってばー。いいって言われたら逆に困っちゃうところでした」
微笑んだまま、言った。
「そんな気軽に心を読んだりはしないんです。だって、もし心の底から嫌われているってわかったら、二度と話しかけられなくなっちゃいますから」
「……」
そんな歩の言葉に、唯依は思わず言葉に詰まった。
そして彼女がなにげなく言った"心を読む"ということの意味を改めて考える。
相手の、まったく飾られていない本音をのぞくということ。
口で言われるのとはまったく違う。
嫌いだと言われれば本当に嫌いなのだ。
歩は続けて言った。
「それに、ちゃんと制御できないと相手の感情が勝手に流れ込んだり、それに取り込まれそうになったりもするから、実はあんまり便利な力じゃないんです。……まあ、私がヘタレだからっていうのもあるんですけどねー」
あくまで明るく笑いながらそう言った。
意地を張っている様子はない。もしかすると過去には嫌な思いをしたこともあるのかもしれないが、少なくともそれを引きずっているようには見えなかった。
「じゃあ……」
そんな彼女に、唯依は尋ねてみる。
「心を読んでも大丈夫な人は、いるの?」
「え?」
それは予想していなかった問いかけだったらしく、歩はビックリした顔で唯依を見た。
しかしそれほど悩むことなく答える。
「いますよー」
「……そっか」
それはつまり、心の底から信頼できる相手が彼女にはいるということだ。
(……優希先輩かな、やっぱ)
そんなことを思いながら、唯依は自分の手の平を見つめた。
そして、先ほど彼女の申し出を断ってしまったことを思い出す。
「えっと……神崎さん」
唯依は少しためらいながら、歩に右手を差し出した。
「え?」
歩がきょとんとした顔をする。
「読んでもいいよ。俺、神崎さんのことを嫌ってるなんて、そんなこと絶対にないし」
「……」
歩は呆気に取られた顔をして、唯依が差し出した手を見つめる。
そして一瞬の困惑の後、
「あ、あはは。唯依さん。だからさっきのは冗談ですってばー」
「いや、でも……俺、さっき断ったのは別に自信がなかったわけじゃなくて」
「えっと……わかってます。……ごめんなさい。私が悪かったですね」
歩は申し訳なさそうにそう言った。
「唯依さんの気持ちはすごく嬉しいです。でも、信じられるかどうかを決めるために、疑いながら他人の心を読むのは嫌なんです。……変な冗談言っちゃって本当にごめんなさい」
「そ、そっか。こっちこそゴメン」
と、唯依は差し出した右手を下ろした。
言われてみれば当然のことだ。本当に信じられる人の心しか読まないと決めているのであれば、まだ付き合いの浅い唯依の心などのぞけるはずがない。
ただ、そんな唯依の気持ちは伝わったようだ。
「ありがとうございます。そんなに真剣に考えてもらえるなんて思ってませんでした。ホント、唯依さんはすごくいい人ですー」
「そ、そんなことはないよ」
ストレートに言われて、唯依はちょっと照れくさくなってしまった。
照れ隠しに話題を変える。
「そ、そうだ。念動力も使えるって言ってたよね?」
「はい。実は私、そっちのほうが得意なんですよー」
「そうなんだ? それって見せてもらっても大丈夫?」
「いいですよー。周り誰もいないですし」
言いながら歩が地面に手の平を向ける。
「……えいっ」
小さな掛け声とともに、道端に転がっていた石ころがいくつも宙に浮かび上がった。
そのまま歩の周りをふわふわと浮遊し始める。
「うわ、すごい……」
「どうですかー?」
歩はニコニコしながら、調子に乗って石ころを回転させたり、上下に動かしたりしてみせた。
「なんか……手品みたいだね」
「えへへ」
ちょっと得意げだった。
そんな子どもっぽい歩の笑顔を見て、やっぱり不思議な子だな、と、唯依は思う。
先ほどのように歳不相応な大人びた雰囲気をまとったかと思えば、こういう仕草のときは実際の年齢よりもさらに幼く見えてしまうのだ。
(……でも考えてみると、この旅行自体不思議なことばかりだったなぁ)
亜矢のこと。優希や雪のこと。そして歩のこと。
この旅行の間に起きた色々なことを思い返しながら。
唯依は歩とともに、暗い道を鎮守社へ向かって歩いていったのだった。
(ま……ま、ま、待て! 落ち着け、俺!)
そのころ、歩たちを驚かすべく準備をしていたはずの将太は、茂みの中に尻餅をついた体勢のまま固まっていた。
(目の錯覚……そう、目の錯覚に決まっている!)
超能力とか念動力とか、アニメの話をしていたふたり(と将太は思っていた)が目の前を通り過ぎようとしたとき、将太が目にしたのは、歩の周りをフワフワと浮遊する謎の物体だった。
脅かし用の布を被っている将太の視界はやや制限されていて、その物体がなんだったのかを確認することができなかったのだ。
しかし、たとえそれがただの石ころだとわかっていたとしても、それが宙に浮かんでいる理由が将太に説明できるはずもなく。
(……ま、まさかボルターガイスト現象! 幽霊の話をすると本当に出てくるっていう、あれか!?)
背筋がぞっとする。
(ま、待て、待てッ! そんなことがあるわけない! 幽霊なんて存在しない!)
