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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第3章 続・海に行こう
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2年目8月「そして平和な海水浴」


「……だいたい、だな」


 俺はもう爆発寸前だった。


 海水浴3日目。


 この日は海で泳ぐよりも砂浜での遊びがメインとなっていた。

 誰が提案したわけでもないのだが、おそらくはみんなが怪我した亜矢を気遣ったためだろう。


 そんな俺たちは今ビーチバレーの真っ最中。

 ボールは空気を入れてふくらませるタイプのもので代用。砂浜に適当に線を引き、ネットもないからだいたいその辺の高さまでボールを上げること、というぬるいルールだ。


 ただ、そんなお遊びルールであっても、やり始めるとなんだかんだ真剣になってしまうもので。


「一般的に言って、男と女で体力差があることは認めよう。だからハンデをつけることも認めてやる。……けどな」


 俺は荒い息を吐きながら膝に手をついて言う。


「2対1ってのはどうかと思うんだがな! このビーチバレーって競技で!」


 すると、そんな俺の対戦相手である舞以は、転がったボールを拾い上げながらニッコリと笑った。


「それは仕方ないですよ。優希さんが一番背が高いんですから」

「こんな適当ルールに背の高さもクソもあるか! だいたい!」


 舞以と、その隣でにへらと笑っている真柚を交互に指差す。


「お前らどう見ても普通の女の運動神経じゃないだろ! 何部だ! 言ってみろ!」


 すると舞以はボールを指先でくるくる回しながら、


「弓道部ですけど?」

「私は野球部のマネージャだけど、中学のときはソフトボール部だったかな」

「あ、それなら私は剣道部でした。中学では弓道がなかったものですから」

「く……っ!」


 なんにしろ、どちらも学年女子トップクラスの運動神経であることは間違いない。


 思いっきりにらみつけてやると、舞以はボールを回す手を止めて言った。


「いいじゃないですか、負けたって。どうせ優希さんの目的は、目の前で飛び跳ねる私たちの体をじっくり鑑賞することなんでしょうし」

「俺の人間性を捏造してんじゃねーよ!」


 殴りたい。

 本気で殴りたい。


 心の底からそう思った女は、瑞希、藍原に続いて生涯3人目だったかもしれない。


「あー、やめだやめだ。疲れた」


 さらに3点連続で取られたところで、俺は敗北宣言をして"仮設コート"を出た。


「優希、運動不足なんじゃない? 女の子相手に1点も取れないなんて」


 出迎えた直斗が嫌味を言う。


「お前、試合見てなかったのかよ。運動不足云々の問題じゃないだろ、明らかに」

「ふぅん。じゃあ次は僕らが行こうか、由香」

「あ、うん」


 ふたりが入れ替わりにコートの中へ入っていく。

 あれなら直斗が由香をカバーする感じでちょうどいい勝負になるだろうか。


 ちなみにこの他にはまだ雪と京介組が残っている。

 歩、唯依、亜矢の3人は見学。将太のやつはまたいつの間にか姿が見えなくなっていたが、まあどうでもいいだろう。


「お疲れ様ー」


 戻った俺に、歩がタオルを差し出してくる。


「おぅ」


 受け取って顔を拭く。

 少し水分を含んだ冷たいタオルが火照った肌に心地よい。


 そうしながら俺は、シートの端っこ辺りにいた唯依と亜矢の様子をうかがった。


(……調子、戻ったみたいだな)


 ふたりは揃ってコートのほうに声援を送っている。

 どちらも昨日のショックは払拭できたようだ。


 安堵しながら、近くにいた雪の様子も見てみると、ちょうどチームメイトである京介に色々と話題を振っているところだった。

 が、京介は真っ赤になってうつむいたまま、ボソボソと返事をしてうなずいているだけだ。


(……やれやれ)


 あの様子だと、旅行が終わるまでまともに会話が成立することはなさそうだ。

 そっちは放っておくことにして、俺は歩の隣に腰を下ろすことにした。


 なお、唯依と亜矢が欠場しているのは怪我のためだが、歩は単純にこの炎天下でバレーをする体力がないためである。

 本人は俺のひとりチームに参加したがっていたが、正直こいつがいたところで結果が変わるとは思えなかった。


 ……いや。


(こっそり念動力(テレキネシス)を使えば勝てるか?)


