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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第3章 続・海に行こう
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2年目8月「それで充分」


 駐車場での交戦の後、負傷した唯依と亜矢を連れて俺たちが旅館に戻ったとき、時間は夜の11時を回ろうとしていた。


 旅館で待っていたみんなは、応急手当で亜矢の頭に巻いた包帯を見てなにごとがあったのかとそれぞれに心配したようだが、


『海岸の岩場に足を取られて転び、足首をくじいて動けなくなっていたところを俺たちが見つけた。頭は落ちていた流木にかすめて少し切っただけだ』


 という説明に、みんな一応納得したようだ。

 病院にという声もあったが、それについては亜矢本人がたいしたことはないからと拒否した。


 実際のところ、唯依はともかく亜矢はかなり痛めつけられていて、普通にしていてもあちこち痛むはずだったが、そこは彼女の負けず嫌いな性格ゆえだろう。


 なお、駐車場で戦闘不能にした3人の悪魔については、駐車場の近くの公衆電話から神村さんに連絡したので、今ごろは悪魔狩りが駆けつけているころだ。


 結果的には彼らがどういう連中だったのかもわからずにやっつけてしまったが、戦い慣れしていたところを見ると日常的に悪魔の力を使っていたのは間違いないだろう。

 仮になんの罪もない連中だったのだとしたらスマンとしか言いようがないが、おそらくそんなことにはならない気がした。


 怪我をした亜矢のフォローについては同室の雪に任せることにして。


 俺は当事者のもうひとりである唯依の姿を探していた。


(……お。いた)


 間もなく日が変わるころ。

 大浴場も入浴時間外となり、宿泊客たちはほとんどが床に入っている時間。


 唯依を探して館内を歩き回っていた俺は、メインの照明が消えた卓球場のソファにその姿を発見した。


 薄暗いソファの上でうなだれた唯依は、俺が近づいてもしばらくは気づかず、すぐ隣の自販機の前まで来たところでようやく反応した。


「……あ、優希先輩」

「大丈夫か?」


 自販機でジュースをふたつ買い、その片方を唯依の目の前に差し出す。


 唯依は一瞬ためらいながらもそれを受け取って、


「あ、はい。あの……ありがとうございました」


 と、言った。

 それはもちろんジュースのお礼ではなく、先ほどの一戦のことだろう。


 俺はそんな唯依の隣に腰を下ろして、ジュースのプルタブを上げる。


「お前もご苦労だったな。蹴られた脇腹は?」

「大丈夫です。少しアザになってますけど……」


 唯依は軽くわき腹をさすると、再び体を前屈みにして、ジュースの缶を両手で包み込むようにしながら言った。


「僕は……なにもしてませんから」

「んなこたぁないだろ。お前ちゃんと亜矢のこと守ってたじゃんか」


 それは別に深い意図もなく、ただ思ったことを軽く口にしただった。


 だが、そんな俺の言葉に、唯依の表情がみるみるうちに強張っていく。

 缶ジュースを包む手が小刻みに震えて、


「あれはとっさに体が動いただけで……それに俺、もう少しで亜矢のこと見捨てるところだった」


 疲れてうなだれているのかと思ったが、どうやらそれだけではなかったらしい。


「……」


 俺はすぐには言葉を返さず、ソファの背もたれに寄りかかってジュースを口にした。


 俺たちが到着するまでの間、あそこでどんなことがあって、こいつの中でどういう葛藤があったのか。そして、どうしてこんなにも落ち込んでいるのか。


 想像できなくはない。


 間を置いて、俺は尋ねた。


「あの力、いつ気づいたんだ?」


 唯依が力なく答える。


「中3の……冬です」

「じゃあ半年前ぐらいか。ああやって戦ったことは?」

「あんなの僕だけかと思ってました。人前で使ったことなんて……」


 力の存在に気づいたのが半年前なら、まあそんなものだろう。


 だったら、と、俺は続けて言った。


「仕方ないんじゃないか? そもそも危険をおかして他人を助けようなんて、こうやって口にして言うほど簡単にできるもんじゃないしな」

「……先輩は?」

「ん? ……それはまあ、あれだ。もとはといえば雪のやつが言い出してな。俺はおまけでついてっただけなんだ。あいつが行くって言い出しちゃ、兄貴としてひとりで行かせるわけにもいかないだろ?」


