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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第3章 続・海に行こう
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2年目8月「疑惑の4姉弟」


「あっ、優希さーん!」


 雪たちと別れた後、30分ほど泳いで再びビーチへと戻った俺は、ちょうどその辺をうろついていたらしい歩と出会った。

 ひとりではなく、隣には見知った後輩がいる。


「お久しぶりです、優希先輩」

「おーぅ」


 唯依だった。

 俺は水のしたたる前髪を軽くかき上げ、海水を払いながらふたりに向かって手を上げる。


「なんだ、不思議な組み合わせだな。他の連中はいないのか? 由香と舞以にはさっき会ったんだが」

「いえ、ちょっと……」


 唯依が少し疲れた顔で歯切れ悪く笑った。


(……ああ、なるほど)


 そういえば舞以が、唯依は無理やり将太のナンパにつき合わされていると言っていた。

 この様子を見ると、おそらくはようやく解放されたところなのだろう。


「まあ、なんだ。おつかれさん」


 俺がそう言うと、唯依は苦笑しながらビーチパラソルのある方角を見て、


「亜矢は先に戻ったんですけど、会いませんでした?」

「あぁ、いや、いたのは由香と舞以だけだったな。俺も今30分ぐらい泳いでたし、その間に戻ったのかもしれん。……しかし」


 俺はわざとらしく大げさにため息を吐いてみせる。


「まさか一緒に海に来るのがお前らだったとはなぁ」

「……なんかすいません」


 と、唯依は申し訳なさそうな顔をした。

 おそらくは俺が、こいつの3人の姉を苦手にしていることを察してのことだろう。


 ただ、その辺の事情を知らない歩は不思議そうな顔をした。


「ねえ。唯依さん、どうして謝ってるの?」

「ま、色々あってな」


 説明するのが面倒だったのでそこは適当に誤魔化しつつ。


「ところで歩。お前……なんだ、そのカッコ?」

「え? あ、これ、どう? なかなか似合ってるで――わわっ」


 ファッションモデルのようにその場で回転しようとして、いつものごとく足をもつれさせてしまう歩。

 まるで盆踊りを踊っているようだった。


「なにやってんだよ。あぶねーぞ」


 差し出しかけた手を引っ込めながら、そんな歩の全身を改めて眺める。


 白で露出の少ないハイネックの水着。

 それ自体はそこまで珍しくないのだが、問題は彼女が肩に羽織っているものだった。


 マントだ。


 タオルとかパレオとかそういうものではない。膝の下ぐらいまでほぼ全身を覆っているそれは、どう見てもマントとしか表現しようのない代物だった。


 もっとわかりやすく言えば、女子が水着に着替えるときに使用するアレ。

 あのお着替えポンチョみたいなやつの、前が少し開いているバージョンである。


 まあ、自分の体のことを考えてあまり日に当たらないようにということなのだろうが、それにしても海水浴場にいる人間の格好ではなかった。

 去年の文化祭の男装でミイラ男を選択した辺り、前々からなにかおかしいなとは思っていたのだが、どうやらこいつのセンスは色々と残念――もとい、天才らしく先鋭的なことになっているらしい。