見間違い、なにかの見間違いだと自分に言い聞かせつつも、将太はしばらく茂みの中から動くことができず、そうこうしているうちに唯依と歩の姿は暗闇の向こうへと消えてしまった。
(……し、仕方ない。次だ次……)
ショックから抜け、ようやく動けるようになった将太はそーっと物音を立てないように元の位置まで戻っていく。
(今度こそやってやんねぇとな。次は確か……)
記憶をたどってみて、将太は顔をしかめる。
(亜矢ちゃんと……優希のヤツかぁ……)
どうにも不安が拭い去れなかった。
-----
「はぁ……よりにもよってお前と一緒とはなあ」
「だから嫌そうな顔しないでください。女として傷つきます」
「いや、男とか女とかそういうことはいっさい関係ないんだが」
歩と唯依が林の中に消えてからきっちり5分後に、俺と亜矢は並んでその道へと足を踏み入れていた。
暗い夜道を女の子とふたりきり。
状況次第じゃちょっと色気のある展開も期待できるシチュエーションのはずなのだが。
「私なんて希望通りの男性とご一緒できて、こんなに心を躍らせているんですよ?」
「どうでもいいと思って引いたらその通りになっちまった……って感じにしか見えなかったんだが?」
「まあ、そのとおりなんですけどね」
「……お前、少しは先輩に気を遣うことを覚えような?」
本当に残念なくじ運だ。
……といって、他に誰が良かったかといえば正直なにも思いつかない。はっきりしているのは、舞以よりはまだマシだったということぐらいか。
暗い道をまったく気にした様子もなく、亜矢はひょいひょいと進んでいく。
「でもまあ、不知火先輩でよかったと思ってるのは本当です。昨日のお礼、まだきちんと言えてませんでしたしね」
と、肩越しにこちらを振り返る。
「取ってつけたみたいだな」
俺はフンと鼻を鳴らして、
「礼なら俺じゃなくて唯依と雪に言えよ。俺は別にお前を助けに行ったわけじゃなくて、雪のヤツに付き合わされただけだからな」
「ああ、男のツンデレってやつですね。結構好物ですよ、そういうの。ほら、貴様を倒すのはこの俺だ、だからここで死なれちゃ困るんだよ、みたいな?」
「……お前さあ。女子高生がマンガとアニメの見すぎでそのセリフって……」
「まあ、見すぎは否定はしません」
あっけらかんと言い放つ亜矢。
一見"できる女"風の外見をしているだけに、残念さもきわだっている。
「でも実は、助けだされるヒロインよりも、悪と戦うヒーローに憧れていたんですけどね」
「実はもなにも、見りゃわかるっての」
どう考えても囚われのお姫様ってタマじゃない。
「……でも、ま」
少し前を歩いていた亜矢はつぶやくようにそう言って、後ろで手を組んで頭上を見上げた。
「たまには助けられるヒロインもいいかなと思いました。ヒーローがちょっと頼りなかったですけど」
「仕方ないだろ。俺に言わせりゃ、あの状況で飛び出していっただけでも奇跡だ」
「わかってます。別に不満なわけじゃないですよ。ライバルキャラもちゃんと、仕方なさそうに助けに来てくれましたしね」
と、亜矢はおかしそうに笑った。
こいつはこいつなりに、唯依の勇気をきちんと評価しているようだ。
俺はやれやれと肩をすくめ、そんな亜矢の後ろをついていく。
少し風が出てきたらしく、枝葉の擦れる音が大きくなっていた。
(……さて、と)
そろそろ後続の雪と京介がスタートするころか。
逆に先頭の将太組がゴールする頃合でもある。
枝葉の音以外、辺りは静かだ。
(なんの仕掛けもないのか……?)
と。
そう思った、そのときである。
ざりっ、ざりっ、と、砂利を踏みしめる小さな音が背後から聞こえてきた。
「あら? 雪さんたち、早いですね」
どうやらその音は亜矢の耳にも届いていたらしい。
(いや、あいつらじゃないな……)
俺たちはどちらかといえば速めに歩いていた。
雪と京介が追いついてくるとはとても思えない。
とすると、背後の足音は十中八九、将太のたくらみだろう。
不思議そうな顔の亜矢は、どうやらそれに気がついていない。
(どうしたもんかな……)
ネタバラシをして将太の思惑を潰してしまうのは簡単だったが、あいつが昼間からこの準備をしていたのだと考えると、それも少しかわいそうな気がした。
それに――
「なんでしょう? 足音みたいの、聞こえませんでした?」
怪訝そうな亜矢。
彼女がどんな反応をするのか見てみたい、という意地の悪い好奇心もあった。
……ややあって。
「えっ! なに!?」
背後から近づく足音が急にその速さと大きさを増し、亜矢がびっくりした顔で後ろを振り返る。
そして――
「○△×□☆――ッ!!」
頭から真っ黒な布を被り、よくわからない奇声を上げ、両手を意味なくジタバタさせながら追いかけてくる不審者の姿が背後に現れた。
(……すごいな、こりゃ)
あらかじめ予想していた俺は、それが将太であるとすぐに気づいたのだが、亜矢はとっさにそこまで思い至らなかったらしい。
「っ――!」
ビクッとして悲鳴をあげる――
……はずもなく。
「どこにでも現れるのね……この手の変質者って!」
「……へ!?」
逃げ出すどころか、亜矢はその不審な男――将太に向かっておもむろにきびすを返したのである。
「え……!?」
考えてみれば彼女らしい反応なのだが、将太にとっては完全に想定外だったらしい。
将太はビタッと足を止め、両手を前に出して、
「ちょ、ま――ッ!」
「問答……無用!」
振り上げた亜矢の足は、俺が制止する間もなく将太の急所へと吸い込まれて――
悶絶の声が、林の中に響き渡った。
……合掌。