 もちろん実際には他にも理由がある。


 今日は年に数回しかない絶好調の日で、5割近い力が出ていたこと。

 その状態で俺と雪のふたりなら、どんな相手だろうとまず負けることはないだろうというのがあるし、敵が悪魔の力で悪さをしているっていうなら神村さんの手伝いという側面もある。


 ただ、悪魔狩りの存在をこいつに話していいものか判断できなかったので、それらの理由はそこでは口にしなかった。


「じゃあ雪さんを守るためってことですか?」

「ま、そんなとこかな」

「……でも僕は。亜矢だって僕の姉さんなのに」

「あのなあ」


 どうやら唯依は、俺と自分の行動を比較して落ち込んでいるらしい。


 俺は言ってやった。


「お前、なにを落ち込んでんだ? お前の中でどんな葛藤があったのかは知らねーけどさ。けど、なにがあったにしたって最終的には助けに行ったんじゃねーか。だったらそれで充分だろ」

「……え?」


 唯依が少し意外そうな顔でこっちを見た。


「充分……ですか?」

「だろ? 10年20年一緒にいようが、自分の家族だろうが、ただの友だちだろうが。他人のために命を張れるやつなんてそうそういるもんじゃない。やっぱ自分の命が大切だからな」


 けど、と、俺は一呼吸置く。


「お前は最後には助けに行った。それまでに迷ったかどうかなんてそんなに重要か?」

「……」


 唯依はなんだか呆けた顔でこっちを見ている。

 俺はゆっくりと立ち上がり、一気に飲み干して空になった缶ジュースをゴミ箱に入れた。


「むしろ、もっと偉そうな顔してもいいんだぜ? 実際にお前のその行動で助かった人間もいるんだからな」


 そう言いながら視線を横に動かす。

 薄暗い廊下をこちらに向かって歩いてくる人影に俺は気づいていた。


「充分……か」


 唯依はまたうつむき、自分に言い聞かせるようにそうつぶやいていた。

 近づく人影には気づいていないようだ。


「ま、なんにしろ、いつまでもシケたツラしてんのはやめとけよ。明日もあるんだからな」


 俺はそう言い残してソファから離れたのだった。




-----




(それで充分……か)


 その優希の言葉に、唯依は心が軽くなったような気がした。


 迷い、一度は見捨てようとして、最後には死ぬことも覚悟して飛び出した。

 だが、結局はなにもできないまま、亜矢に心配され、優希たちに助けられて。


 情けなかった。

 力がないのは仕方がなかったにせよ、自分はなんて勇気がないのだろう、と。


 そう思い、落ち込んだ。


 しかし。


(……充分、だったのかな)


 自分の精一杯の行動を認めてもらえたような気がして。

 唯依は薄暗い天井を見上げ、ホッと安堵の息を吐いた。


 と、そこへ。


「唯依」

「えっ?」


 気が抜けていたせいか、あるいは疲れのせいか。

 唯依はまた、自分に近づいてくる気配にまったく気付いていなかった。


「……亜矢? 怪我、大丈夫なの?」


 自販機の明かりに照らされた亜矢の頭部には、少しだけ血のにじんだ包帯が巻かれたままだった。

 しかし亜矢は小さく頭を振ってみせて、


「この程度なんでもないわ。あなたこそ大丈夫なの? 脇腹、蹴られてたでしょ?」


 そう言いながら、亜矢はさっきまで優希が座っていた場所に腰を下ろした。

 唯依はそんな彼女のために少し端に寄ってスペースを空けると、


「僕のほうはなんともないよ。力を使いすぎて疲れたぐらいかな」

「力、ね」


 そうつぶやき、亜矢は思いついたような顔をしていったん腰を上げ、自販機にお金を入れる。


 "力"。

 あんな戦いの後で、そっちのほうには思考が働いていなかったが、それについても話をしなければならないだろう、と、唯依は思った。


(僕も亜矢も力を持っていた。……ってことは、もしかすると)