「えへへ……どう? 水着似合ってる?」

「……あー。ある意味な」


 水着というか、そもそもほぼマントしか見えていないのだが。


「で? 亜矢はわかったけど、他は? あとは直斗、将太に将太の従弟……京介だっけ? それと真柚の4人か」

「みんなさっきまで一緒だったから近くにいると思うよー」


 と、歩が答えた。


「一緒? 直斗はともかく、真柚も将太のナンパに付き合わされてんのか?」

「はい。最初は僕のお目付け役みたいな感じでついてきたんですけど……」


 と、唯依は苦笑する。


「途中から藤井先輩に乗せられてナンパの手伝いを……」

「あー……」


 なんとなく想像できた。


 将太は、たとえば藍原のようにノリのいい一部の女子に対しては男友だちのような扱いをすることがある。

 つまり真柚は、あいつの中でそういうカテゴリに分類されてしまったのだろう。


 それが彼女にとって幸か不幸かは定かではない。


「まあだいたいわかった。で? お前らこれからどうするんだ?」

「私は唯依さんと一緒にいったん戻るつもりー。優希さんは?」

「ん? あー、じゃあ俺も戻るか。昼も近いしな」

「じゃあ一緒に戻ろー」


 と、歩が俺の手を取って引っ張る。


「おい、待てって。また転ぶぞ」


 そうして俺たちは雪たちの待つパラソルに向かって歩き出した。


 途中、俺は思い出して、


「ああ、唯依。そういやあの部屋割りってどうやって決めた? ずいぶん滅茶苦茶だったな」

「あ、はい。くじ引きで決めましたから」

「ああ、なるほど」


 それなら納得だ。


「あ、夜になったら優希さんの部屋にトランプ持って遊びに行くからー。昨日は神経衰弱で遊んだんだ」

「神経衰弱って、お前……」


 俺が突っ込む前に、唯依が苦笑して言った。


「……神崎さんの全勝でした」

「記憶力だけは自信があるのです」


 と、胸を張る歩。

 それはそうだろう。これでも一応天才なのである。


 そこでふと、唯依の歩に対する呼び方が気になって、


「そういやお前、こいつが年下なのはちゃんと聞いたか?」

「え? あ、はい。来る途中の電車で聞きました」


 飛び級なんて実際あるんですね、と、唯依が心底感心したような声を出す。


「そうか。今まで歩のお守りご苦労だったな」


 知ってて"さん"呼びをしているなら、口を挟むことでもない。


「ちょっと。私、子供じゃないよー」

「はいはい」


 歩が口を尖らせて不満そうにしているのを適当になだめながら、


「ま、部屋に来るのは構わんが、神経衰弱以外のゲームにしようぜ。あと将太がいないときな」

「俺がどうしたってぇぇぇぇぇッ!?」

「……」


 突然現れたドアップの顔に、俺は反射的に足を振り上げてしまった。


「……ぐわぁぁぁぁ! ぺっ! ぺっ! 砂が口の中にぃぃぃぃぃ!」


 オーバーアクションで砂の上を転がりまわる将太。

 俺はそんな将太を冷たく見下ろして、


「いきなりドアップはやめろって何度も言ってんだろ」

「だからっていきなり足はねーだろ、足は!」

「俺だってあの近距離であんなに足を上げるのは大変だったんだぞ。バレエかっつーの」

「だったらやるなよぅ!」

「遅かったね、優希」


 そんな将太の後ろをついてきていた直斗が割って入ってくる。

 相変わらずのマイペースだ。


「ああ、遅れてすまんな。旅の途中で山賊の群れに襲われちまって」

「山賊になって襲ったの間違いじゃなくて?」

「……お前、そんな悪党と今まで付き合ってきたのか?」

「冗談だよ。……あ」


 と、直斗は後ろを振り返る。


「優希、このふたりとは初対面だっけ?」


 そこにいたのは、さっきの唯依と同じように疲れた顔をしている真柚と、愛嬌のある丸顔の少年――将太の従弟、田辺京介だった。


「いや。どっちも一応会ったことあるな」

「……優希せんぱーい。あの人、亜矢ちゃんや舞以ちゃんにはデレデレなのに、私の扱いだけぞんざいなんですけどー」


 砂の上を転がる将太をジト目で見て、真柚がさっそく文句を言ってくる。

 俺は答えてやった。


「まあ喜んでいいんじゃないか? お前はアイツの広すぎるストライクゾーンでさえ捉えきれない、いわば消える魔球的女子ってことだからな」

「ちっとも喜べませんけど!?」


 さすがにちょっとショックだったようだ。


「将太の場合、ど真ん中が打てないだけの気もするけどね」


 と、直斗。

 なかなか的を射ている一言だと俺も思う。


 と、そこへ、


「あの、優希先輩。雪さんは……」


 真柚の後ろにいた京介が遠慮がちにそう聞いてくる。


「雪? あいつならビーチパラソルんとこにいるが……」

「ああ、そうだったそうだった」


 と、体中を砂まみれにした将太が起き上がる。


「優希。こいつ、雪ちゃんの大ファンらしいんだ。だから早く彼女に会いたいらしい」

「はぁ?」


 俺は眉間に皺を寄せて京介を見る。


「お前、ウチの中等部だったっけ?」

「いや、ぜんぜん違うぞ」


 なぜか将太が代わりに答えた。


「だったら、なんで雪のこと知ってんだ?」

「そりゃ俺が写真付きで教えたからに決まってるだろ」


 そう言って将太が親指を立てる。


「彼女のファンを増やすことは、ファンクラブ会員ナンバー1の俺の義務だからな!」

「……さよか」

「あの、それで雪さんに……」


 遠慮がちながら、京介の目は期待で満ちあふれていた。

 こうして面と向かって話をするのは初めてだが、将太に比べると割と純真そうなヤツである。


「実際会ってガッカリしても責任取れねーぞ?」


 そう言うと、直斗が笑いながら口を挟んだ。


「大丈夫でしょ。雪は実物のほうがずっとかわいいもの」

「あー、はいはい」


 俺の周りのやつらってのは、なぜかだいたい雪に甘いのである。

 