 ふと、そんなことを思った。


 あのコートぐらいの広さだったらどんなに離れていてもボールが拾えるだろう。

 とすると、歩にボールを見逃さない反射神経さえあれば、ほぼ無敵のチームになるのではなかろうか。


(ふぅむ)


 思いつき、手にしたタオルを軽く丸めて、


「おい、歩」

「え?」


 こっちを振り向くと同時に丸めたタオルを放ってみた。

 ゆっくりと大きな弧を描いたタオルは歩を目掛けて落下して――


「わぷっ……な、なにー?」


 歩は見事に顔面キャッチしていた。


「……だよなぁ」


 ため息。

 反応できるように山なりで投げてやったのにこの有様である。

 こんなやつがきわどいボールに反応なんてできるはずもない。


「な、なにするのさ、もぅー」

「すまん。俺はお前に期待しすぎてたようだ。許せ」

「?」


 わけがわからないという顔の歩を放っておいて、俺はコートに視線を戻した。


 直斗・由香組と、真柚・舞以組の試合はほぼ互角。

 いや直斗たちが少し劣勢だろうか。


 由香も決して足手まといになっているわけではなかったが、真柚と舞以のコンビはそれを上回る動きを見せている。


「なあ、亜矢」

「なんですか?」


 少し離れたところから亜矢の声が返ってくる。


「あいつらって普通にすごくねーか? お前らって、そろってスポーツ万能の血が流れてたりすんのか?」

「それはないですね。私、運動音痴ですし」


 亜矢はスポーツドリンクらしきものをストローでチューチュー吸いながらそう答えた。


「ふーん」


 そういやこいつはマンガとかゲームが好きなインドア派だった。


「お前、家でもゲームとかすんの? どんなゲームやるんだ?」

「家で、ですか?」


 亜矢は少し考えて、


「主に美男子が裸で絡み合っているゲームとかですかね?」

「ぶっ!」


 思わず吹き出す。

 すると、その話を聞きつけた歩が口を挟んできた。


「あ、それってあの、ちょっと前に話題になったお相撲さんを育成するゲームですか? お相撲さんなのにほっそりしたカッコいいキャラとかも作れちゃったりして、面白いんですよねー。こないだ7作目が――」