「ねえ」


 と、亜矢が再びソファに戻る。


「やっぱり舞以も真柚も、私たちと同じだと思う?」


 彼女もどうやら唯依と同じことを考えていたようだ。


「どうだろう。そんな素振りを見たことはないけど……」

「隠していたら普通はわからないわ。……あなたはさっきどうして私の後を追ってきたの? 私の力に気づいてた?」

「うん……銀行の一件で、もしかしたらってね」

「やっぱりか」


 亜矢は納得した様子だった。


「なら、もっと早く言ってくれればよかったのに。私はあなたが同じような力を持ってるなんて知らなかったから」

「そう言われても……そんなのどう聞けばいいのかわからないよ。確信があったわけじゃないんだし」

「ま、それもそうか」


 と、亜矢は自販機で買ったお茶を口に運ぶ。


「……あのふたりにも、そのうち探りを入れてみようかしらね」

「ねえ、亜矢。……僕らのこの力がなんなのか知ってる?」

「さっき不知火先輩となにか話してたでしょ? そのこと聞いてたんじゃないの?」

「……うん。ちょっと別のことをね」


 自分の葛藤について相談していた、なんてことは、口が裂けても言えなかった。


「私も雪さんに聞いた話だけど」


 と、亜矢は"悪魔の存在"について、彼女が知っている限りのことを唯依に話した。


 彼らがいわゆる人間とは違う生き物であること。

 特殊な力が使えて姿形が少し違っている以外は人間とそんなに変わらないこと。


 その血を持つ人間が特別珍しくはないこと。

 ただし自分たちのように力を使うことが出来るのはそれほど多いわけではないということ。


「……つまりこの力は遺伝なのよ。ただ、私たちはみんな母親が違うから、母方からの遺伝だとすれば私たちだけって可能性もあるわ」


 最後に亜矢はそう結論づけた。

 しかし唯依は首をかしげて、


「でも、僕も亜矢も力を持っているんだから、あのふたりも、って可能性が高いね」

「そうね。でも、今ここで考えても仕方のないことよ。その血を持っていても目覚めないことがあるって雪さんは言ってたけど。……さぁ」


 と、亜矢はこの話題の終わりを宣言するように語尾に力を込める。


「そろそろ日が変わるわ。戻って寝ましょう。まだ明日もあるし。……この怪我じゃ海には入れないけど」


 そう言って亜矢はだけ少し笑った。


「うん。そうだね」


 つられて唯依も頬をゆるめる。

 彼の脇腹にもアザが残っていたし、海に入れないという意味では彼女と同じだった。


 ただ、それでも海水浴を楽しむ方法はきっとあるだろう。

 疲れは残っていたし、あんな事件の直後ではあったが、不思議と遊ぶ気力は回復しつつあった。


 ……と。


「ああ、そうそう。言い忘れてた」


 立ち上がった亜矢が、急に思い出した様子で唯依を振り返る。


「うん?」


 ソファから腰を浮かせた体勢で唯依が見上げると、亜矢は急に近づいてきて、


「亜矢……?」


 そっと、唯依の頭を肩に抱き寄せた。


 ……おそらくは、そのときの自分の表情を唯依に見られたくなかったのだろう。


「唯依……」


 そして、かすかに唇を震わせながら亜矢は言った。


「ありがとう。怖かったけど、助けに来てくれて嬉しかった。……ありがとう」

「――」


 唯依は言葉に詰まって。

 そして目の奥が急に熱くなっていくのを感じていた。


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