 ……そんなこんなで。

 旅行に参加している11人が、いったんビーチパラソルのもとに集合する流れとなった。


 俺と雪はその場で改めて自己紹介することになったのだが、俺は下級生組のほとんどと面識があったので、話題はほとんどが雪についてのものばかり。


 雪に会いたがっていたという京介は、実物の前に出るなり真っ赤になって口を利けなくなってしまい。


 真柚はいきなりテンションが上がって、開口一番、


「ほっぺた触ってもいいですか!?」


 などと言い出して、あの雪を困惑させていた。


 舞以いわく、真柚は老若男女どころか生物学上の分類、有機物・無機物問わずのかわいいもの好きで、とにかくベタベタしたがる性分らしい。


 ちなみに雪はその申し出をやんわりとお断りしていた。


 そして、そんな騒ぎもいったん落ち着いて――


「……亜矢が、前に会った雷魔だって?」

「うん」


 昼食後、雪に誘われて飲み物を買い出しに行く途中、俺は驚きの話を聞かされていた。


 6月のはじめごろ、路地裏で自転車泥棒の青年に説教(?)していたらしい雷魔の少女。

 俺は雪に聞かされたその話を半ば忘れかけていたのだが、どうやらその少女があの亜矢だったらしいというのである。


 確かに言われて思い返してみると、昼食時の亜矢の様子は微妙におかしかった。

 以前俺が会ったときに比べると明らかに口数が少なく、もしかすると大勢が苦手なのかと思っていたところなのである。


「それ、間違いないか?」

「うん。亜矢ちゃんも私を見てハッとしてたし、たぶん間違いないよ」


 と、雪は言った。

 こいつがこういう言い方をするってことは、おそらく確信があるのだろう。


 どうしたものか。

 学校の知り合いが実は悪魔の力を持っていたというのは、ずっと音信不通だった楓を除けば、これまでに一度もなかったケースだ。


 しかもすでに力を行使していて、相手が犯罪者とはいえ一般人となると少しまずい気がした。


 踏みしめた熱い砂の感触がサンダル越しに伝わってくる。


 神村さんに相談するべきか。

 ……いや、その前に。


「お前、あの4人が姉弟だって話は知ってるか?」

「あの4人って、舞以ちゃんたちのこと?」


 雪がびっくりした顔をする。

 どうやら聞いていないようだ。


「ああ。腹違いの姉弟らしい。……ってことはだ」


 亜矢が純血なのか混血なのかはわからないが、もし父親が悪魔だったとすると、他の3人も悪魔の血を引いているということになる。


 そして――


 俺はあの球技大会のときのことを思い出していた。


 試合終了間際、悪魔の身体能力を解放していた俺に、ギリギリとはいえ追いついてきた唯依。

 それが無意識だったのかどうかはともかく、あれがその力に裏づけされたものだとしたら。


「……4人とも、かもしんないな」


 あるいは亜矢と唯依の母親だけが、という可能性もないわけじゃないが――


 いや、そもそも。

 あの4人が本当に姉弟なのか、というところから疑う必要があるかもしれない。


 彼らの家庭の詳しい事情については俺もよくは知らない。聞いたのは、ただ腹違いの姉弟だということだけ。

 親についても一緒に住んでいないことはわかっているものの、どこにいるのか、存命なのかどうかも聞いた記憶はなかった。


 そんな普通ではない環境に暮らす彼らのうち、少なくともひとりが悪魔の力を持っている。