「……お前はちょっと黙ってろ」


 こいつが入ってくるといつまで経ってもかみ合わない。


 亜矢も苦笑して、


「ごめんなさい、冗談です。ゲームは全般やりますよ。ただRPGはちょっと苦手です。基本的に飽きっぽいんですよね」

「飽きっぽい、ねえ」


 飽きっぽいどころか執念深い性格のように俺には思えたが、ゲームに関しては、ということなのだろう。


 ……結局ビーチバレーは、直斗・由香組に続いて雪・京介組も完敗し、真柚・舞以組の完全勝利という結果となった。






 午後5時を過ぎ、太陽が西にかたむく時間になると海水浴客はみんな砂浜から一気に引き上げていく。


 それは俺たちも例外ではなく。

 みんな遊び疲れていったん旅館へと戻っていた。


 そして、


「ふっ、ふふふふ、はははははっ!」


 俺たちの部屋には、頭の悪そうな笑い声を上げている男がひとり。


「天はっ! 我にっ! 味方したぁっ!」


 そう言って天井を見上げ、ぐっとこぶしを握り締める将太。


「なんだよ、突然」


 俺は壁に背中を預け、だらしなく座り込んだままそう尋ねる。


「ま、とりあえずお前に味方する天の下で暮らすのはまっぴらゴメンだが」


 昼間の疲れもあって、本当はあまり相手をしてやれる気分ではなかったのだが、聞いて欲しそうに何度もこちらをチラ見されてはずっと無視し続けるのも限界があった。


「なにを言うか、優希よ! お前もあと1時間後には涙を流して俺に感謝することになるぞっ!」


 勢いよく宣言してから、ふと思い直したような顔をして、


「……いや待てよ? お前はそんなに嬉しくないかもしれんか」

「なんだよ、そりゃ……」

「まあ別によし! お前に感謝されようがされまいが、俺にはまったく関係のないことである!」


 自己完結してしまったらしい。


 この様子からして、またなにかおかしなことを思いついたのだろう。

 それらのアイデアがこいつにとって有益な結果をもたらしたことはおそらく一度もないはずだが、毎度毎度よくもまあ懲りないものである。


 ただ、見てる分にはそこそこ面白いので、とりあえず放っておくことにした。


「……思えば去年の花火は失敗だった。よくよく考えてみれば、みんな揃って花火をしたところで特定の女の子といいムードになれるはずもなかった」

「ヤケドもしたしな、お前」

「しかぁし!」


 聞いちゃいない。


「今年は去年とは違うぞ! 合理的かつ、とても自然に女の子とふたりっきりになれる素敵企画! その名も――」

「肝試しか」

「……おい」


 ピタリと停止した将太が、さび付いたロボットのような動きでこっちに顔を向けた。


「なぜわかった……」

「わからんほうがどうかしてるわ」


 将太が先ほどまで熱心に読んでいたのは今日の夕刊で、そこには件の暴走族が一斉検挙されたらしいことが載っている。


 差しさわりのない事件に変わっているということは悪魔狩りが動いたのだ。

 もしかすると、あの暴走族には他にも悪魔の力を持ったメンバーがいたのかもしれない。


 と、まあそんな裏事情はともかく。

 それを読んで嬉々としていたところを見れば、将太が企んでいるのが、夜に山に行くのは危険だからという理由で断念しかけていた肝試しであることは簡単にわかる。


「ふっ、まぁよかろう」


 若干のショックを表情に残しつつも、将太はなんとか取りつくろった。


「やはり夏の夜といえば肝試し! これしかない! そうだな、唯依よ!」

「へ!? は、はぁ……そうですね」


 部屋の隅っこで話題に入れないでいた……いや、入らないようにしていた唯依が、びっくりした顔をして反射的に同意した。


 それで将太の勢いがさらに増す。


「そうだろうそうだろう! しかし、ああ、本当に危なかった! 例のくだらん暴走族とやらのせいで危うく計画変更をよぎなくされるところであった! が! やはり天は俺の味方だったのだ!」

「……ま、別に構わんけどな」


 この真夏の海水浴の締めとしては、そういう趣向も面白そうだ。

 暴走族の事件が解決したことも、将太ではないが天のおぼしめしというやつなのかもしれない。


 ただ、俺はふと気になって、


「けど、アレだな。お前のことだから男女ペアって話なんだろ? 人数が合わないぞ」


 メンバーは男が5人で女が6人。男がひとり少ないのである。


 そんな俺の疑問に、将太はチッチッと人差し指を振って、


「そんなことはわかってる。まぁ任せときな。俺が最高の肝試しを演出してやっからよ! 唯依! お前も楽しみにしとけ!」

「は、はい!」

「……やれやれ」


 妙に自信ありげなところが逆に不安を誘う。


 が、とりあえず任せても問題はないだろう。

 こいつはバカだが、仲間内の空気が本当に悪くなるようなことだけは絶対にしない。

 空気を読もうと思えば読めるやつなのである。


 そんなことを考えながら唯依のほうを見ると、そっちもなんだかんだで少し楽しそうだった。


(……こんなことができるのも平和な証拠、か)


 この旅行が終われば、唯依や亜矢のこれからについても色々と考えなければならない。


 が、今はまだ。

 とりあえずは、残り少ないこの旅行を楽しんで帰ることに集中しようと思った。


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