 ……少しきな臭い。

 あの4人がなにか悪だくみをしているとは考えたくはないが。


「……なあ、雪。お前はどう思う?」


 そんな考えをぶつけてみると、雪は少々否定的な反応をした。


「どうかな? 初めて会ったとき、亜矢ちゃんは私の力に驚いたような顔してた。自分以外にこういう力を持っている人がいるってことを知らなかったんじゃないかな?」

「そうか。つまり亜矢は、少なくとも他の3人が力を持っているかどうかを知らないってことだな?」

「わからないけど、たぶんね」


 確かに、あの4人がその力を使って悪いことを企んでいるのだとしたら、自転車泥棒ごときに力を使った亜矢の行動はあまりにも軽率すぎる。

 少なくともそれは、彼女の個人的な行動である可能性が高いだろう。


(そういや……)


 ふと、亜矢が生徒会の先輩相手に我を張っていた光景を思い出す。

 その行動が正しかったかどうかはともかく、そこに薄っすらと垣間見えた亜矢の本質を想像すれば、彼女がなにか信念を持って犯罪者をこらしめているというのは考えられる話だった。


 そして、もし彼女が悪魔についての知識に乏しいまま、その力を行使しているのだとしたら――


 飲み物を買い、ふたりで引き返す。

 メインの海岸は相変わらずの人ごみだったが、週の半ばだからか家族連れは少なく、学生らしき集団が目立っていた。


「ユウちゃん」


 隣の雪が、やや上目遣いに顔をのぞきこんでくる。


「どうする?」

「そうだな……」


 神村さんに連絡するか。

 放っておくか。


 あるいは――


「……まずは俺たちで説得してみるか」


 考えた末に俺はそう言った。

 

 亜矢の行動が彼女自身の正義感から生まれたものだとしても、一般人相手に悪魔の力を振るうのはやはりまずい。

 神村さんあたりは一定の理解をしてくれるかもしれないが、組織の中にいる悪魔排除派の連中は決して好意的には解釈してくれないだろう。


 悪魔狩りが亜矢の正体にたどりついていない現状ならなおのこと。

 まずは俺たちで説得して早々にやめさせるのが一番リスクが少ないだろう。


 それがうまくいくにしろいかないにしろ、神村さんへの報告はその後だ。


「そうだね」


 雪もそんな俺の考えに同意してくれた。


「亜矢ちゃんはわかってくれる子だと思う。……もしかしたらちょっと手こずるかもしれないけど」

「頑固そうだもんな、アイツ」


 まあ、ひとまず話をしてみよう。

 あいつは頭のいいやつだ。俺たちが同じ力の持ち主だと知り、それについての知識を持っていないのであれば、少なくともまずは耳を傾けようとするに違いない。


「じゃあ、私、亜矢ちゃんと同じ部屋だからタイミングを見て話してみる」

「わかった、そっちは頼む。俺は唯依のほうに探りを入れてみることにする。……一応、気をつけろよ」


 彼らに悪意があるとは考えたくないし、ないだろうと思ってはいるが、それでも力を持っている相手なら用心するに越したことはない。


 雪はそんな俺の思いを察したのか小さくうなずいて、


「ありがと。なにかあったらすぐユウちゃんを呼ぶから」

「おぅ」


 少し素っ気なくそう返して。

 そうして俺たちはみんなの待つパラソルのもとへ戻っていった。


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